第15話 それは強烈な

僕が公園でぼんやりしながら妖怪と戯れていると、ふとポケットのスマートフォンに着信があった。着信名は父、一応電話はできるもののインターネットができないので最低限のプランである。そんな父の携帯電話だが、電話をかけてくるのはよほどの出来事があったということだ。

「もしもし、父さん?何?」

『テレビだ霊一!』

「……ごめん、話が全く見えないんだけど。あと、僕の名前は俊一郎だし。それで、テレビって何?」

『ああ、すまぬな。実はテレビから出演依頼が来たのだ!フゥッハッハッハー!やはり私の時代が戻ってきたのd』

そこでブチリ、と通話が切れた。多分誤操作だな、と思いつつ僕は撫でくりまわしていた妖怪を指の腹で一度撫でた後、そっと膝から下ろした。

「ムナァ」

そのテディベアは一度大きく伸びをした後、ヨジヨジと公園のベンチの上で日光浴を始める。定期的にいろんな人の家に持って帰られるのが趣味らしいがたまに洗ってもらいたい時には僕の元に現れる。昨日徹底的に汚れが落ちると噂の石鹸でゴシゴシと洗い、内側の綿を入れ替えたりした。こういうぬいぐるみの魂はいったいどこに宿っているのかと思ったものの、ガワを繕われたり問題なく綿を入れ替えられているあたり魂というものはどこにあるのかという訳ではなく、ある意味曖昧に全体にあるようなものなのかもしれない。


「じゃあ、また今度」

「ムィ」

テディベアはそこで動かなくなる。


しかしテレビかあ、と思う。まあ瞬間的なものにはなるけれど、テレビはテレビ、それなりにギャラが貰えることは確約されている。前回の牛肉は妹と母と食べただけであり、一ヶ月ぶりくらいだ。脂がぎゅっと旨みを伝えてくるような、胃袋に素早く届くお肉が食べたい。


「じゅるり」

おっとよだれが。


とりあえず、今は美味しいお肉のために、じゃない、父が仕事を完璧に終えられるようにするのが大事だ。うん、家で美味しい食事を作って待っていれば完璧だろう。

「よし、お肉」

いけない。いつの間にか思考がお肉に汚染されている。




準備を終えて公共交通機関に乗って来たのはテレビ局である。約束である時間の少し前だけれど、構わないだろう。指定された部屋まで行くのにも多少時間が必要である。父は和服ではあるけれど、やはり浮きまくっている。

「なんで僕も来なきゃいけなかったんだろう……」

「うむ、祓う作業となるとやはり手順や荷物が増えるのでな。将来稼業とするのであれ後学のために手伝っておいてもよかろう」

「継がないよ。何を勝手に後継者認定してるのさ」

夕食の魚の解凍忘れてよかった……。

とはいえ、テレビ局なんていう場所に来ると割と有名人が多くいるわけで、視線はあまり向かないのに安堵しつつ案内されるままに歩いていく。


「今日はもう二人、こちらの現場に来る予定なんです。一応顔合わせだけしてもらいまして、それからロケ地の方へ向かっていただく形ですね」

「ロケ地はここから近いんですか?」

「ええ、そう遠くはないですよ。都内にあるので、ここから向かっても一時間ほどでしょうか?今回のロケは一応、深夜枠ギリギリ手前で放送する番組ってところですかね。でも、見ている人は多いので割とスポンサーも豪華だし、参加するアイドルもそこそこ有名どころですよ。美少女高校生の祓い屋である三郷さんごう ミナミさんと、それから僧侶である鳥羽 源次郎とば げんじろうさんが参加してくださるそうで」

口の回るスタッフさんに連れられて、僕らが控え室に入ると、そこには二人がお互いに距離を保って座っていた。


「おはようございます。お久しぶりですね、熊谷 禊先生」

「うむ!鳥羽僧侶もさらに力が練り上げられておるな、余程修行をつづけたのだろう」

柔和なものの、その雰囲気は練り上げられた『力』のある人だ。完全にムキムキな、僧侶というよりモンクみたいな雰囲気がある。修行の末に手に入れた力っぽい感じを纏っており、どちらかといえば破邪に特化していると考えればいいだろうか。

