第24話 顔見知りの転校生

「……またぞろ呼び出しかと思ったら、ご両人お揃いでどうされたんですか?結婚の報告?」

「ち、違うわ!大人しく座れ!っていうかまた飯持ってきてんじゃねえかバカタレ!」

「わー言葉の暴力。母親は弁護士事務所やってるんですよ」

「すいませんでした」


馬瀬先生と、早坂先生が揃って生徒指導室に雁首揃えているのは何か事情があるにせよ公私混同とか言われないだろうか。


「実は、ちょっとしたお願いがあってな」

「むぐ……」

謝礼は、と言いそうになった口を卵焼きで抑え込み、それからもぐもぐごっくんと言いかけた言葉ごと飲み込んだ。


「何ですか?」

「その、私のクラスに新しく転校してくる子がいるのですが……その子がですね、いわゆるタレント業に近いことをやっておりまして。校内を案内したり、色々とクラスに馴染めるように手伝って欲しいのです」

「はあ……?」

早坂先生の言葉にはちょっと迂遠さを感じるのだが、かなり嫌そうな表情であるところを見ると相当な噂が付き纏っているようだ。面倒ごとの匂い。


「中津くんならもしかしたらご存知なのかと思いまして──以前、テレビ番組でも紹介されたことのある、三郷 ミナミという──」

「お断りします。それでは」

「えっ」


早坂先生はオロオロしながら席を立った僕を引き止めようと手をバタバタさせていたが、その袖を明確にひっとらえたのは馬瀬先生。高校の時はダブルダッチ部にいたらしい──これ反射神経関係あるの?


「いやです」

「そこを何とか。面接に来た先生も落とそうか小一時間迷ったんだが成績が優秀だし、日常的な行動も多少目をつぶれば問題ない、らしいんだ」

「三郷 ミナミについてなら、僕の方が猫かぶりがない状態を見てますから先生達より酷い印象がある気がします」

「……どうしてもダメですか?今度家庭科部の試食会、抽選なしで招待しますよ」

首が折れそうな勢いで早坂先生を見る。


「……いいのか?」

馬瀬先生が、僕を見てクリティカル判定を出したことを確信したものの、家庭科部の試食会はかなり人気のある校内イベントでもある。メンバー以外にも何人か、抽選に応募すると食べることができるのだ。かなり本格的な料理を出すこともあって料理ごとに違いはあるもののお腹いっぱい食べられ、また美味しいと評判でもある。

「ええ。もちろん、試食会当日出られないということであれば日程も調整します。どうですか」

「……グゥうッ……やります……」

「これまでに見た中津の中で一番感情が出てる……」


腹の奥が引き絞られるような返答をしたところで失礼なことを言われたが、嫌なものは嫌なのだ。けれど報酬があるのならやるしかない。やるしかないのだ。

「でも、別クラスですよね?」

「はい。まあ、浮いてるんで大丈夫でしょう?」

僕が、とも三郷が、とも言わずに早坂先生はさらりとそう告げると「お願いしますね」と言って立ち去っていった。


馬瀬先生が「あいつまた」とこぼしたあたり、きっと用事が済んだらさっさと帰るタイプなんだろう。


「それじゃあ、来週の頭からになるが……よろしく頼む」

「家庭科部にはお土産もつけてもらわないといけないですね」

「……伝えておこう」


そんなこんなで、次の週の月曜日。僕は比較的早い時間から学校へと向かっていた。朝早くのまだもやがかったようなところ、まだ涼しくて気持ちがいいそんな朝。僕はまだ飲んだくれて酔っ払ったあげく道に転がっている蛇を道路の脇に移動させる。


「ん゛ん〜〜〜〜〜だんなぁ?もう朝……?え゛ぅ」

「少し味ついているけど、水でいい?」

「あ゛い……」

およそ蛇の口から出ているとは思えない低いうめき声を出しながら、僕が水筒から出した経口補水液の薄いやつをチロチロと舌で舐める。


「うま゛ァ……あー回復してきた。いやはやすんませんねえ、旦那ァ」

「いいよ、僕もそろそろ用事あるから行くね。道の真ん中で寝てちゃダメだよ」

「ヘァーい」

うわばみのような、と言うが酒は普通に効くという。ヤシオリのような祝福を受けた酒であれば余計に回るらしい。そもそもうわばみの例えは獲物を丸呑みするところかららしいから、案外蛇自体は酒に弱いのだという。

