第14話 公開処刑
「ちゃ、チャーリー、チャーリー、アーユーヒア?」
誰一人手を触れていない鉛筆の針が、ふらりと動く。見守る中、くるくると回転する鉛筆がピタリ、と気味の悪いほどのタイミングで止まった。
『YES』
「前回呼び出されてからずっとここに?」
僕が質問をしたけれど鉛筆は一切動くことなく、やはりYES、と言う部分でぴたりと止まったまま動かない。
「な、なんだ……別にいないんじゃないですか。やっぱりここにいたなんて、嘘ですよ。動いてないんですから」
宮前の言葉に鉛筆はわずかにふらついて、そしてNOに止まる。
今のを偶然と片付けるには、あまりに恣意的な動きがあったために宮前は僕のことを睨みつけたものの、僕は腕を組んだまま着席というより机に腰掛けているようにしているから、別に操っているわけではないことを両手をあげてアピールすると、彼女はきゅっと唇を噛み締めて座り直す。
「じゃあ、次の質問だね。前回来た時、人を発狂させた?」
くるり、と鉛筆は回転し、そしてNOに止まる。
「嘘!!そんなはずは、」
「まあ、まあ。まだ止まったばっかりだし、様子を見よう。発狂というニュアンスが『それ』にとっては違うのかもしれないから」
まあ、僕としてはそれはある意味嘘ではないとわかりきっているのだけど、と思いつつ鉛筆を回している存在に視線をやると、彼はヒラヒラと手を振って目元を覆っている布の下からわずかに微笑みを見せる。
気配としては神聖な感じがあるから、邪悪な悪魔などではないことはわかっているのだけどどうしても悪戯っぽく見えるのは仕方ないだろう。
「……くぅッ……」
噛みついてきたのは、宮前だ。咲川はただただ青ざめた表情でそれを見ており、少し睨むような感じで見ているのが印象的である。そしてマミはやや白けたような表情、Dさんは不可解そうな表情のままだ。
「じゃ、じゃあ、私から質問をします。この教室の中に、ハルカの発狂の原因になった人物はいるのですか?」
くるくると鉛筆はまわり、そしてYESに止まる。
「……そうなんですね」
咲川は静かにそれを見て、少し目を逸らした。宮前は犯人を暴き出すわ、と意気込んでいるのだけど咲川はちょっと気まずそうな顔のままだ。
「じゃ、僕から一つ、みんなに質問してもいいかな。これは別に大した話じゃないんだけど」
「何ですか?」
「ハルカさんが発狂した時、いったい何の話をしていたのか聞いてもいい?」
「そんなに……大した話じゃないですよ。好きな人がいるかどうか、とかそんなシンプルな話でした」
「ふーん……じゃあ、僕から『質問』をしよう」
最後のピースが埋まった。その質問は、ひどくシンプルであり、そしてとても残酷なものだ。
「ハルカさんの思い人は、今この教室の中にいる?」
全員が動揺したように僕のことを見る。一番動揺していたのは宮前だろう。彼女は立ち上がり、そして椅子に座っている人たちを見渡した。ただ一人、俯いている咲川を除けば全員が僕を見た。
「知っていたんだね、三來さんは」
「……私が、知ったのも偶然だったので……質問を、したときに……鉛筆が動いた瞬間に……ハルカが、それを跳ね飛ばして暴れたの」
「おそらく、その時にした質問はこうだろうね。『この教室にハルカの好きな人はいますか?』というそれだけ……けれど、その質問は致命的だった」
ハルカの好きな人が教室にいるかどうか。普通ならクラスメイトかどうか、という解釈をするだろうが……それがもし、『この場にいる四人のうち誰がハルカの好きな人か』という質問に捉えられたら、どうだろう。
僕がこれを予測できたのは、まず発狂するという状況自体がありえないからだ。チャーリーゲームは悪魔を呼び出す儀式にしては簡略化されすぎており、本物を呼び出せるだけの力はない。しかし、ある意味では失敗であるものの、チャーリーゲームが成功した要因がある。
「そのチャーリーゲームに使った鉛筆は『神社』のもの、そして君の血縁者であるお姉さんが、巫女として神に仕えているから、ある意味神に通ずるものを呼び出せてはいるんだよ。ハルカさんには申し訳ないけれど、イエスノーで答えられる質問なんて、本来は少ないからね……だから、その鉛筆の先が『その当人に』向けられることを恐れた」
