第11話 チャーリーゲーム
僕は中津 俊一郎、れっきとした高校一年生である。
一つ年下の妹が一人おり、母親は父親と離婚して妹と共に暮らしているけれど、特段家族としての仲が悪いわけではない。
そんな父と母が離婚したのは、ただ一つの理由である。
「父さん。今月、とうとう収入がゼロだったので来月は強化月間にします」
「な……何の話だ?三河山グループの依頼があったではないか」
「あれは僕への収入であって、しかも現物支給だったから、収入としてはカウントなんてできないんだよ。なので、来月からは緊縮財政強化月間になります」
この間僕が購入したお菓子の方も、実際は自分では一口も食べていない。いくら必要経費だったとはいえ、僕のお財布に大打撃である。一月分のおやつ代が全てすっ飛んでいったあたり、コスパが悪いからあまり使いたい手ではない。
とはいえ、後から高橋さんには「お寿司は申し訳ないけれど、一人で行ってもらえるかしら?」と一万円を手渡されたわけだけど、これに関しては生活費ではなく僕がいただくことにした。多分生活費には消えるけれど、こうでも言わないと父には響かない。
「だから、その手に持っている霊山の湧き水とかいうものは即刻売り場に戻してきてよね」
「し、しかしだな、ここでなければ手に入れられないものなのだぞ!」
ちなみにその湧き水、実は水道水を瓶詰めしたものである。隣でしたり顔して笑っている幽霊の言うことだけど、まあこういう霊感商法はほとんどの場合そんなものだ。
「……はあ。それを買ったら父さんの食事は水になるけどいいんだね?」
「みッ……!?水はやりすぎであろう水は!せめて野菜を!」
「はいはい」
今日僕が荷物を持って訪れているのは、とある小さな神社だ。しかし、小さいからと言って侮るなかれ、霊山の一つに数えられている山が裏手にあるため、参拝客はまあまあ多く、鳥居も建て直しができるほどである。
そんな場所に父が僕を伴って来たのはある意味『営業』である。
元々テレビ局のコネだけでは何ともならなかったようだし、そもそもスペシャリストである神社に対して営業をかけようというのが頭おかしいポイントではあるのだけど。
「失礼、宮司殿はおられるか?」
「あ、え、えーと、ただいま呼んでまいります」
バイトと思しき女の子が巫女服のまま社務所の奥へと引っ込むと、青い袴の男性が現れる。そして、その横には角の生えた一つ眼の小さな女の子が立っていた。鬼だろうか、と思ったものの、その気配は妖怪のものと違っていて、非常に澄んでいる。おそらくは、土地神。
「失礼、わたしは個人で祓い屋をしておる熊谷 禊である。此度こちらに参ったのは……」
女の子は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせながら、静かに宮司の袖を掴んでいた。土地神としてはどことなく威厳もないし、何より信仰を集めている霊山の神だとすればあまりに力を感じない。不可解だと思いつつも僕は目を逸らして何故かまとまりかけている商談の行方を見守っていた。ちなみに今回父が持っていった商談はなぜか自分の講演会がしたいので場を設けてはもらえないかというたわごとであったのだけれど、不思議にも宮司さんの方は乗り気である。
「では、今後ともよろしくお頼み申す。霊一、行くぞ」
「僕の名前は俊一郎だっていつも言ってるでしょ」
「ははは、面白い息子さんですね。そう急がずとも、立ち話も何ですから社務所の方でお茶でも出しましょう。実は、もう少し若かった頃に熊谷さんのことをテレビにてお見かけしたことがありまして──」
やけに上機嫌な父と宮司はきゃいきゃいとはしゃぎながら社務所に入っていき、僕もそれについて行こうとするとくい、と袖を引かれた。振り返ると、巫女さんが一人、そこで困ったような表情をしていた。
「あの、何か……」
「すいません、でも、ちょっとだけ。その……熊谷 禊さんって、有名な霊能力者なのですよね?」
父は業界ではそれなりに過去名が通っていたようだし、本人も実に『本気で』霊を祓っていると信じているから、能力はパチモンであるものの、こと知識においてならほとんどの人には引けを取らない。だからこそ本気でここの宮司さんとも対話ができるわけだが、彼女は一体何が目的で声をかけたのだろうか。
