第7話 違和感

疲労の極致だったものの、少し睡眠をとったおかげでなんとか精神の安定は戻りつつあったそんな時、スマホに電話がかかってきた。メッセージアプリを経由してなので、特段電話番号を交換していたということはないのだけど。


『もしもし、中津さんでしょうか?』

「はい、美玲お嬢様でいらっしゃいますか?」

『そんなにかしこまらなくとも良いですよ。とりあえず、本日の報告ですが……お会いしたのですけれど、彼は大して私に執着しているようには思えませんでした』

「え?そんなバカな……」


じゃああんなに公衆の面前で僕に縋ってきたのはいったいなんだったんだ?


『それと、妙にキョロキョロしたり、携帯電話を気にしたり。何か心当たりがありますか?』

「いえ、僕もそこまで彼と親しいわけではないんです。正直なところ、ここ一週間くらいで急激に接近してきた、という感覚だったので彼の事情なんかも知らなかったですから」

『なるほど、そうですか……』


一旦、ここまでの状況を整理しよう。

宮守は誰にでも声をかけ、誰とでも友達になるが親友だと言っている人間は見たことがない。宮守には弟と妹がいて、そして彼もまた二人を可愛がっていることも知っている。けれど、彼自身の好みであったりそういう話を今まで一度も耳にしたことはなかったはずだ。


宮守がお嬢様を見たのは、僕と公園で喋っているところだろう。ただし、その時には身辺警護が近くに一人、それから見えないように六人配置されていた。普通の人なら気づけないだろうけど、まあ僕からすれば視線には敏感なので全員気づいた。


整理するに、おそらくだけど──お嬢様は見た目的にか弱いものの、宮守が追われている者に対抗する術があるから、宮守の『敵をなすりつける』ために使われた可能性がある。

「わかりました、一度、ちょっと調べてみますね。先ほど別れた場所はどのあたりでしょう?」

『ええと……大きな亀のオブジェのある公園ですね』

「ああ、あそこですね。わかりました、ありがとうございます」


そこから住宅地に行くとなると、おそらくこのあたりの道だろう。スマホでおおよそ見当をつけた後、冷蔵庫に「今日は夕飯適当に食べて」という書き置きを磁石で貼り付けておく。


さて──。


まず、落ち着いて現在の状況を整理するとしよう。


宮守はしばらく公園にいたのかはわからないけれど、こっそり見つけることはできた。問題は……。

宮守の背後には綺麗な装いをしたキャリアウーマンみたいな人が歩いており、彼女は携帯を構えたまま歩いている。一見歩きスマホみたいに見えるが、その画面には宮守の背中が映されている。


つまり、宮守はストーカーされているのだ。


彼女は左手の親指の爪を綺麗なホワイトニングしているであろう歯で噛みながら撮影を続けている。血が出ているのかそれとも口紅なのかわからないほどに指先は汚れているが、一向に気にした様子がない。その色はよだれと入り混じり、すうと糸を引いて綺麗なシャツの上に赤いシミを残した。


ぶつぶつと呟きながら撮影を続けている彼女は、宮守が家に入ったのをちょうど見えないような角度で見守って、その後電柱へと向いた。そして勢いよく体を反らし、頭をガツッ……と電柱へとぶつけた。血が出ているわけではなさそうだが、非常に痛そうな音に顔をしかめていると、ふと彼女がポリ袋をカバンから取り出した。


布だろうか?何かはわからないが……。


そう思っていると、いきなりそれを開けて勢いよく呼吸し始める。宮守の私物の匂いでも嗅いでいるのだろうか。

「ハァああああああ……ッスゥううウウウウウウ」

なんか……なんで僕の出会う案件案件、全て人が怖いんだろうか。神様がいるなら教えて欲しい。


ここまで来たら彼女の家の方も突き止めておけば調査が楽になるだろう、と思い、帰宅するタイミングまで待つべきかと考えていたら、なんと彼女はそのまま宮守のアパートの階段をヒールの踵で鳴らしながら上がっていき、そしてその隣の部屋に入っていった。

「……お隣さんかよ!?」

そりゃあ言い出しにくいわけである。そもそもこのアパートって扉の間隔的にもファミリー層向けだし一人暮らししてる時点で相当財力は持ってるわけな感じで……。


そんなの逃げられなくないか?


結論。

宮守はよく頑張ったと思う。

後何て言ったらいいかわからないけど、人間関係にあれほど気を遣っていなさそうに見えたのに、めちゃくちゃ気をつけてたんだな、という気持ちが出てきた。

特定の仲良しを作らないって言えば単純に聞こえるけれど、実際はめちゃくちゃ大変だったはずだ。正直彼を労ってやりたい気持ちにしかなれない。


壮絶すぎるんだが……。

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