破局



 ノノちゃんの手には、一枚の書類が握られている。ぐしゃっと音でもしそうなほど、強く強く、握られている。


 その顔に、喜びはない。


 まるで、僕がさっき見た、夢の中のノノちゃんみたい。僕にいじめられていたあの少女のように、目の前のノノちゃんは、不安に眉を寄せ、唇を震わせている。

 ああ、と僕は嘆息した。ノノちゃんは、どういう経緯でか、事の真相を知ってしまったのだ。


 僕は何も声をかけられなかった。


「ルルだったんだね。」


 ほら、やっぱり。がらがらがらと何かが崩れる音がする。ノノちゃんの瞳は僕を非難している。


「どうして…」


 このとき初めて僕は口を開いた。あまりに情けないつぶやき。男の風上にも置けやしない。ほら、ノノちゃんの目にどんどん涙が溜まってゆく。ほら、僕、なにかしなよ。なにかいいなよ。


「どうして知ったの。だれにきいたの。」


 違うでしょう?いま言うべきなのは。いまかけるべき言葉はそれじゃないでしょう?


 ノノちゃんが離れていくよ。もう二度と、会えないんだよ?

 いいの? 僕のなかで、誰かが、愉快そうに笑っている。


「どうしては、わたしのセリフだよ」


 ついに溢れた涙が、ボロボロとノノちゃんの頬を伝う。地面に落ちて、吸い込まれてゆく。なんとか絞り出した声が、震えている。


「どうして否定してくれないの。嘘っぱちだって、言ってくれないの。ルルは本当に、覚えていたの?

 またわたしを、…傷つけるつもりだったの?」


「ちがう、ちがうよ」


 それは意味を有さない否定だった。また、あからさまなその場凌ぎだった。なんて僕は浅はかなんだろう。


「なにが違うのよっ!!」


 対して、ノノちゃんの叫びは悲鳴だった。本気だった。ギリギリギリと音がする。古びたバイオリンの音みたい。硝子玉の割れる音みたい。


 泣き崩れたノノちゃんに、僕は何も声をかけられない。

 そうだね、なにも違わないもの。


 利己的な僕は、君が過去をしらなければ、きっとこのまま騙し続けていただろう。夢で真実を知ったあとも、何食わぬ顔で、きみにあいしているとか囁いていただろう。


 結局僕たちはどこまでも哀しみに追われる運命なんだ。


 ならばこんな街、こわれてしまえばいいのに。


 投げ捨てられたノノちゃんの月の街移住証明書を拾って、すっかりきみのいなくなった景色を眺める。モノクロで、青みが差していて、きらめいている。そんな、七日間だけの、うたかたみたいなこの街の片隅で、僕は誰にも関わらずに、このまま静かにきえてしまえればいいのにと思った。

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