第26話 ねむねむにゃんこ

はっきりと異常を感じたのは一限目だけれども、その次の時間もさらに昨日と同じ化学の時間割だったことで確信を得た。その一限目の時間割の最初、先生が雑巾をポケットから出して濃硫酸をぶっかけ、机を溶かしたところまで一緒だった。

僕がガタン、と椅子を鳴らしてわざとらしく音を立ててみても、彼らは一向に気にせずに授業を続ける。


「これは……」

不気味に思いながら立ち上がっても、先生は注意するようなこともなくただ正面を向いて喋り続ける。

つまり、今の状況を整理するのであれば、昨日起こっていたことを繰り返し続けるような状態。つまり、寝た時にリセットがかかっていて、一度再生したものが何度も何度も繰り返し再生されている、いわばループ状態。


そこまで理解したところであまりに天才的なひらめきが僕の脳に舞い降りた。

これって、お金を使っても、元に戻るってことでは?


夕飯のおかずを買うためにお金がたっぷり入った(当社比)財布を持っているのならやることは一つ……!


「いっぱい食べる!!」


と、言うわけでてくてくと歩き、学校を出てランチ食べ放題の店に入店しようとしたところで自動ドアは開かない。

「……なん……だと……」

そりゃそうだ。

開くわけない。

昨日の行動をループしてるんだから。


「人は……愚か……」

あまりの事態に絶望していたら、向こうから走る音とはぁはぁ、と言う声が聞こえてきた。

「誰かー!誰かいませんかぁ〜!」

いませんかぁ〜、の最後が尻上がりになりながら、その人は走ってきた。僕のかりんちょりんで鶏ガラのような細い腕とは違い、しっかりとした肉付きで大きな胸を揺らしながら走ってきたそのうら若き女性は僕のことを見て不意にハッとしたような表情をした。

「が、学生さん?こんなところで何してるの、授業はどうしたの?」

そこまで言っておいたものの、彼女は再び何かに気づいたように口を覆う。

「あらっ!そうだわ、話ができないんだったわ。もう!この子も昨日の通りに動いてるのなら、普段からサボりの常習犯なのかしら。いけない子!めっ」

「普段はサボってないですけど」


そこで数秒の沈黙。


「んにゃアアアアアアアアア!?」

耳が取れるかと思うほどの絶叫をかましたけれど、数分後には彼女は落ち着いて、その胸を押さえながら自己紹介をしてきた。


「さっきは本当にごめんなさい。私は春延はるのべ わかばって言います」

「あ、ご丁寧にどうもありがとうございます。僕は中津 俊一郎です」

春延さんの特徴的な巻毛を揺らしつつ、お互いにペコペコして自己紹介が終わると、とりあえずと言うことで僕の方の事情を説明すると、彼女も事情を説明してくれた。


朝起きてからなんとなくデジャヴのようなものを感じていたけれども、職場に行くと昨日でメニューから消えたはずのケーキがまだ売り出されている。店員に言おうとしたけれど、彼らはまるで聞く耳を持たないし仕方がないから自分が取り出しておこうとすると、まるでロックがかかったように開かなくなる。


「まるで、何かすることを制限しているような……そんな感じがしちゃって」

「でも、自分以外の他のものが固定されているなら、僕がこのカバンを持ち出せたのはおかしいんですよね。もしかすると自分以外に他の人が関わらないものに関しては、さわれたり、動かせたりするのかも」

「あら!賢いわ、探偵さんねぇ」

うふふ、と笑う彼女だが、ふと僕の腹の虫が鳴いたところでどんぐりのようなクリクリとした目を丸くした。


「ねえ、お腹空いてない?よかったらうちにあるケーキ、食べないかしら」

「えっ」

あまりに魅力的なお誘いに呆然としていると、彼女はちょっと寂しそうに微笑んだ。

「試作のケーキを作ったのだけど、店長からは却下されちゃったやつが残ってて。自分一人で処分してたらこんなお腹になってしまったのよね。あと、人に食べてもらって感想を言ってもらえるといいな、と思って」