「実は、私の妹の同級生がこっくりさんのようなものに手を出して、発狂して学校に来なくなった、というんです」
「えーと……こっくりさんのようなもの、とは?」
「ああ、えっと、そうですね。簡単に説明しますね」
チャーリーゲーム、というその遊びは、海外のこっくりさんとでも言うべきもので、二本の鉛筆と十字で区切りを入れたイエス・ノーが書き込まれた紙。鉛筆を十字に重ねて置いた後、こう唱える。
“Charlie, C
これがイエスに傾けばこっくりさんと同様、イエスノーで答えられるような質問を続け、遊び終わって帰って欲しければこう唱える。
“Charlie,
大体はイエスとなり、ここで終了するが、これで帰らないでノーに傾いた場合にはこう唱える。
“Charlie
帰った後は紙をビリビリに破いてしまうのが遊び方となる。以上、ネットより抜粋。
「なるほど、本当にこっくりさんみたいな遊びなんだ。で、これを解決してほしい、ってこと?」
「はい。実際のところ、本当かどうかはわからないんです。友達同士の遊びだって言ってたし、個人的にはそんなの嘘だって思ってるのも半分くらいあって」
でも、と彼女は俯いた。
「本当だったら、どうしようと思ってしまって……発案者は、私の妹らしくてその件で学校でも辛く当たられ始めてる、って聞きました。妹の通っている学校は玉城中等教育学校って結構有名な学校でもありますし、あまり生徒間の揉め事には口を出してくれないんです。だから、妹が追い込まれてしまう前に……何とか早く解決したいんです」
「なるほど、ね。……じゃ、そんな君には申し訳ないけれど、一つ教えておくよ。まず、うちの父親は偽物。パチモノ霊媒師だよ。当人は心の底から除霊していると思い込んでるから、詐欺師とは言いにくいけど……つまり、ある意味では気休めにしかならない」
「そんなッ……」
彼女がショックを受けているが、僕は「だから」と続けた。
「その件、僕が調べてもいいかな?」
「え?あなたが、ですか?」
「そう。じつは玉城中等教育学校は妹も通ってる学校だから、兄妹のよしみとして、ね。パチモノ霊媒師の気休めよりよっぽどいいと思うよ」
どうかな、と少し首を傾げると、彼女はがっしりと僕の手を握りしめた。
「ありがとうございます……っ!」
「お礼はまだ早いよ。解決したらかかった費用と、手間賃は多少請求するからね、そのつもりでいてよ」
「はい、わかりました。バイトのおかげで、これでも多少貯金してますから平気です!」
メッセージアプリに連絡先を登録し終えると、彼女はそういえば、とあごに手を当てる。
「あの、妹さんってなんてお名前なんですか?」
「ああ、
彼女の手元にあった携帯が、足袋の足元に吸い込まれるように落ちて湿った音を立てる。
「さ、さ、さ、さぎり……むすび!?」
狭霧 結、またの名を高校生の
スラリとした体型に母ゆずりの美貌、ハイティーン必読の雑誌『Coco』には専属モデルとして登場し、現時点でもテレビのバラエティーやYo tubeでも自らのメイク動画を上げたりして大量の視聴者を獲得している。何と言っても僕より背が高い。
いずれ僕の成長期が本気を出せば追い抜けるだろうけれどまだその時ではない。
……負け惜しみを言ったところで、僕の成長期はきっと本気なんか一生出してくれないんだけどね。
「あ、あんまり……似てないね?」
「まあ、父にはどっちも似てないよ。結は母さんにそっくりなんだけど、僕のこのうっすらぼんやりした特徴のない顔はどうやってできたのか、ちょっとわからないんだよね……」
「あ、いや、似てないって言うのはお父さんとの方ね!?勘違いしないでね!」
「ああ、確かに父さんとは全く似てないよね。まあ……その感じだと、君の妹と結は多分、知り合いではなさそうだけど、妹がいる学校のことだし……ある程度協力するよ」
その後父も社務所から出てきたので、僕はバイトが終わった後連絡する、という彼女の言葉をもらってその神社を後にすることになった。
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