ファンタジー武術の達人はおせっかいを焼きまくる

@guritto

第一章 ちょっと想像していた物とは異なる景色

第1話「結構な予想外。それも好都合である方の」

 早朝、朝もやの中に響く掛け声と打撃音。そこにあるのは、緑豊かな町ロジナに深く根付いた武術道場。


 日の出る前から修行のために集う門下生たちは、各々日課の朝稽古を行っている。


 それぞれが目指す目標に向けて鍛錬する彼らは、手合わせをしているある一組に釘付けになり、止まっていた。

 道場の中心部で向かい合う二人の、一挙手一投足へ注がれた視線は。これから交わされる攻防を見逃さまいと注がれている。


 その対象は。この俺アロンと、相手のセイシュウ君だ。


「でりゃあぁっっ!!そりゃぁ!はっ!うりゃっ!」

「ふっ」「しっ」「はっ」「ほっ」


 よく通る声を張り上げてセイシュウは、十歩以上あった間合いを一息に詰めて。途切れなく鋭い蹴りを繰り出してきた。


 対面に立つセイシュウは強靭な足腰から放つ足技に定評があり。今回もその評判に違わぬ蹴りを幾度も放ってくる。


 しかし俺には届かない。両腕で円を描く軌道を元に行う「横のおうのかた」は、この道場に伝わる基礎の一つ。

 力を受け流し、それを自らの物とするこの技は。たとえ師の一人である父を相手にしても破られる気はない。


 組手が始まって数分、攻守が入れ替わる事が数回。未だに決定打はない。

 この組手は制限時間が定められているので。勝敗を決するのなら今しかない。


 組手が始まってから碌に決定打を打てていないセイシュウは。渾身の一撃を持って膠着を打ち破ろうとしてきた。


「おおおおりゃぁっっ!!」


 裂ぱくの気合がこもった良い蹴りだ。

 道場を響かせる掛け声とともに、頸力で強化された脚は。風を切る音を置き去りに俺の側頭部へと放たれる。


 より正確にはこめかみを狙った上段回し蹴りだ。


 この蹴りにはウチの流派特有の、回転を伴った踏み込みが組み込まれている。

 当たってやる気は無いが。もし、命中すれば。頑丈さに自信がある俺でも、ちょっと無事には済まない。


 なので先ずはその勢いを頂く。


 真っすぐに襲い来る右足へ、左腕を添えるように接触させる。

 そのまま撫ぜる様に力の向きを変えてやり。その衝撃と勢いを奪いながら、その場から動かず一回転。

 盗んだ蹴りの衝撃と、そこへ加えた一回転分のエネルギーを乗せた掌底を、彼の腹へと捻じり込ませた。


 これぞ相魔灯籠流「横の型『旋風掌』」。


「ゼァッ!!」


 ズドンッ……!


「ゴブファっ!?」


 ダーンッ!!!


 結構な広さの空間に肉を打ち、人が壁にぶつかる音が響く。


 渾身の技を流された上、その力を利用した反撃を食らったセイシュウは。道場の壁へ吹き飛んで行き。派手な音を立てて衝突した。


 音の響きからして、受け身をとって衝撃は散らしたようだ。体にしっかりと癖が沁み込んでいるようで、大変結構。


「そこまで!赤の勝ち!」


 審判を務める門弟の判定が出ると。周囲で見学していた大小様々な種族年齢の門下生たちは。感想を口に出し、一斉に騒ぎ始めた。


「おぉ!流石はアロンだ!」「くっ悔しいが認めざるを得ない見事な返し技だ……」


「セイシュウ程の使い手にあの勝ち方ができるとは……流石は先生のご子息だな!」


「最後のあの技、俺の目には見えなかったが……アロンは見えたのか……」「俺には見えたぞ!見えただけだがなっ!」


 聞こえてくる言葉を耳にしながら残心を終えた俺は。背をさすりながら立とうとしているセイシュウの元へ歩み寄り。手を貸して引っ張り上げてやる。


「流石だなセイシュウ。あれは流し切るまで背筋が冷えっぱなしだったぞ?」


「いてて……見切られてましたか。アロンさんまた強くなってませんか」


 負けて尚、人好きのするさわやかな表情で。勝者の俺に感想を語るセイシュウからは、目にも顔にも負けた側の陰りは無い。

 コイツは初めて会った時からかなりの人が出来ていて。幼馴染の俺は、今日まで幾度となく面倒を見てもらっている。


 組手の後は開始線に戻り、互いに一礼を行う。それをもって俺たちは今日の朝稽古を終えた。


 この世界に転生してはや十八年。人を自由自在に吹き飛ばし、馬より早く地を駆け、水の上にすら立てるように成った事で。俺はやっとこの世界の一員として、馴染んできた気がするのだった。




