第25話 本人が嵐な女の子
平和が破られたのは数日後、転校生の謹慎が今日解けるという噂が流されており、噂を知らない僕でさえも驚くスピードと拡散力で広まった話がちょうど放課後、トイレで耳にはいった頃だった。
個室の中でちょっとタンクトップがズボンの中でうねうねしちゃったのを治そうとしていたら、トイレの外から唐突に大声が聞こえてきた。
「熊谷霊一ィ!!いるんでしょ出てきなさい!あなたがここにいるのは割れてるのよ!」
絶叫とも思えるほどの叫び声に、僕は冷静にポケットをまさぐってメッセージアプリをタップ、ヘルプミー、と。
誰に連絡したかって?
気軽に助けを求められる知り合いは宮守だが、この場合最も適しているのは──。
「何をしている!学内で大声で騒ぎ立てるとは……!」
「ちょっ、離しなさい!離さないと痛い目を見るわよ、このあたしが誰だかッ……」
「それは恐喝か?ことと次第によっては警察沙汰にするぞ」
「くぅ……!出てきなさい熊谷霊一……!!」
なんでこんな敵意を向けられてるんだろ、と思いながら僕は携帯をぽちぽちしていたら、扉がノックされた。出ないと、ともそもそ携帯をしまい込んで扉を開けたらにこやかに立っている東雲先輩が。
「携帯電話の非常時以外の使用は禁止だ。君もついてくるように」
「……はい」
逃げられなかったかー。
生徒会室で僕と三郷ミナミは隣り合うように生徒会長の前に立ち、そして怒られていた。
「まず、中津くん。携帯電話の使用は非常時以外不可能だとわかっているね?」
……生徒会長もそのメッセージ受け取って見てたのでは?
「僕に送ってくるのならその覚悟も込みで連絡するように。さて、では三郷さん、君だが──そもそも数日前に中津くんに対して恫喝したと言うことを先生たちからも聞いている」
「ど、恫喝なんて私してないわよ!ちょっと熊谷先生がどこにいらっしゃるか聞いただけじゃない!そしたら返事もしないし」
「首絞められてたんだから返事なんてできる訳ないよね」
「なんですって!?この──」
三郷が手をバッと振り上げ、僕は思わず右腕を防御の姿勢に構えた。
「三郷くん?」
妙な威圧感の乗った声が三郷の手を止めた。
「これ以上問題行動を起こすようなら、僕の方から先生方にきっちりと、報告させてもらうことになるが、それでもいいのならそのままその手を振り下ろしなさい」
しぶしぶと、彼女はその手を下ろした。
「中津くん。悪いが、君の口から詳しい事情を聞かせてくれるかな?三郷くんは離れているように」
僕はようやくそこで、生徒会長にテレビの撮影で出会ったこと、父親の異常なファンであること(ここは大声で否定が入り熱狂的なファンということになった)、そして転校生である三郷がいきなり僕に父親の場所を詰め寄って聞いてきて、さらに答える間もなく襟首を捻り上げられる蛮行に及ばれたこと。
ついでに先生に現場を見つかり、数日の出席停止になったこと。
「それで、出席停止が解かれた途端のこの蛮行ですね。これ執行猶予なしでいいんじゃないかな」
「落ち着きなさい。三郷くん、ここまでで事実として違うことはあるかな?」
「……ありませんけど、熊谷先生がどこにいらっしゃるかくらい教えてくれたって……」
ブツクサと文句を言う彼女に、僕はため息を吐いた。
「それを心から言ってるならちょっとドン引きじゃない?だってその家には僕も住んでるのに、僕に対して暴力を振るうような人間に住所を教えるなんてありえないよね」
「あっ」
たった今気づいた、とでも言うように彼女は口を覆って目を丸くしている。
「じゃああんたの後をつければ済む話じゃない!」
「警察呼ぶ?」
「はあ?なんでよ」
「だって見知らぬ人が自分の後をつけてきて家の場所を特定するなんて、完全にストーカーだよね?やっぱり警察を呼んでお世話になった方がいいんじゃない?」
