第18話「邪紋士。カメレオン」
路地の中で相対するは黒衣の武芸者四人。
そのうち一人はベイクの機転で手傷を負わせたが、依然三人の男は健在の状況だ。
「ぐうぅ……おのれぇ……たばかりおったか……」
「下がれカレオ。お前の仕事はまだ残っている」
負傷した怪物は男の姿に戻り。仲間の言葉に口惜しそうな表情をしながらもそれに従い後ずさった。
その間に俺たちはお互い背を向け合い、迎撃の体勢を整えた。
「お初にお目にかかるアンプロスの武芸者諸君。我々の邪魔者達よ」
「それはこっちのセリフだぜ。営業妨害野郎ども」
相手のリーダー格と思わしき男の言葉に、ベイクが私怨を交えて答える。
「テメェらのおかげで俺の乗る筈だった船が出港停止だぞ。どうしてくれんだ」
「それは失礼。だが、我らの任務遂行にはその犠牲は必要なものだった。謝るから許してほしい」
そう言って軽く頭を下げる男を見て、ベイクは怪訝そうに疑問を投げかける。
「謝るくらいなら最初からやるなよ。倫理観どうなってんだ」
「勿論、君たちと何ら変わらない。あくまでも、目的が第一だよ」
少々大げさな挙動を交えて丁寧な姿勢を崩さない男だが。少し芝居がかっている様に見える。
「だからこそ、君たちにはここで死んでもらう」
「そう言われて素直に応じると思っているの?」
既に剣を抜いて構えるランフィへ意外そうに男は嗤う。
「おや、君は中でも特に協力的に見えていたが。違ったのかね?」
「……違いますね。全く!」
そういうと同時に彼女は男に向かって剣を突き出しながら哨戒した。
頸力を込めた踏み込みは、足元の石畳にヒビを入れながら彼女を一筋の影とした。
影はその鋭い刃を躍らせ、男を刻むべく襲い掛かる。
「ほう!お粗末な察知の割にやる」
しかし男もまた怪物の同士。すぐさま身を翻し突き出された刃を躱すと、外套に隠れて見えなかった短剣をランフィへ投擲する。
「この程度!」
甲高い金属のぶつかる音が路地に響く。
それを合図に動き出した男たちを迎え撃つべく。俺たちもまた、地を蹴り飛び上がった。
「お前の相手はこの俺だっ!」
「面白い。お相手いたそうではないか!」
一番の手練れと思わしき短剣を使う男は、ベイクと共に鍔迫り合いながら別の通りへと別れていく。
それを追いかけようとした俺たちを、残りの二人が遮ってきた。
「貴様らはここで足を止めてもらおうか」
「あの男が死ぬまでは我々が遊んでやろう」
それぞれ武器を抜いて油断なく構える男二人に、ランフィと兵士さんが悠然と歩いて行く。
「アロンさん。あなたは先ほどの手負いをお願いします」
「そうね。そうしてくれると、不意打ちを気にしなくて良いから助かるわ」
彼らの言葉に一理あると思った俺は。それを承諾することにした。
「解りました!お二人ともご武運を!」
「行かせるかっ!」
「行かせるのよっ!」
カレオと呼ばれた男が逃げていった先へ走る俺を巡って、頭上でランフィと男の一人が激突した。
「老いぼれが調子づくな!」
「その程度の腕で偉ぶるな若造」
兵士さんも戦いを始めたらしい。
俺はなるべく早く戻ろうと考えながら、血が点々と落ちる道を辿っていった。
「ふんっ俺様も舐められたものだな。貴様の様な小童で仕留められると思われたのか」
程なくしてカレオは見つかった。
頸力も隠さず船の検査場に佇んでいた彼は。俺の姿を認めると不愉快そうに言葉をつぶやく。
「貴様を狙わなかったのは、あの兵士がいたからに過ぎん。それさえ無ければ、最初に死んでいたのは貴様よ」
「そっかー、それは気を使わせてしまったな」
どうやら兵士さんたちは俺が連れ去られた事を気に病んでいるらしい。
まさかそこまでキッチリと守ろうとしてくるとは思わなかった。
「ふんっ、後悔してももう遅い。ここが貴様の死に場所よ!」
そう言うや否やカレオは俺めがけて飛びかかってきた。結構な深手を負っているにもかかわらず、彼はそこそこ早い。
後ろ手に隠し持っていた小刀で、首狙いの一手は確かに必殺の一撃ではあるが。その動作には武術の痕跡しか感じない。今日この時まで、彼が武芸を真面目にやってこなかった事がわかる。
成程、たしか彼の怪物としての姿は透明になる能力があったな。確かにそれは強力だ。ランフィは結構使える武芸者だが、彼女をしてベイクに助けられるまでは気付くことが出来なかった。間違いなく強い力だ。
だが、それだけだ。
案の定、ベイクに殺気を読まれて逆手に取られたように、ある程度場数を踏んだ武芸者なら、あの程度の不意打ち目をつむっても対処できる。ランフィは筋が良いが今の彼女に経験が不足しているのは確かである。
つまりカレオ君はその程度の武芸者達しか相手をしていないという事。
少し彼が気の毒になってきた。
彼はきっとその能力を手にしてから武術の事が嫌いになったのだろう。「自分の能力があれば、その気になれば誰でも倒せる」と勘違いしてしまったのだ。
この世界には想像を絶するほどの素晴らしい武術があるのに。その魅力の神髄を知る前に、彼はその能力故に秘蔵されて戦いの場に出る機会を失ったに違いない。
そんな彼を憐れむのは簡単だ。だが、俺は彼にもう一度この世界の武術のすごさを思いだして欲しい!
