第5話 憑き物は落ち

その後のオチ、というかまあ結末なんだけど。


僕はお嬢様の父親からいたく感謝され、それから三河山グループの経営しているファミレス店舗においての永久無料券(これが一番嬉しかった)、加えてちょっとお高めの時計、高級なお菓子なんかもいただいてしまった。


どうやら、伴原のことをお嬢様の結婚相手にしてはどうか、という話が持ち上がっていたものの、お嬢様が松本と恋仲になったということでそれが流れたらしく、一族の経営に深く関わっていた彼は邪魔をされたという怒りから松本を足のつかない車で轢き殺し、借金のある自動車工場で車を廃車にして処分したのだと言う。僕としては車の中にいた恨みたっぷりの女性のことも気になったのだけれど、まあその辺りは警察に任せればいずれホコリが飛び出してくることだろう。


ただ父は一切活躍の場がなかったことにご不満らしく、また特に何もしていなかったため報酬もなかったことに憤慨しながら今日も過去の栄光に浸っている。


「父さん、僕、ちょっと出てくるから、そこにあるさるなし酒飲んでいいよ」

「酒はやらぬ!感覚を狂わすのでな」

こういうところはやけに真面目なのだけれど、もっと別の方向性で活かして欲しかった。

「じゃ、僕が持っていくよ。ちょっとした話のついでに」


風呂敷包みに包んだそれを持って、僕はアスファルトの上をゆらりゆらりと歩いていく。約束していた場所には、だいぶ薄れてにこやかな青年、松本さんの幽霊とそれからお嬢様が立っていた。時計のついた噴水の前、デートで定番の待ち合わせ場所だがあいにく僕がしていたのは僕自身と引き合わせるためではない。


「こんにちは、すみません、遅くなってしまって」

「いえ、私が早く来すぎてしまったので」

とりとめもない会話をした後、それから少しだけ歩いて公園のベンチに腰掛けた。


「今回は、本当にありがとうございました。それからその……一つだけ、お聞きしたいことがあります」

「はい」

彼女は少しだけ逡巡して、それから覚悟を決めたように拳を握り締め、僕をまっすぐに見つめた。

「あの時、伴原を気絶させたのは……もしかして義樹さんだったのでしょうか?」


しばらくの沈黙が続き、彼女の顔が徐々に赤くなっていく。ぷるぷると震えながら顔を覆って、彼女は「わ、忘れてください!」と叫んだ。

「いえ、合ってますよ。あれは、松本さんがやりました」

「え?」

「あの時伴原さんを倒したのは、彼です。僕はただ彼に体を貸しただけ。……それに気づくことができるほど、あなたは彼のことを想っていたんですね。それはとても素敵なことだと、僕はそう思います」


そして、とても残酷なことだ。いつか彼女はそんなことがあったのだ、と彼のことを全て『思い出』と呼称するようになる。僕の目にはまだ、彼が見えているのに。


「会いたいですか?」

「──そ、そんなの……そんなの、会いたいに決まってるじゃないですか!!」

悲鳴にも似た懇願が空気を裂いた。


僕の力はそう大きなものではない。ほんのわずかの間、体を貸すこと。それから、ほんのわずかの間、僕の視覚、聴覚を他人に貸すこと。

僕は彼女の背中に手を当てて、そしてゆっくりと目を閉じた。


「よ、義樹さんッ……!」

何か喋っているのだろうけど、今の僕にはそれを聞く術はない。聴覚も一言目から全て貸してしまっているからだ。彼女にだけ、見えて、そして聞こえる。とてもロマンチックだ。僕は知らなくとも良い。彼女と、そして彼のことだから、他人が聞くのは野暮というものだ。


「──りがとう、私、頑張りますからねッ、でも、もし、もしダメな時は、いっぱい……泣きますから、だから、私、ひっく、私と一緒にいてくれて、ありがとう……!」

途中から音が戻ってきた。もはや僕でも聞き取れなくなってしまったんだろう。


賢明な女性だ。まだ一緒にいてほしい、ではなくて、いてくれてありがとう、と言ったのだから。


目を閉じているのと完全な暗闇は異なる。それがわかった時、僕は目を開けた。松本さんがいたと思われる空間を泣きじゃくりながら見ている彼女は、ただただ辛そうで、なんと声をかけていいかわからなかった。

「……ほんとは一緒にいてほしいって、言いたかった……でも、それじゃ……」

「あなたは立派ですよ。本当に、心の底から」


心残りのある幽霊の末路なんて、最低なものだ。僕の知る限り全ての感情を忘れ去っていき、残るのはただ執着ばかり。そんな存在になってしまえばもはや人ですらないようなものなのだから。

そして、いつしか彼らは低級のあやかしとなっていく。


「わ、私、ちゃんと、彼のこと、送れましたか?大丈夫でしたか?」

「ええ、大丈夫です。笑っていたでしょう?」

僕にはそれは見えていなかったけれど、おそらく。

「はいっ、はいッ……!」

散々彼女のことを慰め、近くにいた警護の人にさるなし酒と一緒に引き渡してからようやく家へと帰り着くことができた。これで一件落着である。今日はファミレスで美味しいものでも食べようと父親を外へ連れて行こうとしたのだけど、水垢離みずごりと言いながらシャワーをちょろちょろ掛け流し始めたので本日も結局家での食事になってしまった。


ファミレスチケットも無用の長物かな、と思いながらそれを携えて学校へと向かうと、朝から勢いよく宮守 梓が話しかけてきた。

「おはようシュン!なあなあ、急で悪いんだけど日曜日お前公園いたろ?そん時話してた女の子、紹介してくんない?」

「は?」

「どタイプでさあ〜一目惚れしちゃったんだよぉお願い!」

あまりにしつこいものの、彼のノリと勢い的に諦めるべきだろう。松本さんもなかなか実直そうな人だったし。というか、僕が紹介するなんてそんな恐ろしいことできるわけがない。


幽霊や妖怪が見える僕でも、怖いものはあるのだから。

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