第6話 宮守 梓

宮守 梓という少年の話をしよう。


彼はサッカー部に所属しており、ポジションはミッドフィールダー、好きなものはカレー味のもの、嫌いなものはヨーグルト。


顔は悪くないものの、いかんせん性格としては落ち着きがない、良い人だけど恋人としてはちょっと、と言われるような恋愛対象にはしにくい人物であり、先輩方には割合に可愛がられながらも同年代や後輩にもなかなか評判が良い人物だ。ただし、ムードメーカーではあるものの成績はそこまでよくはないという。


ここまでが幽霊に聞いた話であるのだが、そんな彼は今現在僕のあとをつけて回っている。学校で付きまとうのはもちろんのこと、下校でも部活の練習がない日には決まって家まで着いてくるし、なんなら朝起きて家を出るタイミングには俺の玄関の前にスタンバイしているのである。もうめちゃくちゃ視線を感じて気持ち悪い。


普段、幽霊や妖怪からの眼差しに敏感な僕からすると、生きている人間の視線や感情はひどく重たくて気持ちの悪いものなのだ。


彼が付きまといを続ける理由は、ちょっと前に会った三河 美玲さんという大グループの社長令嬢に対して一目惚れしたから、ということらしいけれど、普通は一般人がお知り合いになろうなんて不届千万という感じだろう。当然ながら松本さんはなかなか特例的だったものの、彼の性格上かなり実直かつ勤勉であることが評価されていたから、という状況に過ぎないし、ただ一人の後継者というわけでもないから好きになった人と結婚させてやろう、ということだったのだろう。


で、宮守のしている行為でもっともイライラさせられるポイントは別にある。

それは僕がこうして付きまとえば、簡単に人の情報を喋ったり、つなぎを持つような人間だと思われていることだ。僕はこう見えて口が固いことに定評がある(個人的に)し、彼女との付き合いも個人的にするつもりはないということだ。


松本さんと話をさせたのも、彼の成仏に必要だと思ったから手を貸すためにしたことであり、それはあくまで僕個人の欲求に基づくものじゃない。

つまり僕の携帯には彼女の連絡先は残っているけれど、また幽霊騒ぎで色々起こりでもしない限り連絡されることはないし、する気もないということである。


「全く……いつになったら目を離してくれるんだか」

こうして僕が監視されていると、なかなか周囲の姿を隠すことができないあやかしものもピリピリした雰囲気を醸し出しているのだからちょっと申し訳なくなってくる。

「どうした霊一!霊の仕業か?除霊が必要かな?」

手書きのお札を変なポーズで構えながら、父がそう言ってくるが僕は首を振る。

「だから僕の名前は俊一郎。別に胡散臭い除霊が必要なんじゃなくって、学校での人間関係のことだから気にしないで。それと父さん、今日は方違えとか言って山に泊まって来るんじゃなかったの?早く行きなよ」

「うむ、しかし息子が困っているのならばそれを何とかするのも父の勤めよ。この熊谷 禊、困っている人間を見過ごし自らの霊力を高めようなどという下賎な輩とは違うのでな!」


ブワハハハ、と笑っているのを無視してカバンに自分の弁当を詰め込んだ。


「どうでも良いから早く出てよ。僕は昼ごはんまで準備する気はないからね」

とっとと学校に行かなきゃいけないんだけどなあ、と思いながら玄関のノブに手をかけると、近くにいた幽霊が耳元で「いるよー」と教えてくれた。


「はあ……」

もういいや。


登校すると同時に、僕の後ろにピッタリとくっついていた彼はさも今来たかのように背中を陽気な笑顔と共に叩く。

「よお、シュン!元気か?」

「あの人のことなら、教えないよ。話はこれで終わり」

言い当てられてピタッと動きを止めた彼は、急激に真剣な顔つきになると、僕の足にじゃれつく猫ばりの動きで絡みついてきた。


「う、うわっ!?何するの!?」

ここ一年で一番大きな声が出た。

「なあっ頼むよぉ〜!あの子にもう一度会いてえんだよぉ!」

「ちょ、ちょっと手を離してよ……ッ」


視線が。

熱のように突き刺さり、肌を焼き焦がすような視線が、全身に。

呼吸が荒くなるのが、よくわかる。


「──わかったから手を離してよッ!!」


ちょっと困惑したような彼をよそに僕は勢いよくトイレに駆け込み、荒い呼吸を落ち着かせるようにシャツの胸元を握りしめる。落ち着いた頃、呼吸が落ち着くのと反比例するように上がってきた苛立ちをぶつけるように膝を一度だけ殴りつける。

「ふう──ッ」

ポケットから携帯を取り出して、それから美玲さんに正直に、この上なく正直に連絡することにした。


『二度と連絡を取るつもりはなかったのですが、今回どうしても手に負えない件が発生し、連絡いたしました。僕の『クラスメイト』があなたに一目惚れをしたそうで、しつこく付きまといを繰り返した挙句、公衆の面前で足にすがりついて懇願するまでになりました。流石に日常生活に支障をきたすため、一度連絡を取ったという体にさせていただきます。相手は会いたい、話したいという戯言を言っていますが、受け入れるつもりはありません』


すぐに既読がついたものの、返信はすぐに来る事もないだろう。しかし、思っていたのに反して彼女はシンプル極まりない文面で返してきた。


『一度だけ会います』


しかしながらその文面からは限りなく怒りを感じる、気がした。

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