それがこの世界を楽しんで生きると決めた俺の責務だ。それを怠ってはこの世界に生まれた意味は無い。
なので俺は、彼に武術の強さを思い出してもらおうと。まず丁寧にその小刀を叩きおった。
シュッパァキッンッ!
「……っな!?」
「掌底と拳打で叩き折った。コツは中ほどへ拳を添えるように据え、先端に掌打で力をかける事だ」
一瞬の間に自分の武器を折られたカレオは目を白黒させていた。
それを見て、俺はますます悲しくなった。彼が鍛錬を続けていれば、この程度の技はそもそも通らなかっただろう。
「これは相魔灯籠流「
「君ならば知っている筈だな?」
ベイクの学んでいたであろう技は、俺の良く知る相魔灯籠流だった。
武芸者が名を上げるには、幾つかの道筋がある。
まず一つは道場に入門し門下生になり、修行を積みながら武林所で働き、師に認められて流派の名乗りを許されて武者修行に出る。
そうして各地の道場で試合を申し込み、各地で仕事をこなして知己を増やし、人々に認められれば、その者は二つ名を送られるだろう。
これは入門に値するだけの物を道場に示す必要があるので運に左右される。
もう一つは自力で頸力の扱いを身に着けて修行し、独学で学ぶことだ。
その場合、最低限武芸者を名乗れる力があれば、武林所でも大きな仕事以外は任せてもらえる。そのまま仕事の実績と信用を積み、推薦状を書いてもらえれば。公認武芸者として門下生並みの待遇で受け入れられる。
これはまず才能の有無で行き先が決まる。なのでどこでもお勧めされない。
そして最後は悪党の道だ。
ひたすら悪行を重ねて暴れ、追っ手を全滅させて各地を回り、人も妖魔も選ばず殺し続ければ。嫌でも有名になる。
これも才能がいる上、成長する前に格上と遭遇しない運は必要だろう。
そして、今。俺の近くで戦慄しているカレオは。一つ目の途中で挫折し、三つ目の途中で同類と群れている。と、言った所か。
自分の家の技が悪行に使われている事は悲しいが。それ以上に、我が流派が透明化程度で見限られたのが何より悔しい。
「カレオか……ウチの道場では聞かなかった名だが……」
「貴様……噂に聞いたクロンのせがれか!」
先ほどまでこちらを侮っていたカレオの顔が、俺の告げた流派の名で一気に憎悪で染まる。
どうやら俺が誰の子か知っているようだ。同世代かな?
