最期のママ



「あらお帰りなさいルル?」

「ただいまママ。」


 部屋の奥から声がする。

 機嫌のよさそうなママの声。


「ねえ。ルルはほんとに何もしらない?」


 僕の鍵をかける手が一瞬止まった。


「…」


 明かりが絶たれた廊下の暗がり。ママの声は穏やかだけれど冷たい。ぼくは息を詰める。いつの間にか、ママが側にいた。


 どうしてそんなに冷たい目をしているの。確かに愛されているのに愛を感じないのはなぜ。

 僕はあどけない顔を作って、ランドセルを背負ったままママを見上げる。


「なにも知らないよ」


 消えてしまったのなら、はなからいなかったのと同じだから。僕は冷たくそしていい子に答えた。

 可哀想なノノちゃんは、よく泣いていたけれど。


 廊下の暗がりで、赤いルージュを引いたママの唇が弧を描く。「そう」


 ママははなから僕の答えに興味はない。

 つまるところ、これはただの儀式なのだ。


 そう感じるとともに顔がぼやけていく。僕は人の顔が分からない。ママの顔ですらそうだ。でもはっきり見たいとは思わない。カオナシたちに囲まれる生活はひどく心地よい。


 『儀式』を終えたママが花瓶に花を活ける。紅い紅い、彼岸花が二輪。僕はふと思い立って。その細い後ろ姿に声をかけた。


「ママ。ぼくの顔がみえる?」


 僕の質問をママはどう受け取っただろう。僅かに流れた沈黙はなんだったのだろう。ママは振り向くと口角をあげた。気になるけれど答えが暴かれることはない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る