 自分が転生している事に気づいたのは三歳の時。

 幼い俺の目の前で、対戦相手の道場破りを吹き飛ばす父親が。俺に向かって笑顔を見せてきた時だ。


 そう、あれが覚えている限りでは最初の記憶だ。


 当時、幼い息子にいい所を見せようとした父は。ちょうど道場破りに来ていた武芸者との試合を俺に見学させ。初手の正拳突きで道場破りを水平方向にぶっ飛ばした。


 その衝撃の強さは、道場破りの体を道場の外へ飛び出させ。頑丈な屋敷の表門まで飛ばし、そのまま扉を突き破った。


 それは記憶が戻る前の幼い俺にとって。無意識の記憶である前世を含め、生涯で目にしたどの映像よりもショッキングだった。

 恐らくそのショックを受けた脳みそか魂が、どうにかなって記憶が蘇ったのだろう。それは間違いない。


 そして、そのどう見ても殺人現場な扉と門の先から。ふらつきながらも戻ってきた、筋骨隆々の道場破りの頭でピクピク動くケモ耳を見て。俺はその場で自分の居る所が異世界だと確信した。




 ザバッ、バッシャ、ボタボタっ

「ふうっさっぱりした」


 稽古の後、俺はいつも一人で道場の裏手にある井戸で汗を流す。


 記憶が戻ってから十五年。水を湛えた桶に映る自分の顔は、もはや朧となった前世のものより親しみ深いものとなっていた。


 前とそれほど変わらない系統の種族と顔立ちだったのは、精神衛生上大変助かったが。首から下はこれまでの異世界生活で、全く似つかない物になってしまった。


 異世界には、前世には無い不思議な力が実在した。

 それを学べる立場だった俺は、記憶を取り戻してからの十五年を、師匠たちの指導の下、メチャクチャ真面目に鍛えてきた。


 その結果。今の俺は首が顔の幅と同じくらい太く。身体の厚みも前の身体から倍くらい違う。背丈も当の昔に前世を追い越してしまった。

 顔つきだけ近いが、それ以外はまるで別人だ。


 比較対象はもちろん前の自分。今でもはっきりと思い出せる中肉中背だった。


 前世の一番最後の記憶は、高校生になった年の冬だった……。

 その時の俺は、ふとテレビで見た「お風呂上りの乾布摩擦をしよう」を実践しようと思い立ち。意気揚々と手拭いをもって真冬の夜の庭へと飛び出た。


 そしてそこで意識を失った。あの時、胸のあたりがキュっとしたので。おそらくヒートショックか何かだろう。


 幸い、俺はこの異世界でアロン・ユエシェイとして生まれ変われたが。あんな死因で残してしまった家族みんなの事を思うと、申し訳ない事この上なかった。


 せめて一言、「異世界で元気にやってまーす!」とでも言い残せれば良かったが。 

 残念ながら、神ならぬこの身では。この地から何か言葉を贈ることもままならない。


 なので俺は切り替えて考えることにした。


 今生を精一杯楽しみ、面白おかしく生き抜いて天寿を全うすることで。前世の親不孝の清算としようと勝手に決めたのだ。

 そういうわけで、今の俺は生家の流派を受け継ぐ後継者候補として日々を過ごしている。


「あぁ、ここに居たのかアロン。先生が探していたぞ」


「わかったありがとう」


 汗を流し終えて一息ついたところへ、門下生のロウから父が俺に用事があるという事を聞く。


 今日はほかに急ぎの用事もないので、さっそく向かう事にした。


 俺の生家でもあるこの屋敷は、道場と家屋が同じ塀のうちに建てられており。さっきの井戸をはじめ、庭園や休憩所まである結構な豪邸だ。


 これは俺の生まれた家が、由緒正しい武術の流派を受け継ぐ家系であることに由来するのだが。それでも一介の武芸者が財産を築けるのには理由がある。


 異世界であるこの地では「妖魔ようま」と呼ばれる怪物がはびこっており。それらは特別な力「頸力けいりき」を用いなければ倒すことは難しく。その力を自在に操ることができるのは、修行を積んだ武芸者ぶげいしゃと呼ばれる武人だけなのだ。


