第9話 混迷の果て
「おっす、昨日はありがとな、シュン!」
どんよりとした顔を向けた瞬間、宮守は一歩後ずさった。
「とんでもなく眠たそうだな……じゃあまた後でグエッ!?」
首根っこを掴んで、僕はそれを引き止める。今去られては困るからだ。
「待ってくれる?お嬢様からちょっとした伝言があってさ。人の多いところじゃちょっと話しにくいから、放課後できれば君の家まで行きたいんだけど」
「え?あ、あの……学校じゃだめか?昼休みなら俺空いてるんだけど」
「昼休みは僕は寝るし、学校だとちょっと都合の悪い話だから」
あっけに取られている彼にそう宣言して、僕はその場を後にする。だいたい寝不足は彼のせいなのに、この話を断っていいわけがない。そうだそうだ、とヤジを飛ばす脳内は完全に深夜テンションだ。
お昼ご飯をささっと食べて、早めに寝よう。でないと授業中、僕はまともに目を開けてさえいられなくなりそうだ。
さて……彼と、もう『二人』は釣れるのだろうか。
爆睡ののち移動教室が書かれた黒板に戦慄したものの、なんとか放課後を迎えることができた。教室まで迎えにきてくれた彼はちょっとなんだか複雑そうな表情をしているが、僕はちょっと洋菓子店に寄り、そしてケーキを二箱買う。
「お邪魔するのに申し訳ないからね」
「それにしても、二箱……?」
曖昧にその言葉に微笑みを返す。一つは報酬として用意した分なのであまりジロジロと見ないでほしい。
家に到着すると、宮守の部屋ではなくあえてリビングに通される。普通は友達が来たらいの一番に自室に通すだろうに、その独占欲には感嘆すらしそうだ。
「そいでお嬢様は、何て?悪いけど俺もそんな暇じゃないし、ってかそもそもなんで俺んちなんだよ……」
「ズバリ聞くけど、君──ストーカーされてるよね」
宮守の目が大きく見開かれる。さて、ここからは一つたりとも間違えてはいけない。危ないことには間違いないが、さりとて周りで起きた騒動を放置しておくわけにいもいかない。
流石に、『同級生が刺されて死んだ』何て、馬鹿げた話は聞きたくないのだから。
「それを、どうして」
「美玲お嬢様に目をつけたのは、ボディーガードがいて、確実にお嬢様自身を守れると思ったから。告白したとは言うけど、君は別にお嬢様のこと好きじゃないでしょ?お嬢様、結構そういう視線に敏感だからすぐに君が自分に恋心を抱いていないことなんてお見通しだったみたいだよ?」
「……何が言いたいんだ」
「さて、ここで問題が出てくる。宮守梓がなぜそんな人にわざわざ告白する真似をしたのか。いくつか考えられるけど、一つは、ストーカーを確実に始末するため。一つは、ストーカーの監視を強めさせるため。そして、もう一つは──『二人目のストーカーの目を逸らすため』」
「し、シュン、お前、何を言ってるんだ……?」
口角をヒクヒクと痙攣させたまま、彼は僕のことを睨みつけてくる。けれど、そのままでいい。
「一つ目のストーカーの始末について。この仮定は確実に誤りだと思ってる。なぜなら、そうさせたいならもっと成功率を高めるためにお嬢様への接触の方法を変えていただろう。人付き合いに対して相当敏感に振る舞ってきた君なら、できるんじゃないかな?例えば……そう、友人になりたいとかの理由でさ。でも、それをしなかった。であれば、君の目的は残り二つになる」
そこで一度ふう、と息を吐いて出されたお茶を少しだけ口に含んだ。
「じゃ、残り二つの可能性について議論しよう。そもそも、君のストーカー、そう、一人めのストーカーは特に君に対してのストーキング行為を隠すことはなかった。これは合ってるよね?」
「……」
無言というのは肯定の意味だろうととって、僕は話を進めることにする。人でも殺しそうな視線は一旦無視することにして。
「当然だ。君はその行為に対して拒絶することはなく、また彼女も君から『受け入れられている』と思っていた。言うなれば相思相愛だね、だからこそガードのかたいお嬢様に接近して自身への監視を強めさせたいと考えた……そう、一人目のストーカー、高橋 光希さんだ」
この仮説で大事なポイント、それは宮守 梓が「監視されたい」という異常性癖があるっていう大胆な仮説だった。本当に、世の中って怖いよね、こんな変な人がいるんだから。
「──何言ってんのかマジでわかんねぇよ、帰れよ……」
「うーん、でもまだ足りないから続けるよ。三つ目の仮定、それは『二人目のストーカーがいる』ってところだね。ただ……君たち二人がやってるようなストーカー『ごっこ』じゃないよ」
『彼』は、高橋 光希に対して近づく者に対しての警告をしていた。高橋 光希は彼の存在に一切気が付かないでいた。そして、宮守 梓に対しての警告があって初めてそれに気がついたのだ。タイミングとしては光希がマンションからの出る時刻を変え始めた頃に、『彼』は動き始めていた。
つまり、このまま光希と宮守がくっつくと、何がしかのアクションを取り始めるだろうという予想の元、宮守はなんとかしなければならないと考えていた。
さらに詳しい話を聞けて助かった……なにしろ、宮守 梓に対して来ていた鬼のような量の着信。これが高橋 光希さんが引っ越してきて、一週間後くらいにはすでにあったということ、加えて彼女の『盗聴』には引っかからないよう、部屋では常にサイレントモードにしていたのだから。
「な……に、を」
「二人目は、君がお嬢様に告白しているのを見た、と思う。ただ……それはちょっとあまり良くない手段だと思う」