「み、見知らぬ人じゃないもん!私は熊谷先生のファンで、会ったこともあるし、それに……サインだってもらったもん!名前も書いてもらったし!」
「じゃあどこに住んでるか聞けばよかったのに」
「緊張しすぎてて忘れたのよ!電話番号くらい聞いておけばよかったのにぃ!」
「電話?父さんと電話したいの?っていうかそもそも、父さんに弟子入り?したいんだっけ?」
「そうよ。あんたが一番弟子なんて納得いかないし、私の優秀さで塗りつぶしてやるわ」
なるほど、と僕は息を吐いた。
彼女の望みは父と定期的に連絡を取って教えを享受することが目的なのだろう。なら、話は簡単だ。
「会長、何かメモ用紙ってありますか?」
「あ、ああ……」
僕はそれにさらりさらりととある携帯の電話番号を書き記すと、四つ折りにして彼女に突きつけた。
「僕の家を探らない、それから学校で人を脅したり妙な真似をせず普通に振る舞うこと。それができると約束するならこれを渡すからね」
「それは……?」
会長が怪訝な顔をしているので、僕はひらひらとそれを振った。
「父の電話番号です」
「よ……よこしなさい!」
「話聞いてた?頭大丈夫そう?」
「家を探らないのと、学校で普通に振る舞えばいいんでしょ。先生の電話番号が手に入るならなんでもいいわ!」
僕の手からむしり取るようにして三郷は用はない、と言わんばかりに生徒会室を出ていく。あまりにフリーダムで自己中心的な姿にどこぞのガキ大将を思い浮かべてしまったけれど、これでひとまず落ち着くだろう。
「で、彼女が不要不急の電話をかけていたりしていたら悪質度に応じて携帯電話を没収してください」
「クックック、わかったよ。先生にも話はまとまったと一応話しておくが、いいのかい?あの非常識……んんっ、失礼。熱狂的なファンの彼女に個人情報が流出したことになるだろう?」
「ああ、あれですか。父は携帯電話は触りませんよ。電源も入ってないことが多いし」
「……うん?」
「電化製品と相性が悪いんですよね。割と調子が悪くなる上に普通に本人もハイテクなものに慣れてないので、覚えていられる限りの決まった電話番号しか出ません」
だからたまに営業を逃すのだが、その方が世間のためである。
「なるほど。割とアナログな方法はセキュリティに優れている、か」
会長は納得したようで、僕はひとまず明日は携帯電話は持ってこないように、というお達しを受けはしたものの、それ以外はお咎めなしで済んだ。
次の日三郷に「出ないじゃない!嘘つき!」と怒鳴り込まれたが父親は忙しいだのと煙に巻いたら納得して帰っていった。宮守は大変だなあ、と僕の頭をなでなでする。
彼の爆速コミュニケートな日常は今も変わっていないようで、やはり他人とは付かず離れずを守っているけれど、僕にだけちょっとは踏み込んでいるようだった。
「高橋さんとは順調?」
「今日は盗聴器と、GPS二つつけられてるんだよな。なんか照れる」
へへ、と照れ笑いする彼にものすごく生返事が出たのも許してほしい。
これで僕の平穏な日常は帰ってくる、やったね。
そう思っていたのだが、現実は非情だ。
次の日の朝、教科書はほとんど置き勉しているので必要なノートだけを詰め込んで出かけ、そして一限目の教科を取り出してふと周囲を見て気づく。
「……あれ?」
木曜日、今日の一限目は数学のはずだ。なのに、どうして──。
「今日は体育館集合だからな。遅れるなよー」
馬瀬先生がそう声をかけてくる。まだ持ち帰っていない体操着を手に取り、首を傾げた。体育は昨日の一限目だ。そしてそのセリフも、昨日聞いたことがある。
僕が一日間違えていたのか、いや、それともこれは……。
嫌な予感がした。
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