第10話 愛の形はそれぞれ

結果として。


宮守 梓は高橋 光希と恋人になり、高橋 光希の父親である高橋 克樹は逮捕された。しかしながら当然というべきか、その場での現場検証をする際にさまざまな『支障』があった様で、後ほど事情を聴取することになったという。僕もその時ちょうど居合わせたため軽く事情を聞かれたものの、友人の家に遊びに来ていたため特に何も知らないからということで早々に帰された。


翌日、宮守はお昼が過ぎてから登校し、それからげっそりした顔で僕の目の前に現れた。


「……なあ、昨日のことだけど……ちょっと別の場所で話せねえ?」

「いいけど……」

というわけで、近所の喫茶店にやってきた。僕は適当に注文を言うと、「おごりだよね?」と確認した。

「ま、まあ……いいけどよ。俺今日1500円しか持ってないから、高いものは勘弁してくれよ」


僕の元にロイヤルミルクティー、宮守の元にブラックコーヒーが運ばれてきて、その香りに酔いしれつつ僕は彼が一体何の用があって来たのか、という顔をした。

「まず、まずだ。一体どうして俺の部屋のことがわかったんだ?そもそも誰にも話してないし、話すつもりもなかったんだけどな?」

「その辺はまあ、あれだよ。実は僕超能力者なんだよね」

「マジかよ……」

「まあ嘘なんだけど」

「嘘かよ」

「そもそもあのお嬢様に関わったけんも盗聴が関係しててね、その辺の知識によるんだけど……そもそも光希さん、隠す気がなかったし。しかも、非通知での通信だけど、お嬢様の前に出た時にかかってきてたよね。非通知の画面がケツポケットに入れたとこから見えてたんだよ」

「お、お前探偵かよ……やばいな」

これに関してはすごくカンニングをしているようなものなので、それにはあえて返答せずに「報酬の件だけど」と口にする。


「お寿司をお腹をはち切れるくらい食べたくてさ」

「お、おお。男子高校生の本気を受け止めるくらいの力量ならある、と思うが……あ、そうだ。お前、家に来たときにさあ、ケーキの箱忘れてかなかったか?っていうか、一つの箱、中身だけなくなっててさ」

「ん?ああ……あれね」

一箱の中身はすっからかんになっているのは当然だ。それが、妖怪として現れてくれた代価であるのだから。なかなかいいケーキを要求された、と財布の入っているリュックを撫でていると、彼はちょっと微妙そうに見つめてきた。


「何か……昨日は、おかしかったんだ。俺はあんなこというつもりじゃなかったのに……」

「いいんじゃないの?正直は美徳だよ」

「美徳、ね。俺は逆に恐ろしくなったけどな……なんか自白剤でも撒いたか?」

自白剤かあ、と僕は少しだけカップの縁からこぼれたミルクティーのひとしずくを指先で拭う。


「僕は今回の件について関わった人が『刺されて人生終了』なんていうニュースがあったら、今後寝覚が悪くなって健康に悪いから口を出しただけだよ。何か特別なことをしたわけじゃないし、なんならお寿司をおごってもらったら君なんて用済みだからね」

「用済みね、まあお前がそう言うんなら別にいいけどよ。でも、俺は感謝してるよ。転びまくった光希さんの父親のことも、彼女に本音をぶつけることができたのも」

「ふーん、偶然起こったことに対して僕に感謝するなんて、君はとても変わった性格をしてるんだね?」

「はは、じゃあまあ、そう言うことにしておいてくれ。……正直、今でもちょっとよくわからないけどな」


その後、彼は聞いてもいないのに光希さんとの話を聞かせてくれた。当然大騒ぎになっているのを家族に見つかったものの、正直なことしか言えない彼は見事に自分の性癖を暴露しつつ、光希さんとのお付き合いを認めてもらったらしい。家族は当然ながら困惑したものの、実は弟妹が生まれた後あまり手のかからない兄であった宮守がこんな性癖を抱えるほど歪んでしまったことにちょっと責任感を覚えたらしくそれなりに祝福してくれたようだ。


なんというか、家族へのバレ方最悪だなあ、それに関しては僕がやったことだけど。今までの人間関係の希薄さも相まって不憫属性がついてそうだ。


「スッキリはしたけどまあ、良かったよ。これで大っぴらに光希さんといちゃついてもいいって言うわけだしさ」

ヴィー、ヴィー、とひっきりなしにスマホが鳴っている。出なくていいんだろうか、とちょっとだけ視線をやると彼はにっこり笑った顔でそれを見ている。しばらくして、からん……と店のドアについているベルが控えめに鳴った。

「え……えへへ、来ちゃった……帰ろっ、梓きゅん」

「光希さん……」

ニコニコ笑顔で合流を決めたかと思うと、彼女は勢いよく伝票をひったくって、宮守の手元に残っていたコーヒーを一気飲みした。宮守の手を優しく取るとすぐさま会計へと歩いていく。


どうやって、ここを突き止めたんだろうか……。

そんな思考が頭をよぎったものの、僕はそこで軽く頭を振り、そしてロイヤルミルクティーを口に運んだ。

なにしろ、愛の形はそれぞれ、僕が口を出すべきではない。

恋人のいる場所がわかるのももしかしたら単に愛の成せる業かもしれないのだから。


ふと席を立つと、店員さんが「ロイヤルミルクティーをご注文のお客様ですよね。お会計が分けられていますので、こちらの伝票をレジまでお持ちください」と声をかけられた。

「きっちりした、恋人だなあ……」

僕のため息は、財布の中の現金と共に空気に溶けて消えていった。




今日も今日とて、スーパーで入手してきたのは鶏肉である。鶏肉はなんと言ってお安いし、成長期に必要なタンパク質だ。加えて味付けを工夫すればいろんな味になるのだ。

「霊一、今日も鶏か!?霊魂の成長には適切な食事が必須だと言うのに……!」

「仕方がないでしょ。今月の仕事はまだ三河山グループからもらった仕事だけだし」

「ぬ、ぬぅ……ま、まあ私は偉大であるからな!世の人間が気づくまであえて牙を潜めておくと言うのも一興よ」

「早めに出したほうがいいよ。世の中から見捨てられないうちにね」

辛辣な言葉を投げかけたものの、父親はあくまでそれに対して「わかっておるわい、やはり我と世間には差があることを理解した上で」とゴニョゴニョ言っている。これも、きっと世間から見たら愛の形のひとつと理解されるんだろう。


やはり、愛というものはよくわからないものだ。

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