第18話 秘密の露呈
唸る女性の肩に手を当てて、なんだかよくわからない呪文を唱えながら時折バシン、と叩く父親の姿を見つつ、それにプラスしてお経を唱える僧侶、そしてその周囲に水を撒く女子高生。
「わー、カオス……」
「ずいぶん呑気なんですね……局としては撮れ高があるからいいようなものの」
「そもそも、嫉妬に狂った上揉めた状態で恐怖のストレスを与えたんですから、ああなるのも当然だとは思いますけどねえ」
「ええっ?じゃ、じゃあ……幽霊の仕業じゃないってことですか?」
スタッフさんとおしゃべりしていたが、僕はあえて思考を誘導する。
「そもそも、僕は助手として来ていますけどあくまで血縁者だから付き合って来てるだけです。父のことはただのパチモノ霊媒師だと思ってますよ」
「……わ、わー、ヤバいな、こんな話聞いて良かったのか……」
「テレビなんて、やらせくらいでちょうどいいと思いますけどね」
「マネージャーのヤチさんと話してた時、すごく動揺されてましたけど……一体何を話したんですか?」
僕はその言葉にはあえて答えず、それから三郷が刀を抜いたのを見てああ、と目を見張る。
体から出てきた悪霊が、斬られると同時に刀に吸い込まれていく。刀はむしろその凄烈な輝きを増したようであり、そして背後から覗き込んだカメラの映像に映っていたのはただの
「……へええ」
こういうふうに見えているんだな、と思いながらそっと目を閉じる。どちらかというと、僕の目の方がおかしいのかもしれない。三郷の持っているものはただの幣で、僕が勝手に刀を幻視しているのかも。
だとしたらやや興味深いなあ、と思いながら僕はちょっと現場から離れて、例の呪いたっぷりのトンネルに入っていく。
『ヤダァまた誰か来たわよ』
『くすくすくす』
「ああ、すみません。お邪魔しますけど……結構賑やかでいいですね、ここ」
『変な人間ねえ。怖くないのかしら?』
「怖くはないですねえ。みなさん割にはっきりと見えてますし、それにさっき来た人の中に大体悪いことしそうな霊の方達は入っていったみたいですし……」
『……ちょっと待って?聞こえているのかしらこの声』
ちなみに口調ではわからないようだが、この声は野太いおっさんの声である。
「聞こえてますけど……」
『えええええ!?まあまあまああ!嬉しいわ、久しぶりに人と話せるなんて最高』
「そうですね。結構このあたりにいた霊なんて、話が通じなかったから大変だったんじゃないですか?」
『そうよ、話が通じるのは結構ここらへんの女の子ばっかりだったんだけどねえ』
綺麗なドレスを着た、化粧のはっきりした彼女(?)は楽しそうにニコニコしながらくるくると宙を舞っている。
「でも、皆さんこんなところじゃ気も滅入りますよ。憑いて来ていいですから……外、出ましょうか」
『え?でも、外には出れなかったのよ。ここから出られるなんてこと……』
「まあまあ、試しにやってみましょうよ」
コツコツとトンネルの中に足音だけが響く。身体中に霊の声がこだましているけれど、それで何かを見失いそうになるような揺らぎは僕の中にはない。
「ほら、出口です」
『嘘ぉ……』
『二度と出られないと思っていたのに』
『ありがとうございます』
口々に言う彼らをくっつけたまま霊媒師たちの下へ戻るわけにはいかない。僕は一旦離れたところで彼らが体から出ていくのを見送ると、彼女(?)はありがとね、と言いながら投げキッスをしてきた。
「いいえ、お気をつけて。それでは」
さて。
「鳥羽僧侶、あまり近づかれると幽霊が消滅してしまいますから」
茂みの奥から鳥羽僧侶が現れ、そして大仰にため息を吐いて見せた。
「……何の力もない熊谷 禊先生が最近ちょっと活躍を取り戻しているとは聞きましたが、まさか息子のあなたが力を持って生まれ、彼のために働いていたとは……」
「え゛」
違いますけど、と言う前に彼はわかっている、と吐いた。
「父が力を持たぬ故、彼が危ないことをするのが見ていられなかったのだろう」
「違いますけど」
「何?」
「僕は別に、父を助けようと思ったことはないですよ。父が危険な目に遭おうが、それは父が選んだ道です。それに、僕が父の仕事を手伝っているのは単純に父単体で行っても貯金を食い潰すようなことにしかならないからです。月々家賃と食費、生活費、税金を支払い続けていると本当にこの先のことを考えざるを得ない生活は結構嫌気がさしているんです。それに、僕は幽霊や妖怪を『祓う』ことに興味はないんですよ」
話ができて、何より生きている人間と違うのは嘘をつけない所だ。正直さを好いていると言うより、僕が察することを苦手としているからこそだ。
「だから、僕は霊媒師だの、祓い屋だのには向いていないんです」
「しかし……そんな才能を持ちながら……」
「才能、才能……才能なんてなくても、悪霊は祓えますよ。道具然り、知識しかり……」
努力によって力をつけた彼がそんなことを言うものだから、何だか哀れになってきてしまうほどだった。僧侶である彼が顔を歪めてそんなことを言っているものだから世の中に悟ってるやつなんていないんだな、なんて思ってしまう。
「私がおかしなことを言っていると、本当にそう思うのか」
「え?思いますけど」
ヒュルルルル、と言う風の音がトンネルで響いたのか、存外に大きく聞こえる。ぽかんとした鳥羽僧侶の顔はひどく滑稽だ。
「き……君は……何を考えているんだ?」
「ロケ弁って出るのかな、と思ってます」
「バカにしているのか?」
「いえ、今の正直な気持ちです。そろそろ夕飯の時間じゃないですか」
「……」
今度こそ本気で呆れたような顔をして、鳥羽僧侶は額を抑えた。
「君が、その力を持っていることは父親の熊谷先生はご存知なのか?」
「言ってるでしょう、父は『パチモノ』霊媒師であって、僕の力を察することなんてできませんよ。だから、父の仕事はうまくいかないように宣伝もしなければ、その仕事を極めて『科学的に』解決しているつもりです」
「科学的に、それこそ皮肉だ」
「そうですね。でも……それって、世間の人は信じますか?神仏も、霊魂も、見えない人たちにはわからない」
「それは……」
虫の声、そして風が葉を揺らす音だけが、しばらく空間を支配した。鳥羽僧侶は顔をあげ、それから諦めたように小さく笑いを漏らした。
「ふふ、仕方ない。これ以上は私の未練というものだね。……では、このことを黙っている代わりに、今度私の寺でのちょっとした手伝いをしてもらえないか?一度だけでも構わない」
「ええー……まあ、一度だけでいいのなら、受けますけど……学業に支障が出るようなら断りますからね?」
「はは、その時は美味しい食事を提供するから安心するといい」
その言葉にやった、と思ってしまうあたり僕はまだまだちょろいんだろうな。
「じゃあ、そろそろ戻りましょうか」
もはやトンネルの中には霊はいないが、あそこはあくまで霊を引き留めてしまう場所だ。ゆえに、いずれは同じような状況に戻るだろう。
「ああ、いいとも」
お互いに連絡先を交換して、そして戻りながら様々な話をする。秘密が知られている相手に対して細々と誤魔化すことは必要なかったため、それなりに楽しかったのはあくまで僕の心の中に留めておくつもりだ。
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