僕が生まれつき視えて対話できるのとはちょっと違っていて、それもまた興味深いのだけれど。


その後ろから勢いよく立ち上がった少女は白地に抹茶色のラインが刺繍で入れられている上品な制服を着ているのだけれど、なぜか、そうなぜか……僕のことをギロリと睨みつけている。立てば芍薬座れば牡丹、動く姿は日本刀とでも言うべきか、なぜか日本刀みたいな雰囲気がある。

つり目にぎゅっと結ばれた唇、しかめられた眉は威圧を放っているし、恐ろしいほどに真っ黒な髪と瞳はそれに言い知れぬ雰囲気を持たせている。


けれど、腰にはなぜか日本刀を帯びている。

えーっと……。


銃刀法違反では?


「三郷 ミナミです。あなたには負けないから」

「え……と、僕?」

勢いよく指を突きつけられて、僕は困惑した。負けるも何もと思っていると、彼女はそうよ、と続けた。

「熊谷大先生にどうやって取り入ったかは知らないけれど、弟子になるのはこの私よ」

「……ええ……全然弟子じゃないし……何言ってるかわからないんですけど、そもそも父さんが、大先生?」

「と、父さん?まさか養子に入れてもいいと思われている、というの!?」

「いや、実の父親ですけど……」

「へ?」

彼女はぱちぱちと目を瞬かせ、そして「似てない……」とボソリと呟いた。ぐるぐると僕の周りを歩き、そして正面からじいっとさらに見つめられる。居心地が悪くなったところで彼女はふうん、と侮ったような笑いを漏らした。

「しかも、何の力も感じられないわね」

「わーすごいヨカッタデス」

「何言ってるのよ、あなた家業を継ぐのよ?何の力もないんじゃ、熊谷先生の名を汚すだけよ」

本当に不思議そうな顔で言われて胸に人差し指を当てられるけれど、心底ゲンナリする。やれ祓い屋だの何だのと今時そんな胡散臭いビジネスで儲かるはずもない。才能があろうとなかろうと、僕はやっぱりお肉を好きな時に好きなだけ食べられる職業に就きたい。


「僕は一切そう言うことには関わらないと決めてるんですよ。今回来たのだって、父の荷物持ち要員ですから」

「へええ、そうなの、まあいいわ」

傲岸不遜に言いきり、彼女はくるっと背を向けて父へ挨拶をすることに決めたらしい。女子高生らしくキャピキャピした表情になりながらも、照れて少し噛みながら「しゃ、しゃんごうみにゃみでしゅ……ふわわ」とか言ってる。


女の子って怖いなあ。


彼女自身からもまあ……一切何も感じないのだけど、力があるのは刀の方だ。持っていて何も言われないところを見ると、刀は自分の存在がわからないようにしているし、加えてあやかしものを彼女に見せたりして力を喰っているだけなのだろう。つまり、妖刀に体のいい器にされただけである。


本当に乗せられやすいものだ。

「じゃ、とりあえずバンでロケ地まで向かいましょう。いやー、みなさん個性的でテレビでも目立ちそうでよかったですよ!」

上機嫌なスタッフがニコニコしながらバンに僕たちを乗せて移動を開始する。


「スタッフさん、あの……他の出演者の方々は、同じくらいの時間帯に到着するんでしょうか?」

「ええ、別のバンですけど、衣装もあるので女性だけが乗った車に乗っていただいてるんですよ。ほら、あれです」

同じようなバンが追走しているのを見て、僕はああ、と頷いた。

「アイドルの方でしたっけ?」

「ええ。結構有名になってきて、今ちょうど流行り始めているんだけど……まあそれは後でのお楽しみにしてもいいんじゃないかな?」

「そうですね」


一時間も走らずにかなり早く到着できたのは、道が空いていたからだろう。バンを降りて少し伸びをすると、緑の多い場所ゆえの爽やかな空気が暑くなり始めた気温に混じって届いてくる。サラサラと葉の擦れる音が心地よい。


しかしそんなのどかな雰囲気に反して、いきなり空気を裂くような悲鳴が響き渡る。

「きゃああああああッ!」

皆が一斉にある方向を見た。それはもう一つのバンからだった。

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