「はぁ?」
「高橋 光希という女性に執着している二人目の『彼』、光希さんがもし仮に監視を強めようとした場合、どうすると思う?」
「どうする……?」
ピン、ポーン。
ああ、まずいな。二分の一の悪い方を引いた。
「高橋 光希自身を『拘束』して監視をやめさせるか、あるいは……」
高橋 光希が依存している対象を、殺害するか。
「ここで、俺が出なかったら、そいつは……光希さんをどうにかする、ってことは?」
「大いにありうるだろうね」
「くそッ……!!選択肢なんか元からなかったってことかよ!!」
「うーん、まあ、そうなんだけどさ。僕、ちょっと回転寿司でお腹いっぱい食べたいんだよね」
「は……?」
何を今言っているんだ、という顔をした宮守に、畳み掛けるように「お腹いっぱい、美味しいお寿司が食べたいんだ」と口にした。僕を押しのけて動こうとした宮守の足元に絡みついて引きずられる。
「どういうことだよ!早く出ないと光希さんが……」
「食べさせてくれるよね?お寿司」
「なんだよッ!わかったから手を離せ、バカ!!」
よっしゃ、これで意趣返しはできた。
僕はすくりと立ち上がり、そして「お願いします」と一言だけつぶやいた。そして、僕は玄関へと歩いて行き、呆気に取られたような宮守を尻目に扉を開ける。
ギィ、と扉が開くと、その先にはにこやかなおじさんが立っていた。彼の顔にどことなく光希さんのような雰囲気があるのは、おそらくだけれど彼が光希さんの父親だからだろう。
「こんにちは。どうかされましたか?」
「二人、いるね。どっちが梓くんかな」
後ろ手に、ずっと隠されている包丁。しかし、そんなものを隠しておけるはずがない。なぜなら──。
「お、お父さん……?何で、包丁なんて、持ってるのよ……」
背後に現れた自らの娘に気付かないほど、彼は視野が狭くなっている。ゆえに、気付けない。脛あたりを小さく風が撫でたことなど、気付けない。
「ああ、光希。全く一人暮らしなんてするからこんな悪い虫が寄ってくるんだ」
勢いよく包丁を振り上げ、そして──不自然なほどに、綺麗な転倒を見せた。
足が絡まったというより、見えない何かにつまずいたように。
当然ながら片手に包丁を持ったままなので手をつくこともできず、また顔面は血まみれだ。光希さんは動揺しながらも、警察に電話しようとする。
「も、もしもし警察ですか!?」
「光希ぃいいいいいい!!」
濁点のついた怒鳴り声を上げながら、彼は勢いよく娘の手から携帯を跳ね飛ばす。そして殴りかかろうとして、再度芸術点があれば満点の転び方を見せた。股の間から顔がわずかに見えるような体勢になってしまい、起き上がるのにうんうん唸りながら体勢をなんとかしようとするが立てないでいる。
大変だなあ、と眺めていると、かなり早々に警察のサイレンが聞こえ、男はなんとか横に転がって立ちあがろうとしたが──無念、立ち上がる直前で不自然に軸足が払われたようだった。
潰れたカエルのような格好のまま、ピンヒールを履いた靴を背中に押し付けられて観念したようである。
僕がお手伝いを頼んでいた一人目、スネコスリちゃんである。人の脛に擦り付き、人を転倒させる大天才。拍手。
「さて……じゃあ、とりあえずだけど、二人とも覚悟しておいた方がいいよ」
「え?」
「光希さんがやってたストーカー行為も調べられると思うけど?」
「え……?ま、待ってください、そもそもあなた、あのお嬢様とツナギを作ってた人ですよね?何を言ってるんだかさっぱりわからないんですけど……?」
光希さんは目をぐるぐるさせながら言い逃れようとしていたけれど、ここでもう一人、お手伝いを頼んでいた二人目が登場する。
「いや、そもそも俺が見られたかったのは事実だしストーカーっていうか単なる愛の確認行為だろうが!」
「愛する人の一挙手一投足を見逃したくないのは当たり前ですよね!?」
同時にそう叫んだことで、二人は顔を見合わせる。
っていうか、合ってたんだあの仮説全部……。本当にマジでカスってないただの妄想っていうか、二つ目だけであって欲しかったんだけど。いや、理論上多分合ってると思ってたけど信じたくはなかったなあ……。
「みづギィ……ッ!おまえ゛はおれ゛の、いうことだげ、ッ、ぎいでれば……」
「うるさいわねッ!あ、あじゅさきゅんに!包丁を向けようとしてたお父さん、いやこのクズなんて親でもなんでもないわよ!」
さらにピンヒールで頭をぐりぐりとする。穴でも開いてしまうんじゃないかと思った瞬間、警官たちが到着した。血まみれの男をピンヒールで女性が蔑んでいるから何かと思ったようだが、宮守が一歩前に進み出た。
「すみません、この男性が玄関先で包丁を振り回して、一人でこけまくったんです」
「こけまくった」
「それはもう盛大に」
あ、しまったな、と思ったのは、今この場所……ここにおいて、誰一人嘘がつけない空間になってしまっていることである。
お手伝いを頼んだサトリという妖怪であるが、心を読むことで有名だ。と、いうわけでつまり。
「実は隣人のこの女性にストーカーを受けていたんですけど、それに関しては僕も合意の上でして」
「は、はあ……?あの、すみませんが、ちょっと何を言っているのかまるでわからないんですが……」
今から特殊性癖について聞かされる警官の方々に対して、僕は心の中で合唱した。
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