「ぜひ」

僕は彼女の柔らかいけれどもタコやマメ、火傷跡のある手をぎゅっと握りしめて輝いた目で答えた。


彼女の家の鍵を開けようとしたところで、春延さんが首を傾げた。


「……開かないわ?おかしいわねぇ」

「お隣の家とかじゃあ、ないですよね?」

「流石にそこまでじゃありません!全くもう!」

ぷりぷりと怒っている彼女を宥めていると、ドアがバッと開いた。少し口元に白い髭が目立つような、ただのおじさんからお爺さん、と思しき人物なのだけど、彼女はその人物が出てきたところで表現しようもないほど嫌悪の表情を浮かべた。

彼は鍵をかけ、目の前にいる僕らを完全無視して去っていった。


「……どなたでした?」

「……今の職場のオーナーでした」

「えー、えっと……まずは、部屋が荒らされてないかどうか見ましょう。多分今なら開けられるのでは?」

「本当ですね。できるだけ早くここを引き払って、仕事も辞めます」

そう言いながら彼女は扉を開け、それから家の中を探り始める。流石に土足は嫌だったのか、丁寧に脱いだ靴を揃えた。

「何か触った感じはないわね」

「もしかしたら、盗聴器を仕掛けられてるかもしれないですね。少し確認しましょうか」

「あら!そんなものも詳しいの?」

「以前、ちょっと縁があって……」


部屋のコンセントを確認したら、何か知らないコンセントタップがあったけれどたまに親が来て掃除することもあるので気にはしていなかったんだとか。

「掃除ですか?結構綺麗にしている感じですけど……」

「やだ、普段はずぼらなんだもの。でも、そうね、言われてみれば確かに……母親はあんまり自分から掃除をしたとかそう言うことを言うタイプじゃないけど、オーナーが掃除していたのかも。だとしたらさぶいぼね!」

コンセントタップに関しては普通にただのコンセントタップだった。盗聴器と同じような性質を持っているかと思ったけれど、あては外れた。


「……ただ家を掃除して帰った人でも、やっぱり無理!」

「不法侵入ですし、現場を隠し撮りすれば立証できますよ」

「ありがとう。お礼にケーキでもと思ったけど、やっぱりやめておくわ。他人が勝手に入り込んでいる間に何をしたかもわからないし……」

「お弁当、二人で食べましょう」

二人でご飯多めのお弁当をつついて、そろそろ空芯菜が安くなるとか、壬生菜は割と手に入りやすいとか所体じみた話をしていると、どんどんと陽が暮れてきた。


「今日が終わって、また今日が始まるんですね。とりあえず次は……うちの学校の校門前に集合します?」

「そうね!わかりやすい方がいいかしら。その制服だと、中浦第三ね」

「あ、はい。じゃあ、また明日」

僕がそう言って立ち上がると、春延さんはちょっと嫌そうな顔をしながらこの家にいたくないから野宿でもしようかしら、と口にする。


「……うちも男所帯なので、もし僕たちと同じようにこの奇妙なループから抜け出せた女性がいたら泊めてもらいましょう」

「うぅー……そうね!確かに昨日は襲われることはなかったし、今日襲われることもないわ!」


そして迎える次の日。


目覚まし時計、テレビ番組、ありとあらゆるものに変化なし。お弁当を詰めて振り返ると父親が色々説法をしながらまだ出していないはずの食事を摂っていた。

「……」

これ、この状況を何とかしないと精神的に疲労が溜まりそうだ。そう思いながら、いつもよりも豪華なお弁当を持って僕はいってきます、と家を後にした。


……たぶん今日じゃ解決しないし?冷凍してた牛肉とか使っても大丈夫だよねということで、チンジャオロース(たけのこはなかったのでピーマンと牛肉炒めだけど)。

明日は牛肉の肉じゃがとかもいいなあ、と思いながらルンルンと出かけて、校門の前で待つことにした。

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SPOOKS 視えてる僕とちょっぴり怖いアレやコレ 三歩モドル @modoru_3po

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