ゴンドラ乗車
「ロープウェイで移動しましょう。神さまのいらっしゃる神酒の海は遠いですからね。」
「…」
「あ、ここでは地球上の常識は通用しませんよ。まあそういってもあなた達はすぐ忘れるんですけどね」
「…」
月の街にはストレスを抱えた職員が多い、と僕は独自に判断している。嫌味や皮肉が多い上に共感力に欠けている。僕は少し不愉快になってウサギもどきの職員に向かって楯突く。
「僕はいきなり月に連れてこられた上に意味不明なルールを押し付けられて疲れてるんだ。もっと優しく接してくれよ」
「あなただって地球にいた頃はそうだったでしょ?いじめられた子は可哀想に、あなたより先にこの街に来ましたよ」
どうしてそれを。
僕は少しだけバツが悪くなって口を曲げた。
「…なんで僕の名前とか、その他諸々の事情までさ、ここの人たちは把握しているわけ?」
「それが仕事ですから」
エレベーターから降りるとクラックス・クラウンはちょうど来たばかりの黒いゴンドラに僕を押し込むと自分も乗り込んだ。
ゴンドラの扉が勝手に閉まると、僕たちは膝を突き合わせて座った。この箱の中、けっこう暗いし狭い。
「ほら窓を見てください。綺麗でしょ?」
ヘソを曲げていた僕は、クラックス・クラウンに促され、ゴンドラの窓を覗く。そこには、夜に銀色の雪が降り積もったかのような壮大な景色が広がっていた。
青白く光る雪煙が、あちらこちらに発生している。
そんな砂舞うところには人の歩く姿がある。子供が多いが大人の姿もある。
みんな悲しいことなんて全て忘れたかのように、幸せそうにほほえんでいる。
ここまで声が聞こえてくるかのようだ。
「あ、地球だ。」
ゴンドラが高速で移動するなか、ひときわ目を奪われる光景があった。
青い光を放つ美しい惑星が、漆黒の宇宙に浮いている。地球だ。
僕は窓から顔を離し、クラックス・クラウンに話しかける。
「月の街はとってもきれいだね。妖精の住む場所みたい」
「ふふふ。実際はあなたたちのような可哀想な人間たちが住んでいるんですよ」
「ねえその減らず口なんとかならない?」
僕は眉根を寄せてげんなりした風にウサギに詰め寄る。あからさまなため息をついて見せると、クラックス・クラウンは肩をすくめて、やれやれと言った。僕の台詞なんだけど。
ゴンドラは上昇しているようで、みるみる月から離れてゆく。眼下の建物や地表を行き交う人たちが小さくなった。
やがて僕たちは静かに光る雪山の中に入って行った。実際は雪じゃなくて砂なんだけど僕の知ってるものに置き換えようとするなら発光する雪山だ。
「そろそろですね」
山の傾斜に合わせてゴンドラが降下していく。窓を覗き込むと、線路に沿った真下にゴンドラの降り場が見えた。
速度が落ちて徐行になると、扉が自動で開かれる。その途端に、銀色の砂が舞い込んできた。
クラックス・クラウンは先に降りると僕に手を貸してくれた。中々紳士なウサギだ。
ゴンドラ降り場は、地表に降りたつための階段に繋がっている。僕たちはどうやらそこを下ってゆくらしかった。
先をゆく彼の白い毛に掴まりながら、僕は階段を一段ずつ降りてゆく。砂まみれなので、足を滑らせてしまわないよう慎重に。僕の狭い歩幅に合わせて、クラックス・クラウンは歩みを緩める。やはりコイツ紳士だ。
長い階段を降りて深い山の麓に立つ。目の前に横たわる光景に僕は息を呑んだ。
そこには一面、淡い光を放つコバルトブルーの湖が広がっていた。
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