第19話「動物。難物」

 幸いにも、別行動になった二人とは直ぐに合流できた。

 戦闘音と頸力の動く気配を頼りに、一番近い所を目指していたら。四つの影が路地を跳ね回っている姿を確認できたのだ。


「お待たせしました!この通り、逃げた奴は捕まえましたよ!」

「お見事ですアロン殿!」

「やりましたね!でも、何で持ってきたの!?」


 荷物付きではあるが、無事に戻ってきた俺の姿を見た二人は、無事を喜んでくれたが。カレオを持ってきたことには困惑している様子。


 未だ黒衣の二人組との戦闘は続いていたが、戦況は五分と言って良い。

 一方、黒づくめの男たちは、拘束されたカレオを見て動揺している様だった。


「間抜けが、小童と見て侮りおったな!」

「あ奴が捕まれば話が面倒になる。取り戻すぞ!」


 二人の目標が俺へと変わったが。それを分かっていて見逃す兵士さんとランフィではない。


 即座に動線を塞ぎ、徹底的に動きを妨害することに専念し、相手が致命的な隙をさらす様に誘導しようと立ち回っている。


 壁に挟まれた路地で、敵二人は相対する兵士さんとランフィの向こうに仲間が捕らわれている。それを突破し、未熟な若者の俺をどうにかすれば救出する事が出来る状況だ。


 あちらは元々、リーダー格の男とベイクの戦いを、こちら側が援護させないため邪魔しに来ていた筈が。今は逆の構図になっている。


「くっ……」

「こいつら……」


 さっきの戦いを鑑みるに、この二人も変身できると見ていい。情報を共有しておきたいところだが。最初からその事を知っている兵士さんはともかく、ランフィにどう説明するのかが問題だ。

 変に困惑させて集中力を散らせるという事は望ましくない。


「ランフィさん!こいつらは妖魔を纏うような術を使います。注意してください!」

「奥の手か、わかった!」


 俺が叫んで知らせた事を聞いた黒づくめ達は。視線を交わした後、急に構えをとった。

 それはさっきカレオが行った変身前の物と非常に酷似していた。


「アレがそうです!」

「それをみすみす許すと思うかっ!」


 奴らの行動を阻止せんと、味方の二人が飛びかかってゆく。

 俺もそれに続く前に、カレオを少し遠くへ投げ飛ばしておく。口封じを兼ねて攻撃される恐れがあるためだ。


「おおおっ」

「はああっ」


「「魔獣紋『餓流胡瑠風がるうるふっ!!』」」


「なっ!?」

「むむっ!?」

 二人の攻撃は間に合った。しかし、それを体に受けながら変身を行った奴らの方が一枚上手だったらしい。


 叫んでいた技名を聞くに、どうやら奴ら二人は同じ怪物に変身したらしい。

 それは姿からも伺えて、犬の様な相貌をした怪物が、こちらを用心深く窺っていた。


「うおおぉぉぉっ!」

「さっさと沈めえぇっ!」


 変身した奴らの攻撃は一段と激しさを増していた。

 カレオの例から技量は据え置きだと分かっている。変身すると奴らはより好戦的になるらしく。肉体性能と回復力に任せた力押しを好む傾向にあるようだ。


 俺も戦線に加わった事で、奴らの狙いがばらける。元々、集団での戦いが得意な神将戌依流の使い手である兵士さんと、様々な武芸者と組んでいるであろうランフィによる連携はスムーズだった。


 なので俺はそれにのっかり、彼らの後隙を埋める様に立ち回る。奴らが反撃の気配を出し次第、それを邪魔するように動いたのだ。


 これは面白いように決まった。元々、奴らと仲間たちの実力はややこちらが上だったが。その後行った変身の上昇値を加えても、俺が加わる事で仲間をより自由に動かせる今の方が強い。


