第3話 偶然とデジャヴ

 「お〜い、回線途切れてない〜? 」

その一言で現実に引き戻される。ここ一時間余りで起きた出来事があまりにも衝撃的だったので、実感がわかず少しばかり黙り込んでしまった。


「すいません、回線は問題ないです。それで、本題についてですが、まあ色々あってコードネーム『コフィエフ37』は黒だった事がわかりました。彼は警察だったらしいですよ」

「え! うそ!! 確かに、ハチャトゥリアンのことは前々から怪しいとは踏んでいたけれど……まさか警察だったとはねぇ……え、どうしよ〜! 」

「ただ、僕が調べてほしいのは彼についてではなく、今回偶然接触した人物についてです。名前はキョク・ユミン、警察手帳の紋章が一般的な警察とは違ったのだ、恐らく『特殊警察』です。まぁ恐らくカンコクの女でしょう」

ロゼットさんは素っ頓狂な声を出す。

「だ、誰なのそれ? まあいいや、詳しいことは後で聞くからとりあえず調べてみるよ〜! 」

ロゼットさんに他の殺し屋を派遣したほうがいいかと聞かれたが、僕はそれを断り電話を切る。周りは恐ろしいほどに静かで追跡はされていないようだったので、近くの無人ホテルへ急いだ。


 少しほこりっぽい部屋に入り、スーツのジャケットをハンガーに掛ける。

なんとか逃げ切れたようだが、あの女が警察側サイドだったらあやうかったかもしれない……と今更思った。

安っぽいシングルベットに寝転がり、改めてあの女について考える。

やはり、あの女が僕に情報を教える目的が分からなかった。

女の一連の行動の目的として一番可能性があると思ったのは、「警察に元々恨みがあり、組織全体を錯乱させるために裏切った」というものだ。

そうだとすると、僕はたまたまあの女に利用された、ということになる。

ただ、少し納得がいかない。


そうだとしたら、あの女の「私は、罪を償うしかない、から……」という言葉はなんだったのだろうか。

それに、を彼女が持っていた時点で、僕とあの女との出会いは偶然という言葉で片付けられない気がした。

そして今、僕の頭の中を渦巻く最大の問題がある。

僕は、あの「キョク・ユミン」という女に以前会ったことがある気がしてならなかった。何故か感じる、既視感。


本当に、妙なデジャヴだ。



 気がつくと、朝日が差し込んでいた。考え事をしていたら、知らずしらずの間に寝てしまっていたらしい。

今からシャワーを浴びてここを出よう。そんなことを思っていた時、丁度電話がかかってくる。

電話の主はロゼットさんだった。

「おはよ〜う! スピア君! 元気? なら良かった! 」

……彼女と話すと、少し疲れるのは僕だけではないだろう。

何も答えずにいたが、そんなことは気にせずロゼットさんは話し始める。

「そうそう、彼女について夜通し調べてみたけれど、やっぱりこの人特殊警察みたいで情報の管理が一般人とは桁違いだったよ…。おかげで、そんなに収穫はないなぁ……」

「それで、何か分かったんですか? 」

僕は少し焦り気味に言う。

「そ〜だねぇ……。キョク・ユミンは今現在23歳。この国カンコクでも最近は『優秀な人は年齢に関係なく昇進する』っていうシステムになりつつあるから、この立場は珍しくはないかもしれないけど……。特殊警察はゴツいおっさんばかりだから、そこは異例なんじゃない? 」


対面したときに感じた気迫は、他の警察官ザコとは少し違った気がした。

やはりか。

「ロゼットさん、もう他に情報はないんですか? 」

「スピア君やけに食い気味じゃん。どうしたの? 」

僕は、いえ……と言葉を濁さざるを得なかった。

「そういえば、彼女は警察大学に主席で入学してそのまま卒業してるらしいよ。まあ、単純に能力が高かったから特殊警察に選ばれたんだろうけど……。たぶん、警察はこの件を必死になって追うだろうねぇ……。ただの警察官ならまだしも、彼女は特殊警察官の中でも地位は上の方だったみたいだし……」

「情報ありがとうございました。追手は恐らく撒けているので、できるだけ早急に次の仕事の依頼を引き受けます」

分かった〜! とのんきな声が聞こえてくる途中で電話を切り、僕はタオルを持ってバスルームへ向かった。



 その頃、キョク・ユミンは一人街を出歩いていた。

午前中とはいえ今日は休日。多くの人が楽しそうに話しながら、数々の道路を行き交っている。

彼女は大きな道路から逸れ裏路地に向かい、ユミンは帽子をかぶり直した。


ここは「エターナル」という組織支部の一つ。『組織』と言っても、アジアを中心として暗躍するマフィアなのだが。

彼女は、何ヘクタールあるのかも分からない巨大な屋敷の門を見上げた。そして、足を柵に引っ掛け白昼堂々と屋敷内に侵入する。

その瞬間、大きなブザー音が鳴り警備員らしき男が何人か駆けつけた。


彼女は、サングラスごしの冷ややかな目で銃口を向ける。

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