あの子のいない教室



 金木犀が香る秋のこと。学校内の空気は最悪だ。


 ノノちゃんを失った教室はまるでお通夜の会場よう。雰囲気は重苦しく、発言はおろか呼吸でさえ気をつかう。


 ノノちゃんはとても可愛らしい女の子だった。いつも白い丸襟がついた紺のワンピースを着ていて、ピカピカに磨かれた靴を履き、友だちの側でお人形さんのように佇んでいる。子どもなのに笑顔には品があって、目は星を集めたみたいに煌めいていた。ノノちゃんが歩くと丁寧に結われた三つ編みオサゲがちょっとだけ揺れた。その黒く艶やかな髪の毛の愛らしいこと。男の子はみんなノノちゃんに夢中だった。


 皆から、ともすれば神さまからも愛されていたあの子が失踪だなんてこの世界は本当におかしいね。


「ノノ見つかるといいね」


 教室ではたびたび女の子たちがささめき合う。


 優しいひとたち。「そうだね」と僕は相槌をうつ。皆んなの痛みとか、ノノちゃんのパパやママの嘆きだとか、ほんとうは僕、全然興味ない。


 やがて顔のぼやけた若い教師が入ってくると、教室は水を打ったように静まり返った。ホームルームが始まった。


 痛みを耐えた声が朗々と響く。水色の窓から白い日差しが静かに射し込む。ホコリがきらきらと舞っていた。


 なんて退屈なんだろう。

 あの子のいない教室は。


 僕はやり場のない哀しみを持て余した手でペンを回した。


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