第3話 父親の仕事

父が扉を開けたその先にいたのは、スーツをピシッと着こなした、軽薄そうな雰囲気がどこか見られる青年だった。いわゆる雰囲気イケメンと言うような感じで、そんな雰囲気に当てられたのか父はちょっと怖気付いているらしい。僕が太ももをちょっとだけつねると、父はハッとしたように顎に生やしている髭を捻って咳払いをした。

「お初にお目にかかります、三河山みかわやまグループ会長補佐の伴原 雄吾ともはら ゆうごと申します。こちら名刺です、以後お見知り置きを」

名刺を取り出したのを見て、父親の鞄から名刺入れを取り出して差し出すと儀礼的なサラリーマンの挨拶を交わし、伴原は僕の方へと視線を向けた。


「それで、そちらの少年は……」

「初めまして、中津 俊一郎と申します。父の準備などをお手伝いするために同行させていただきますが、どうぞお気になさらず。アシスタントのようなものなので」

にっこりと人のいい笑みを浮かべて見せると、彼も納得したのかそうですか、と頷いた。これで流石に夕飯をタカリに来た子供だとは思われまい。完璧な策略である。


「それでは早速、現場の方に向かいましょう。道中で案件の方をご説明させていただきますね」


彼の黒塗りの車はいかつい顔をしていて、国内ではついぞ見ないようなエンブレムが見られた。おそらく外車だけど僕にはどこの車かはわからない。ドアを開けた瞬間、ふわりときつい女物の香水の匂い、そしてねっとりした悪い気配がこびりついている。多分、香水の匂いも二人には全く感じられないのだろう。

こういう気配にはよく覚えがある。


身勝手な理由で恋人を殺した男がちょうど、こんな気配を漂わせながら歩いていたことがあるのだ。


伴原がその類の男か、はたまた車の持ち主がそういう男だったのか。それは定かではないものの、気の抜けない状況になってきたのは確かだ。家にいちゃダメかなあ、なんて思考が頭をよぎったけれど一度出てきてしまったのだからもう後には引けないか、としっかりと座り直した。運転席に座っている伴原が話し始めたのは、発車後やや車内が落ち着きだしてからである。


「では、今回の件について詳しくお話しいたします。今回の件は非常にデリケートなので、他言無用をお願いしたいのですが……始まりは私が主軸となって建設したマンションに、三河山グループのご令嬢である三河 美玲みれい様が暮らし始めたことです。会長は大変忙しくしておられまして、美玲お嬢様は大学生になったことを契機に一人暮らしを始められたのです。おおよそは手伝いの者、私、そして身辺警護の者が面倒を見ていたのですが、美玲様に言い寄っていたという身辺警護の者が死んだことを境に、その部屋で怪奇現象が起こるようになったのです……」

「なるほど。だが、見ぬことには、何も判断などができぬな」


確かにありがちな話である。勝手に思いを寄せていた男が、拒絶されて死んでしまったことを恨みに思って祟るなんて、それこそ物語でも腐るくらいあるだろう。

けれど、それでは全く辻褄が合わないのだ。


身辺警護と思われる制服を着た青年が憑いているのは、伴原の方。祟られているのは彼なのだ。だからお嬢様に被害が及ぶはずがないのである。


そして、何より幽霊は祟るのに大きなエネルギーを必要とする。肉体という仲介物を持たない彼らは、コップをただちょっとゆするだけで疲労困憊になり、またそのエネルギーを妖怪たちと異なって補給するすべがないため、摩耗したまま消滅していくのだ。


平将門、菅原道真、崇徳院などの過去の霊魂はひどく怒り狂っていた幽霊と言われているけれど、あれはあの時代──妖怪変化が跳梁跋扈していたのも多分原因で、おそらくあやかしものに彼らは力を借り、政府に殴りかかっただけである。つまり人のエネルギーだけであんな馬鹿げた伝説が残ったわけではない。


一方現代では闇は減ったし、踊るのも人目を避けねばならないと猫又がぼやいていた通り妖怪も減った。人々の恐怖も減れば、妖怪の力も減っていく。無論超常現象を早々に起こせるはずもない。つまり、ポルターガイストなんかは十中八九超常現象とは言えないのである。


僕はゆるゆると息を吐いた。さて、ここでこの『ポルターガイスト』を引き起こした犯人がいる。もちろん、必死で血の涙を流しながらうめいている青年がそれを教えてくれている。なら、僕ができるのはそこからどうやってそれを証明するか、だ。

伴原の目的、そして幽霊たちの言いたいこと。僕は静かに父親のカバンを抱え直した。


部屋はマンションの最上階を、贅沢にも丸々ワンフロア使った場所だった。チャイムを鳴らした後、扉が控えめに開いたのを父ががっしりと手で掴み、軽い悲鳴が上がる。父はくわりと顔をしかめて勢いよく叫んだ。

「いけませんな!これは!悪霊の気配が満ち満ちておる!即刻祓わねば大変なこととなりますぞ!」


恥ずかしいからもう黙ってほしい。

一体も霊はその目線の先にはいない。


「おお、なんと言うことでしょう……すぐさま払っていただきましょう。先生、よろしくお願いいたします」

「うむ、大船に乗ったつもりでいるが良い」

黒髪の綺麗な女性がまごまごしながらも、伴原のスーツの裾を掴んだ。

「と、伴原さん、なんですかこちらの方は……」

ぱっちりした二重が可愛らしい彼女は、若干怯えている。このむさ苦しさと胡散臭さMAXのおっさんの手前に置いておくのは忍びない。僕は一歩前に進み出た。


「お初にお目にかかります、三河 美玲お嬢様。ポルターガイストの解決に伺いました熊谷 禊、それから臨時手伝いの中津 俊一郎と申します」

オヤコジャナイヨ、という無言の主張虚しく父が背後で「我が息子の真名は霊一である」とほざいているけど、無視だ無視。


しかし、美玲お嬢様はグッと唇を噛み締めたかと思うと、それから眉を寄せて父と僕を一緒くたに睨みつける。睨む、というか可愛らしい子犬の威嚇みたいな感じなのだけど。

「ポルターガイストの、解決……?伴原さん、それで、この方達を呼んだんですね。申し訳ありませんが、解決はしなくて結構です。お帰りください」

そう彼女が言った瞬間、伴原の雰囲気が背後で歪んだような気配がして思わず振り返る。彼の顔は、ひどく忌々しいものを見るようにしかめられていた。

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