一方で酒に強いのは、ハムスター。

彼らは頬袋に貯めた穀類が唾液などの酵素で糖化、そしてアルコール醗酵することが多いのでアルコールにつよつよなんだそう。


「行くか……」


ため息を吐いて、学校へ向かい下駄箱に靴を入れる。そこで背後から何となく、視線を感じて振り向いた。

まっすぐな黒髪をポニーテールにまとめた、そんな気の強そうな少女がいた。

腰には相変わらず、帯刀。実際はこう見えてるだけらしいんだけど。


三郷 ミナミその人である。


「……」

「……」

「はよっぁーす」

コンビニ店員の渾身のモノマネをしながら横を通り過ぎようとしたけれど、彼女の記憶力はいい方だったらしい。

肩をガッチリと、それはそれは強い力で掴まれた。力が強いっていうか爪が食い込んでるっていうか。ミヂミヂとか音がしていたに違いない。


「ねえ、あなた熊谷先生のお弟子さんよね」

いきなり名誉毀損されたけどこれ訴えていいかな?

「違います。僕はハンドルネーム熊谷禊の息子ではありますが弟子などというものではありませんので。じゃ」

「でも息子なんじゃない。ねえ先生はどちらにいらっしゃるの?教えなさいよ」

「……」


あまりの非常識さに呆れていたら、唐突に襟首をガッチリと締め上げられた。貧弱な栄養素によって構成された僕の貧弱な肉体は、女子の腕によって簡単に半分浮いた。

「答えなさい。ことと次第によっては──」

チャキ、という刀の金属音がする。

苦しくて話せないだけなんだけど、という間もなく、「何してるんだ!」という声が廊下に響き渡った。僕がケホケホと咳き込みながらくずおれると、早坂先生が大丈夫ですか、と僕の背中をさすった後にキッと三郷を睨みつける。


「何よ。脅してる気?」

三郷はそう言い放ったが、どうやら早坂先生の後ろから睨みつけてくる幽霊のことが気に食わないようだった。背後にいる守護霊というか勝手に憑いてる霊が見えることに気づいてピャッと青ざめて逃げ出す。こんなのがいちゃあ、僕の必死に築いてきた日常生活が崩壊していくに違いない。

それは、困る。


「おーい、はーちゃ……早坂先生?どうしたんだ?」

「それは、今の暴力行為が正当なものであったということですか?とりあえず、二人とも別室で話を聞きますので着いてきてください」

途中で合流してきた馬瀬先生も意に介さず、早坂先生のピシャリとした口調になんとなく状況を察したようで馬瀬先生はひとまず僕を連行することに決めたようだった。

まあ、まともに話が通じるタイプだし、僕。


ガラガラ、ピシャンと生徒指導室2の扉が閉まる。1よりも若干固そうな椅子だなー、とか考えていたら馬瀬先生が大仰にため息を吐いた。


「とりあえず簡潔に、状況頼む」

「朝行き合ったら父親の居場所を吐け、って下駄箱に押し付けられました」

「簡潔すぎてなんもわからん!」

ひとまず。


父の大ファンである三郷 ミナミが僕と現場で行き合ったことがあるために顔見知りの僕に対して恐喝じみた方法で(恐喝だけど)父親の居場所を突き止めようとしたところで早坂先生登場。

「ぐうイケメンでした」

「そりゃそうだろ俺の恋人なんだから」

「先生僕の前では隠さなくなりましたね。というか朝はーちゃんって言いかけてませんでした?」

「……………黙秘する」


笑顔のまま固まった馬瀬先生だが、コンコン、というノック音と共に許可も取らずイライラした様子の早坂先生が入室してきた。相当むかつく状態だったのだろう。

「停学処分を検討します」

「……妥当だろうな。3日くらいだろうが、恐喝に暴行。ストーキング行為の恐れありだから、処分歴が残る方がいいだろう。早急に職員会議にかけて、今日は保健室登校をさせることとする」

「あ、中津くん。彼女の面倒を見てくれ、だなんて無茶を言いました。試食会にはきっちりお招きしますから、楽しんでいってください」


ちなみに、押し付けられた時にできたアザは保健室の先生が生徒指導室まで出向いて治療してくれた。三郷と直接相対しないようにしているそうで、仮に被害届を書くのであればここの医院が良いと教えてもらう。

けれど、とりあえず家に帰ればうちみ・切り傷によく効くかまいたちの膏薬があるので、丁寧に固辞してひとまず湿布薬だけもらって冷やすこととなった。


多少の諍いはあったものの、先生の動きも早かったし僕としては早々に三郷と縁が切れそうで万々歳である。





とか、呑気にしていた僕を殴りたい。

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