 なので率先して武芸者を囲い込むことで、妖魔の脅威を退ける手段を手にした集団が国家として成立したのだと父からは教えられている。


 その教育の一環で、俺も妖魔をじかに見たことがある。なんなら、ある程度の年齢になってからは、実戦経験を得るべく率先して狩りに出かけている。


 そうやって妖魔を仕留めると、色々と利用価値があるらしい死体から、素材を売った結構なお金が支払われるので。武芸者である俺は、今のところ異世界特有の生活でも裕福な生活が出来ていた。


 こればっかりはこの家に生まれてよかったと言えるだろう。




 漆喰を塗った白い壁を横目に石畳をしいた道を歩き。父の書斎まで着いた。


「父上、アロンです。お呼びと聞いて参上しました」

「ああ、入りなさい」


 「失礼します」と断り、父の書斎へ入室する。どうやら父一人だけの様だ。


 ここは流派の長としての事務仕事のほか、地元の名士としての庶務を行う執務室としての顔も持つ。


 壁に埋め込まれた本棚に収められた紐閉じの本や、木枠に収められた地図や図面などはそれらの仕事に使う資料だ。


 会議用の長机と椅子もあり門下生もたまにしか近寄らないので、父はたまにここでお茶を飲んでサボっている事もある。俺も一緒にこっそり客人の土産の菓子をいただいた事もいい思い出だ。


 父の顔を見る限り今回はまじめな話の様なので気を引き締めて父の前に立つ。


「よく来てくれた。朝稽古に参加できなくてすまなかったな」

「いいえ。むしろ皆、怖い先生がいなくてのびのびと動いていましたよ」


 先ず軽い話題を出されたので軽く返すと。「まったくお前は……」と苦笑いする父だが、一度一息つくとまじめな顔で仕切りなおした。


「アロン、さっそくだがお前に相談したいことがある」

「相談ですか……聞きましょう」


 「うむ……」そこで一度父は茶器をとり一杯注ぐと俺に差し出してきた。

 ありがたく頂戴した俺を見てうなずくと父は再び口を開く。


「お前も知っているだろうが。今、我が道場には二つの派閥がある。私の跡を継ぐのはお前かセイシュウかと推す派閥だ」


 そうなのだ。実は俺とセイシュウはこの道場を、そして代々伝えてきた相魔灯籠流を受け継ぐ伝承者候補として競争する立場なのだ。


 個人的にセイシュウはかなりいい奴だし、奴に片思いしている妹の事も考えると。別に譲っても良いと考えているが。そうはいかないと俺を担ぎ上げる奴らもいる。


 この世界にも長子相続の概念があるのは別に良いが。実際の当事者になるとこれが結構面倒だった。本人の意思を尊重してほしい。


「二人とも素晴らしい武芸者であることは私が保証する。しかし、それだけにお互いの支持者も引きがたい事になっているのもまた事実」


「しかし、私としては実の兄弟のように仲がいいお前たちをこのようなことで仲違いさせたくない」

「全くもってその通りです父上。私は兄弟たちを泣かせて就く伝承者の座には興味ありません」


「うむ。そこでだアロン。私は今年の皇都の神武堂しんむどうへの参列を控えているのだが、その旅にお前たち二人を同行させようと思う」


「その道中で二人の事を観察し、後継者にする者を定めることにした」


 思わず「ほう」と言葉が漏れ出た。


 我々の住む土地は大陸の中央部に位置する。大陸を横断する大山脈で区切られた中央は、皇帝を頂くアシュアラ皇国という国の下、千年単位で統一されている。


 武芸者の元締めも国がやっているので。各認可流派の長は、年に一、二回皇都へ顔を出すのが通例なのだ。


 幼いころ一度だけ連れられて行ったことがあったが……。もはや朧げなのでこれは楽しみになってきた。


「これは皇都の武林衆司ぶりんしゅうじにも話を通している。決まればそのまま届け出るつもりだ」


「お前たちもこれ以上気まずい思いをしなくていい。出立は来月の頭、明朝にする」


「ではこれで話は終わりだ。セイシュウには別口で話をするから、お前はいつもの業務に戻りなさい」


 そう締めくくり話を終えた父に一礼し、俺は書斎を後にした。


 跡継ぎ問題は面倒だと思っていたが、さっきの話が滞りなく進めばこれで締めとなるだろう。


 やっと道場どころか地域に蔓延する妙な空気が解消される!俺は機嫌よく鼻歌を歌いながら、各人に来月の予定を組み替えることを告げに行った。




 アロンが皇都への旅支度を始めている時分。当主クロンの書斎にセイシュウの姿があった。


 先の後継者についての計画を聞かされたセイシュウは、その端正な顔を緊張させて常に浮かべている笑顔は引きこもっている。


「セイシュウ。お前はアロンに劣る腕前で尚、伝承者に推されている。その理由がわかるか?」


「私が、恐れ多くもリンドウ様と心を通わせているからです」


 アロンは教えてもらっていないので知らない事だが。こっそりとセイシュウはアロンの妹と交際していた。


 二人のその仲睦まじい様子と、自分だけでなく他の物にも熱心に指導を行い鍛錬を積む姿を見た一部の門下生たちは。「彼こそが次代の当主にふさわしい!」と本人を通り越して主張していた。


「うむ……。男親としてはともかく、当主として家中に不和を招くような結果は受け入れがたい」

「はっ」


「そこでお前には一つ、この機に乗じて武名を上げてもらいたい」

「武名……ですか?」


 困惑した様子のセイシュウにクロンは頷きながら答える。


「うむ。それをもって二人は対等な候補であるとし、皇都の武林所での試合を通して見定める」


 静かに語るクロンの言葉を心中で反芻しながら、セイシュウは返答をする。


「承知しました。では、町の方でいくつかの依頼を見繕ってこなしてきます」


「うむ。励めよ。……お前たちには苦労を掛けるな」


 尊敬する師の謝罪にセイシュウは思わず声を上げて反論した。 


「いえ!孤児の私をここまで育ててくださった先生には、感謝こそしても苦労を掛けられたなど……!」


「ふっふっふ……すまんな、セイシュウ。気を使わせてしまった」


 すっかり恐縮した様子のもう一人の息子を前にクロンは苦笑いを浮かべた。


「お前も含めた子供たちは、私の人生で最も尊い宝だ。それをこの様なことで失いたくない」


「アロンにも言ったが、お前たちは素晴らしい武芸者へ成長している。どちらかが優れているかではなく、二人が協力してこの道場を盛り立てて行ってくれれば……私の理想はそこにある」


「なのでどうか……アロンもお前も、お互いを嫌いにならないでくれ」


 神妙になって聞かされた師の言葉に、セイシュウは感極まったように涙目で口を開いた。


「勿論です!私にとってアロンさんは実の兄同然!いや、それ以上の存在です!それを嫌うなどありえませんっ!」


「そうか……そう言ってくれるか」


「はいっ!」


 青年の言葉にしっかりとした意思が備わっていることに納得したクロンは。自分の目に滲む涙を悟らせぬようにぬぐうと。遠くに聞こえる鐘の音に、ちょうどいいとばかりに話を切り上げた。


「うむ。ではここまでにしておこう。お前も予定を調整しておきなさい」


「かしこまりました。武名については出発までには報告しますので」


「うむ、期待している」


 かしこまって部屋を出たセイシュウは、さっそく自分の仕事をこなすために歩いて行った。


 扉越しにその気配を探ったクロンは一息つく。「これで良い。厄介な仕事もこれでお終いだ」。


 心のつかえがとれたようにスッキリとした心境で、クロンは手元の書簡を整理し始めた。


 出発までに片付けなければない仕事は自分もたっぷりある。息子たちに負けぬよう自分も励まねばならない。


 当代当主は気を引き締めて自分の仕事に取り掛かった。


 早朝の空気はすでに昼へと変わり始め。屋敷全体の空気は、引き攣った冷気が去り少しずつ温まり始めていた。

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