第17話 嫉妬の行方
ユウノというアイドルは、あまり絶対的な存在ではなかった。人気投票でたまたま一位だったタイミングで注目を集め、ほとんど運のようなものだと考えられていることもあったが、運も実力のうち、とグループ全体で押し出していくうちにユウノは立場を確立していった。
そして、ミチルはその二番手の地位には甘んじていたものの、「いつでもあんたの首を獲りにいってやるわ」という宣言を人気投票の順位が発表された時にしたことで、美人系で強い女というイメージがついている。シュクレドールの鉄壁の二番手と呼ばれるのもそのためだ。
そして彼女たちは強い絆で結ばれており、私生活でもかなり距離の近さがありながらグループのために色々と激しい喧嘩をしているものの、それはシュクレドールのことを思いやってのことだとかなんとか、確かドキュメンタリーで放送されていた気がする。
で、そんな彼女たちがこの企画に参加することになったのも、ほとんど彼女たちの定番企画のようにするためだったのだという。
「ということで、僕から聞きたいことは以上ですね」
「……それは、でも……私からは、もう何も言えないわよ、こんなの……」
カメラの向こうでキャアキャアと騒いでいるのを見ながら、僕は少しだけ彼女たちの戯れになんとも言えない気分になる。
「でも、なあなあにするのは僕はよくないと思いますよ」
「いえ、私はこの件については胸に秘めておくべきだと思うわ。ユウノにはスタッフへのドッキリのための指示がうまく伝達できていなかったせいで衣装が汚損した、ということにするつもりだから……できたら、口をつぐんで欲しいのよ」
「ああ、黙っていろということですね。いいですよ。別に僕は、『真実』の奴隷ではないですから」
僕が聞いたのは、そう多い質問じゃない。
一つ、メンバーが衣装のある部屋に入ることは自由にできていたかどうか。
一つ、衣装を入れているカバンは同じだったかどうか。
一つ、衣装をカバンに入れた段階で、衣装の様子を詳細に見ることができたかどうか。
一つ、衣装はパッと見てメンバーごとに違いがわかったかどうか。
結論として僕が下したのは、壊されていたのは『ユウノ』の衣装ではなく『ミチル』の衣装である、というものだ。
ミチルの衣装とユウノの衣装の差はほとんどなく、当時はユウノとミチルの2トップだったこともあって二人の衣装はほぼ同じだった。
衣装を持ってきたのはミチルだったらしく、そこでミチルとユウノの衣装は外から見えていた。つまり……。
ミチルの衣装は持ってきたタイミングで既に破れていたのだ。
「でも、ここまでするんだったらいずれパンクしますよ?」
「バカね、もうこれはパンクしているって言うのよ。……でも、シュクレドールは今、売れ始めている。ちょうど波に乗り始めたこのタイミングで、大きな事件を出すわけにはいかないの」
「ええ、でも……僕は一つ、気になるポイントがあるんですよ。シュクレドールのマネージャー、あらゆる人はほとんど女性で固められている。そんな環境で衣装を力一杯引き裂ける人がいるとして……それって本当に女性ですか?」
「それは……引き裂いたっていっても、ナイフなんかで切ったかもしれないでしょう?」
ヤチさんの声がはっきりと震えているのがわかったのに、僕はそれにしっかりと引導を渡すことにした。
「切ったのか、引き裂いたのかはすぐわかりますよ。僕としては、確認するなら『今』だと思いますよ。カメラが向いている間に、確認するなら……ですけど」
ぐるん、とヤチさんは僕に背を向ける。彼女は少し震えながらも、しっかりとした足取りでバンへと戻っていった。カメラを向けられてスタンバイしている霊能力者三人は、顔に真剣みを浮かべながら聞かれたことに対して応対している。
途中途中で推しを目の前にしたオタクみたいな限界状態になっている三郷さんは置いておいて、僕はヤチさんの動向を見守る。
彼女は化粧の上からもわかるほどに青ざめながらも、はっきりとした足取りで歩いてきた。
「……助かりました。本当に……まだ、対処できる段階で本当に良かった……」
「そうですか?でも、もう遅いと思いますよ。なにしろ、ここは──」
「うわあああああああああ!!」
「──呪い渦巻く、心霊スポットなんですから」
悲鳴が響き渡った瞬間、ヤチさんの唇から「何が起こったの」という言葉がこぼれ落ちていく。だから、早めに大っぴらにしておくほうが良かったんだ。
「霊一!緊急で祓うぞ、荷物の中から──」
「くっ……お、落ち着いてください!」
暴れているのは、三郷 ミナミと揉み合うようにして現れたミチルの方だ。彼女は半狂乱になりながらユウノに襲い掛かろうとしている。
「ミチル……」
「死ねえッ!!死になさいよぉッ!!」
「私は死なないわ。まだ夢があって、仲間の期待も背負って、グループのみんなとやりたいことがある」
「綺麗事ばっかり!どうせあなただって私のことを見下して、見下してる、くせにッ……」
彼女は絶叫する。
「衣装破かれたのにどうしてそんなヘラヘラできんのよッ!!」
「……犯人はミチルだったの?」
「ええそうよ!バカにしてた私からそんなことをされた気分はどッ」
勢いよく、頬を張り飛ばす音が響いた。
「……な、何すんのよぉ……!!」
「あれが、『ミチル』の衣装だったことなんて、お見通しよ。あれに何回袖を通したと思ってるの」
「は……はぁ?そんなわけないじゃん、ただあんたの衣装を壊しただけ!」
「ふん、どうせ土壇場で小心者なミチルのことだから、単に怖気付いただけでしょ。言葉が間違ってるわよ、私に手を出したのに気づかれたらまずいと思ったんじゃないの?」
「う、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい黙れ黙れ黙れ黙れぁアアアアア!!!!」
「喝ッッ!!」
鳥羽僧侶がその間に入り、喝破するとミチルの体がピタリと動きを止める。
「う、う、う、うううううう」
心霊スポットは霊魂が集まっておりいわば使い道のないガソリンだけがある状態。そこにいい具合に負の感情を溜め込んだ極上のマシンがやってきたら、そりゃあ暴走してしまうだろう。
いや、本当に鳥羽僧侶がいてくれて助かった。本当に。僕は祓い屋としての才能は無い方だと思う。なにしろ、僕にできるのは対話と同調であり、そのどちらも僕が今回のような緊急の事態に対して反応できるものではないということを示している。
三郷さんは悪霊が出てくれば切れるだろうし、鳥羽僧侶は問題なく対応できるだろう。父はパチモノだからそもそも干渉できないけど。
だから、僕は霊能力者ではあるけれど、あくまでちょっとした助言をするだけの立場だ。
「うまく編集すれば、取り憑かれかけたっていうことで企画に関してもよく映えますよ。本当に良かったですね、『この程度で済んで』」
「あなたが、大っぴらにするべきだと言ったのはこのせいだったの?取り憑かれることがわかっていたのなら、もっと早く」
「やだな、僕は祓い屋じゃないですし、そんな大層な予知能力みたいなものはないですよ。ただ、わかっていることを『言った』だけ。あくまで僕にできるのは『助言』にすぎないんですよ」
化け物。
ヤチさんのそんな声にならない呟きを耳が拾い上げてしまって、少しだけおかしくなって唇に笑みが浮かんだ。
そんなことは、昔から知っている。
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