 じわじわと追いつめられている事は、奴らも理解しているだろう。何か考えがあるなら、まだ体力のある今が使い時だ。


 詰めの時こそ注意する必要がある。ここで捨て鉢になった奴らに破壊活動を行われたらまずいのは此方だ。市民を人質にされる恐れもある。


「まだ終わらないぞっ!これでもくらえ!」

「小癪な小僧が!」


 より早く勝負を決着させるため。俺は焦りで突出したふりをして、奴らがそこに付け込みたくなる様に誘いをかけた。


「その焦りが命取りよ!」

「それが欲しかった」

「ぐあっ……」


「なっ……!?くっ……」

「逃がさないわっ!」

「これまでだ怪物め」


 露骨にならない様、僅かな隙を晒したところ。上手く釣れて瞬く間に一人を無力化する事が出来た。

 残り一人もそれを見て撤退しようとしたが。既に逃げ出す事も出来ず、すぐに沈黙することになる。


「恐らくは発声して変身するので、口はふさいでください」

「解った。でもさっきのはもうやめて欲しい冷や汗が出たよ」

「そうですな。せめて先に一言は欲しいと思いますね」

「心配をかけてすみません。今度は、一声かけてからやります」


 二人とも生け捕りにする事が出来たので。兵士さん達と協力してこいつらを拘束した。


「それはともかく。素晴らしい技の冴えでした」

「私どもも無傷で終われたのは上々です。ありがとうございます」


 危険を伴う囮行為をしたことを咎められたが、それを除けば感謝された。


 さて、残りはリーダー格の男を残すのみとなり。皆でベイクさんの気配を頼りに捜索したところ。破壊音がしたのでその場へ急行する。

 流石に縛った奴らは置いて行った。


「ぜえ…ぜえ……この野郎、ふざけたマネしやがって……」

「はぁ…はぁ…ふふふ……中々楽しめたよ……予想外にね……」


 彼の姿は探してすぐに見つかった。路地を抜けた小さい広場で戦っている所へ駆けつける事が出来た。

 しかし、その状況はあまり良くない。全身に傷を負っており、息も絶え絶え、持っている斧も罅と刃こぼれでボロボロだ。


「ベイク!大丈夫!?」

「お前ら気を付けろっ!こいつはかなりやる!」


 一方の黒ずくめの男だが。こちらの男も変身していた。

 どうやらネコ科の生物を元にした怪物になったらしい。盛り上がった筋肉に加えて分厚い毛皮と鋭い爪が合わさり。二足歩行の獅子もかくやという圧を感じる。


 男は仲間が全滅している事には驚いたようだが。それでも自分の実力に自信があるらしい。撤退する気はないようだ。


「やれやれ……三人そろって一人も減らせないとは情けない」

「あなたも減らせないわ。私たちはね」


「ベイクさん下がってください。その傷ではここからはきついでしょう」

「ああ……悔しいが、お言葉に甘えるわ」


 負傷しているベイクさんの前に立ち庇うように三人で構えた。

 男は此方を侮っているようだが。実際に自分の仲間が破れている事を知り、ここまで平然とするには。何か奥の手でもあるのだろうか?