さて、神に通ずる者が現れた以上簡単に発狂などするわけもなく本人もきちんと否定しているとなるともうこれは流石に演技だと分かるわけだけれど、ハルカが発狂を『装ってまで』隠したい秘密とは、いったい何なのか。それがどうしても知られたくない質問なのかどうか。
それを確かめたのは、何の質問をしたタイミングで彼女が発狂したのか。
「だから、さっきそれを聞いたのね。恋愛に関わる話だ、と」
Dさんが努めて冷静に、そう口にする。僕はこくりと頷いた。
「そういうこと。まあ……つまらない結末だけど、咲川さんはそれを知っていて、なおかつ発狂してしまったところからもう知られているかもしれないとハルカさんは学校に姿を見せなくなって、そして……咲川さんは一方で、ハルカさんの秘密を隠しておくことに決めた。何の弁解もせずにね」
「そんな……そんなの、お、おかしいじゃないですか……」
宮前さんは頭を抱えて座り込む。
鉛筆は、ただ静かにYESの位置に止まっていた。
「ハルカは、ただの、ただの友達で……」
「え、あの、彩ちゃんではないけど……」
「んえ?」
おっとりの仮面が剥がれているのを見守りながら、咲川のナイフがグッサリと刺し込まれたのをあーあ、と思ってしまった。
「え、え?私じゃ、ないんですか?」
「違うけど……っていうか、流石にここまで知られちゃうとギスるのもアレなんで、もう言うね。
とんだキラーパスを出されたDさん、もとい葛西さんが椅子から転がり落ちた。
「わ、わ、わ、私!?」
「そうですよねチャーリーさん!」
くるりと控えめに一回転し、そしてYESの位置に止まる。
「わ、わぁ……びっくりなんですけど……」
マミがそうこぼすと、葛西さんは呆然としたまま椅子に座ろうとしてもう一度ひっくり返る。
「あ、あわわ、わ、」
「ボクの持論だけど、恋愛とは自らの気持ちを他人に伝える行為だから、覚悟が必要だ」
結が一歩前に進み出る。
「今回ハルカさんは覚悟が持てないまま事態を暴露されてしまったから、きっと今ものすごく家で後悔していると思う。もし君が恋愛感情を持たれているのに対して気持ち悪いだとかそういう感情を抱いたのなら、すっぱりと断れば良い。もし、嫌でないと感じたなら、それをそのまま伝えるべきだ」
「わ、わ、わ、私は……その、あんまり……嫌じゃない、かも?」
「ま、マジィ!?」
キャアキャアと騒ぐ彼女たちを尻目に、ボクははあ、と息を吐いた。
「聞きたいことが終わったなら、とりあえずお帰りいただこう。流石に神様に連なるものを呼び出しっぱなしはまずいでしょ」
「……それはそうですね。では──」
掛け声と共に、お帰りいただくことに成功した。とりあえず、と紙は引き裂いて僕の手元に来た。
「ふう……じゃあ、後で咲川さんのお姉さんには事態の解決報告と、後処理にかかる費用を請求するから、その旨を伝えておいてくれる?」
「は、はい!あの……ありがとうございました」
「いや、これはあくまでお仕事だからね。あ、そうそう、今回の件でお世話になったからって、うちの宣伝はしなくていいからね」
「はい……?」
「なんてったって、僕の父はパチモノ霊媒師だからね」
後ろで結が「今回の件を華麗に解決したからその言葉には信憑性がないよね」とボソリと呟いたのを聞かないフリしても、いいよね?
結果として宮守はまるで役に立たないことを詫びていたものの、そもそも役に立つと思ってなかったよ、と思っていたことを伝えたらますますしょげてしまった。
お肉は死ぬほど美味しかった。なんかもう、伝える言葉がスッと出てこない感じで美味しかった。
人間って多分、美味しさで死ぬよ。
結局その先、ハルカさんと葛西さんがどうなったかはよくはわからないものの、無事に一月の収入がゼロということは避けられた。加えて、父も神事の手伝いをすることになったようである。
ふと気になって再度神社に行くと、そこにはなぜかあの教室に現れていた神に連なる者と僕が評したやつがいて、にこやかに手を振っていた。ふと土地神である少女がその袖をくいくいとひっぱり、そして頭を撫でられる。
「え」
僕の口から思わずそんな声が漏れたのも、致し方ないことだろう。
まさか自分の土地を留守にして、土地神があんなくだらないことに出てきていただなんて誰が思うだろうか……。
とんでもない神様もいたものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます