第16話 アイドル
悲鳴を上げたのは、別のバンに乗っていた少女。うん、確かテレビでも目にしたことがある有名なグループの……センターの……。
名前が思い出せないなあ、と思いながら彼女の顔を見つめる。今は恐怖に彩られているものの、可愛くて愛嬌がある感じだ。美人というよりは愛されるタイプの女の子、という雰囲気がある。
「おっ……
あ、そうそうそれそれ。
「だ、大丈夫ですか!」
駆け寄ったこちらのバンに乗っていたスタッフだが、その手を拒むようにバシッ!と叩き落とした。かなりすごい音だったのも加えて、スタッフさんは尻餅をつく。アイドルの腕力ってすごいんだなあ……とかどうでもいいことを考えていたら、彼女は半分ヤケクソみたいに叫んだ。
「もうイヤなのよ、こういうのは!!この番組企画が出始めた時から変な手紙だの嫌がらせが始まって……!!いい加減にしてよ、帰して!!」
「ゆ、ユウノちゃん、落ち着いて……ね?」
ぎゅっと抱きしめているのはスタッフのジャンパーを着ているものの、確か同じグループの……えー、見覚えはあるんだよ?見覚えは。芸能人の名前なんてそんな覚えるようなものでもなくない?
「わ、わわわ……
完璧な解説付きの独り言に僕はありがとうと思いつつ、彼女たちの動向を見守る。スタッフさんの方へと歩み寄ると、手のひらを見つめてぼんやりしている彼の肩を叩いた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、すみません……イヤ、あの……本当は丁寧な人なんですよ。いつもスタッフへの気配りを欠かさないし、それに……」
「スタッフさんは、怪我とかないですか?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
「良かったです。とりあえず、立てますか?」
スタッフさんはこくりと小さく頷いて、それから静かに荻野 ユウノを見つめた。
「実は……あの、最近、彼女が嫌がらせに遭ってたみたいで、それ自体はある程度シュクレドールのマネージャー側でブロックはできてたみたいなんですけど、この企画を請けた頃からちょっと嫌がらせとは違う、まるで呪いみたいな……出来事が続いているらしくって」
「呪い、ですか?」
「あら、詳しく聞きたいわね。悪霊の気配があるとなれば、熊谷先生に私の実力を見せつけて弟子入りするチャンスだわっ!」
「いやいや……実際には、呪い『みたいな』って言ってるでしょ?」
「ええ、その通りです。実際には赤い血文字が書かれたようなカードであったり、加えて衣装が切り裂かれていたり……荻野さん自身はメンバーがやったということは絶対にないと言い張っているので、幽霊騒ぎとして処理していたものの……」
騒ぎの中心では、破かれた衣装が晒されていた。左胸の部分から一息に袈裟懸けに破り取ったような、女性の力では確実に無理だと思えるような裂け方である。
「あれは……女性には無理ですよね?それなりに体格のいい方じゃないと、流石にあんな裂け方はしないはずですし」
「ええ。だから、今問題になっているみたいです。正直……それまでのカードなどは、ある意味『仕込み』の可能性もあるんですよ」
「仕込み?」
スタッフさんはこくりと頷いた。
「実は、本気のリアクションを撮るためと、あとは番組で怖がっているリアクションを流すのに、ちょっとしたドッキリとして仕掛けている可能性がありまして」
「ああ、なるほど……それだと、ネタバラシするのもあまり良くはないですもんね。ただ、あの衣装に関してはやりすぎ、ないしは……本当に別の『誰か』によるものですね」
「ええ、だからマネージャーも焦ってるんですよ」
スーツを着た女性が額を抑えたままスマホを片手にスケジュールの調整が、とうめいている。メガネが似合いそうなキャリアウーマンといった風体だが、今はその顔もかなり疲れを見せている。
「じゃあ、人の仕業ってことなのかしら?こんなにも悪霊の気配がするというのに……」
三郷さんはブツクサと言いながら腰の刀をチャキチャキ鳴らして不服そうにしているけど、その刀……本当にみんなに見えてないんだろうか。あと、カメラにも映らないよね?普通に不満なことがあったらズンバラリと後ろからやられそうでちょっと、いや、かなり怖い。
加えて言うと悪霊の気配とかはまるでないし、悪霊だとしても人に被害を及ぼせるような悪霊はほぼないに等しい。
「すみません、うちのユウノが……」
「あ、い、いえ!その……衣装も、初期から使っている馴染みのあるものですし、壊されて動揺したのもわかりますよ。怪我もないですし問題はないです」
「それでしたら助かります。本当に……」
「あの、具体的にはどんな『嫌がらせ』があったんでしょうか?今回みたいな衣装の破損は初めてということは耳にしていますけど」
マネージャーの女性がチラリと僕のことを見て「誰?」と小さく呟いたあと、スタッフさんは「今回の除霊師の助手さんです」と言うと彼女は頷いた。
「あまり外部には漏らさないでいただけると助かるわ。実は、多少の仕込みをしてもらえるよう、あっちのミチルにも協力してもらっていたのよ。だから、多少変な空メールだったり、得体の知れない手紙が来るとかそういうことを手伝ってもらっていたの」
「ただ、今回の衣装の件はまるでお二人ともノータッチってことでしたよね?」
「ええ。衣装は別に、持って帰ってもらっていたわけでもないから、前回使った後にテレビ局で保管されていたものをそのまま持ってきたの。こちらに来る前に荷物の中に詰めた時は無事だった。荷物から目を離したのはほんの十分もないわ」
「衣装が壊されたのは、ユウノさんのものだけですか?」
「え?ああ、そうね。ユウノの荷物の中から出てきたから……」
これでもう衣装は使い物にならないとこぼしているが、そこで後ろから「ヤチさん……」と言う声がかけられた。ミチルと呼ばれていた少女で、少し明るめの茶髪を内巻きにしていて、少し美人系だ。
「あの、実は汚れたりしたら問題があるかと思って、別の衣装を勝手ですけど、持って来ていたんです。そちらって使えませんか?」
「ええ!?勝手な……と言いたいけど、判断がナイスだわ。しかし、これでも行きたくないと言われちゃったら困るんだけど?」
「い、行きます。……ここで引くわけにはいかないので」
さて……いったいどうしたものかな、と僕は少し首を捻った。ユウノとミチルの体格は同じくらいだ。おそらく洋服のサイズもそう変わらないし、オーダーメイドというわけでもないだろう。ユウノさんとミチルさんの衣装かどうかの見分けるポイントは誰のカバンに入っていたか。
「マネージャーさん、もう少し聞きたいことがあるんですけれど、いいですか?」
「ええ……?ちょっと申し訳ないけれど、もうカメラが回り始めるから、後でもいいかしら」
「ちょっとした質問です。状況を知ることができれば、この件に関して多少犯人の見通しが立つと思って」
「は、犯人が……?本当にできるの、そんなこと。普通に警察に相談しようと思っていたのに……」
「いや、警察には相談しない方がいいと思いますよ。何せ、僕のこのある意味突飛で荒唐無稽な想像が合っているとしたなら……」
犯人は、今ここに立っているアイドルのどちらかということになるのだから。
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