「あなたも相応に消耗しているようですが。ここから巻き返す気があるのですか?」

「お若い君には、これが絶望的に見えるかもしれないが。私たちにとっては、この程度は苦難の内に入らないのだよ」

「はあ、それでは何か策があると?」

「君たち程度にその必要は無い。そこのベイク君が私を倒せなかった時点で、君たちの命運は尽きている」


 試しに聞いてみれば、唯の自信過剰だった。


「成程。それではあなたが変身しているのは、ベイクさんに使わされたという事ですね」

「……何?」

「もう奥の手を切っているけど、それを加味して俺たちを脅威とみなさないってコトでしょう」

「いきなり何の話をしているのかね?」

「俺たちがあなたと同じ技を使う三人に勝ってここに居ることも分からないんですか」

「安い挑発だ。もう少し吟味して言葉を述べたまえ」

「では、ハッキリ言いましょう」


 ここで一つ相手を怒らせる言い回しを考えて挑発してみる。

 どうやら息を整える時間稼ぎを望んでいるようなので。出来るだけそれを忘れる位の舐め腐った発言が良い。


「手負いのあなたが、ほぼ無傷の我々に勝てるとは思えませんね。なんなら俺一人で勝てますわ」

「出来る者ならやってみろっ!」


 狙い通りに男は俺に向かって襲い掛かってくる。

 願ってもない事なので、俺も率先して迎撃に向かう。後ろに控えていた兵士さんとランフィが呆れている気配がした。


「おおぉっ!」「はあぁっ!」「せいぃっ!」「そらぁっ!」

「ほっ」「はっ」「おっと」「ほい」


 確かに自分で言うだけあって中々の技、中々の力だ。他の奴らよりは一段上の実力という事は間違いない。しかし、それだけである。まだ父の方がよほど強い。


「言うだけあって、中々やるっ!」

「それはどうも。では、そろそろ幕引きにしますか?」

「ほざけぇっ!!」


 流石にこれだけ自分の攻撃が流されていれば気づくのか。俺への侮りは消えていっている。


「はい」

「がっ!?」


 だがもう遅い。俺の間合いから外れようと、後ろに力がこもった脚を狙い。するりと奴の後ろへ回り込む。

 その反応が体に出る前に、後ろ向きの力を足に引っかけて転ばせた。


「舐めるなぁっ!」

「ふんっ!」

ぐしぁっ!

「がああぁっ!?」

 それでも俺の脚を狙って反撃してくる気骨はあったが。迎撃に出した腕を踏み砕き、踏みにじりながら技の軸足とし。逆側の脚で、奴の腹を垂直に蹴り上げる。


「ごっひょっ……!」


 渾身の一撃で宙へ浮いた奴の意識は遠のき失われた。それを証明するように変身も解けて、人の姿にもどって地面に振ってきた。


 これこそ相魔灯籠流縦の型「水天花すいてんか」。

 本来は妖魔に放ち、胴体を切断できる蹴りだが。こいつには生きてもらって情報を吐き出してもらう仕事があるので。手加減はしてある。


「ふぅっ!どうやら自分が思っているより弱っていたようですね。楽に勝てました」

「……あなた、強いのね。自信なくします」

「あー……楽に終わったなら結構だ。俺もしんどい思いをした甲斐がある」


 結局一人で倒してしまったが。それは特に咎められなかった。むしろその意識は俺の実力に向けられている。


「お疲れさまでしたアロンさん。見事な技の入りでしたね」

「お粗末様です。相魔灯籠流「水天花」と言います」

「相魔灯籠流……成程」

「一応、後継の一人として皆伝を頂いております。どうぞよろしく」


 一応皆伝を頂いている事を言えば納得はされたものの。今度は手合わせの要望を交わす必要があった。


「とりあえずこいつらは庁舎の牢にでも入れますか?」

「そうだな。一回報告がてら持っていくか」


 黒ずくめを庁舎に運びながら行われるお誘いをどうしようかと考えながら。俺たちは荷物を担ぎながら町を疾走していった。




「よく戻ってくれた。それらは他に任せて、君たちは再び市街へ向かってほしい」


 帰還した俺たちを迎えたのは。町全体を巻き込む襲撃に対応するべく奔走する庁舎の人々と。何とか帰ってこれた他の班員たちだった。


 町の各所で唐突に始まったこの事態は。町の重要な施設近辺で行われており。今のところ、その狙いは町の機能停止を目論んでいるものと思われているらしい。


 それを阻止すべく。庁舎は町の兵士と武林所含めた武芸者達を防衛に送り込んだが。負傷者を作られた後に行われる、執拗な遅延戦術で苦戦を強いられていた。


 未だ連絡の取れない部隊もある中で。その中にあった一斑が、敵の一隊を捕らえて帰還した事は良い情報として歓迎された。


 俺たちの証言から。襲撃者たちは先の怪物に変ずる者と同一の集団だと確定する。

 それに伴い各地区への増援を送る事となったので。帰還した面々は、休息もそこそこに再び戦場へと赴く事となる。


 再編された一隊の中には、勿論俺の姿もあった。


「すまねえ。俺はここで一抜けだ。後は任せたぜ」


 ベイクさんは傷が深いので庁舎に残留する事になった。

 本人はまだ行けると主張していたが。流石に出血が多く。武器も破損している者を戦場へ送る事は許可されず。彼は医務室へと搬送された。


「じゃあ、生きていたらまた会いましょう。今度は手合わせをお願いしたいわ」


 兵士さんは再編された班でも一緒だったが。ランフィとは別の班となった。

 新しい班員は、この町の兵士二人。両方俺とそれほど変わらい年頃で、実力の方はあまり期待できない。


「「よろしくお願いしますっ!」」


 四人で最初に派遣されたのは、俺たちが乗ってきた馬車が留めてある地区だ。

 もっとも狙われる恐れがある所なので。道中も各員に緊張が走っていたが。それを裏切るように、連なって止まる馬車たちは静かに佇むばかりだった。


「各車両に不審な痕跡がないか確かめてくれ!荷台の荷物を重点的にだ!」

「「了解!」」


 勿論、それで終わりという訳ではなく。各車を検分して積み荷が無事か確認する。


 隠れているものが居ないか、頸力を探りながらの作業だったが。最初は順調に進んでいた。

 四台目の確認が終わり、五台目に取り掛かろうという時に。会話と共に一つの足音が聞こえてきた。


「彼らは中々だったね。君も満足そうで僕も嬉しいよ」

「うん?仕事はこれからだね。少し聞いたけど、どうやら僕でも運べそうなんだ」

「教えてくれるまで随分かかったけど。もう少し数をこなせば、君も満足してくれると思ってね」


 コツコツと石畳を歩く人影は一つ。ここに響いた足音は、どうやら彼から出ているようだった。


 まずい。


 その姿を確認したところで。俺の背筋にこの町では初めて、冷や汗が流れた。


「そこの男、止まれ!」

「ここは立ち入り禁止の区域だ!」


 一人だけと分かった兵士たちが率先して男へ向かう。

 兵士さんは呼び止めようとするが。それよりも彼らが男へ声をかける方が早い。


 声をかけられた男は此方を認識した。


「おや、早速二人。いただきます」


 兵士たちは瞬きする間もなく斬り捨てられ……なかった!


「はー……いきなりご挨拶ですね……!?」


 間一髪だった。ほんの一瞬に抜き放たれた刀が、彼らを切り捨てる直前に俺が間に合った。


 刃の進路上へ飛び込み、上方へ逸らせた。彼らに傷は無く。兜飾りを斬られただけで何とか助けられた。

 彼らは一拍遅れて認識したのか。今頃恐怖を自覚している。兵士さんが回収してくれたようで一安心だ。


「アロンさん!」

「こいつらを頼みます!出来れば増援を!」


 彼らは兵士さんに任せて、俺は男へ向かい合う。

 奴は何やら自分の刀を確認していた。俺が斬撃を逸らす瞬間に触れたところを重点的に見ている。


「いや、済まないクサツユ。君の事を考えていて、相手を見くびってしまった」

「君の柔肌に知らない男の手を触れさせてしまった……」

「僕の判断違いだ。君に申し訳が無い。本当に済まなかった」

「……そうか。君はこれも許してくれるのか」

「いや、ありがとうクサツユ。僕は本当に幸せ者だ」


 何を言っているかはよく分かった。どうやらこいつは結構な変人らしい。


 俺の経験から言わせてもらうと。こういう自分の世界に生きている奴は、多少の事では動揺しない。

 なので下手に集中を乱そうとせずに、正面から相手するのが安牌なのだが……


「お話は済みましたか?」

「申し訳ない少年。話し込んでしまった」

「よろしければもう少し広い所でお相手したいのですが。いかがでしょう?」

「いいね。折角のお誘いだし、ご馳走になろうかな」


 俺はとりあえず馬車のとまっていない空地へ誘導するべく、奴の間合いをなぞる様に挑発する。


 その誘いは成功し、俺と奴は広い空間へ向かい立つ形になった。


 遠くには未だ非常事態を知らせる鐘が鳴っている。

 この場所も、先ほどまでは仕事に精を出す人々がいて。それぞれが日々の生活を営んでいた。

 その痕跡がそこかしこに残るこの場所で。それを壊した張本人は、先ほどと変わらず。自分の刀と話しながら構えていた。


「そうだね。彼は中々美味しそうだ。僕でもわかるよ」

「でも、だからこそ注意しよう。さっきの二の舞は、僕も御免だ」


 ジリジリと間合いが寄せられ、互いの間合いが重なるか否かと言った所で。男が動く。


 踏み込んでの突き。それも躱せば横薙ぎにも逆袈裟にもつながる連撃を想定している。恐ろしく速い。


 こうして。この度一番の難物との決闘は幕を上げた。

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