「いかにも。相魔灯籠流当代当主クロン・ユエシェイが長子アロンだ」
「忌々しい!貴様程度の小童が俺に技を説くか!」
「見えなかっただろ?だから教えて差し上げた」
「……っ!!」
こちらの言いたい事が理解できたのか、彼の顔は怒りで赤く染まりあがった。
なるべく今の彼でも聞き取れるように、俺は言葉を選んで語りかけた。
「碌な踏み込みじゃありませんでしたので、鍛錬の機会が無かったのだと思いますが。せめて基礎鍛錬は行ってはいかがでしょう?透明化という能力を活かし切れていないと思いました」
「……!?……!!……っ!」
もはや彼は人の言葉では表現できない事しか言えなくなっているようだ。
目線が其処彼処へ跳び跳ねているうえに、目じりからは涙が出てきている。余程今の自分が不勉強なのか理解していたのだろう。それをいわば後輩に指摘されて恥辱を感じたとみていい。
だが、それでも彼には知ってもらいたい。武術の可能性を。人類の進歩と研鑽を。
「手にした力に酔ってしまう事は理解できます。しかし、それは次の段階に進むための土台になる力であって。終点ではない筈です」
「あなたが学んだ相魔灯籠流は、その力と合わせれば更にそれを輝かせる事が出来ますっ!私たちに降伏して正道へ戻りましょう!今ならまだ間に合いま……」
「魔獣紋「
彼を説得する途中、その背中から先日にも見た紫の光が湧き出てきた。
それは妖魔にも確認できる瘴気のそれと似通っていたが。それを更に煮詰めたような禍々しさも感じ取れる。
「貴様は縊り殺してクロンの前に首を晒してやるッ!!」
憎しみに満ちたカレオの声が検査場へとこだまする。光が収まり、彼は先ほど少し見えた怪物の姿となった。
見た目は巨大なトカゲ人間と言った様相で。舌が伸びそうな口をしている。
身体は細身だが、筋肉は詰まっていそうな感じで。表面の鱗も相成って、威圧感はある。
変身前の叫びを聞くに、カメレオンがこの世界にもいるらしい。
彼の姿にもその特徴が垣間見えているので、もしかしたらカメレオンの妖魔でも使役しているのかもしれない。
「どうだっ!これが私の力だ!貴様の振るう流派など、この邪紋の前では児戯にも劣るっ!」
変身と同時に殴りかかってきたので、受け流して対処する。
時折、四肢を透明にしながら打撃を加えようとしているのは分かったが。込めた頸力が多すぎて、見えないのに見えてしまっている。
俺が必死に抵抗しているように感じているのか。カレオはドンドン調子に乗り始めて変な事を叫んでいた。
それは置いておいて。彼らの身体に刻まれているのは邪紋というらしい。
術者の頸力を支点に、妖魔の瘴気を上乗せしているのか。確かに先ほどよりも随分カレオの圧が強くなった。
見て体験した感覚としては、先日の推測はほとんど当たっていたと見ていいかな?確かにこれなら。一応、人のまま妖魔の力を扱えるのか。
「恐ろしさで言葉も出んのかっ!しかし、慈悲は期待するなよ!貴様がおろかな事を言わなければこの事態には至らなかったのだからなっ!」
「……という事は……もしかして」
「命乞いなら聞いてやろうっ!もし、俺の気に召したら優しく殺してやってもいいぞ!?」
「カメレオンだからカレオという名前にしたんですか?」
己の力に合わせて名を変えるとは、余程気に入っていたのだな。
やはり、それだけ力に執着できるなら鍛錬を積めば大成出来るのだは無かろうか。
「……殺す」
先ほどとは更に次元の違う速度でカレオは俺に襲い掛かってきている。
どうやら今度は首の骨を折って千切ろうとしているようだ。さっき言った、「父に見せつける」というのを実行しようとしているのだろう。律儀な事だ。
鱗に覆われて、鋭い爪が目立つ彼の手が、真っすぐ最短距離で俺を目指してきた。その手を弾き、手首をつかむ。
はい、これで終わり。
外側に捻り上げて腕の関節を固定し、肩に手を添え、飛びかかってきた勢いを利用し、浮かせて転倒させる。ここまで一動作。
頭から落として上下を逆転させると、丁度いい所に首があるので絞め落とす。
「かっ……」
「どうやらある程度は素体の生態に付け込めそうですね」
綺麗に絞まった。彼は眠るように意識を落とし。それに応じてか変身も解けた。
危険物を使用しているにしては、施術者がかなり安全機能に気を使っているようだ。
「これは相魔灯籠流縦の型「
変身が解けて気絶したカレオのマントを剥ぎ取り、引きちぎって即席の拘束具を作る。
目と口を塞ぎ、耳にも布を詰め込みつつ、俺は彼に掛けた技の説明をした。
「もし、学びなおす気になりましたら。いつでも俺を訪ねてきてください。俺でよければ指導しますよ」
再び勧誘も行い。両手両足も拘束し、検査場にあった縄と鎖で全身を拘束した後。俺は彼を担ぎ上げて、兵士さんたちの処へと戻るべく検査場を後にした。
話を聞いてもらえなかったのは残念だった。しかし、邪道へ落ちた同輩へ武術の魅力の一部でも知ってもらえればそれでいい。
俺は路地裏を走りながら、どこかスッキリした気分になっていた。
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