第17話「飛来獣。闘争開始」
会議に参加できなかった俺は現在、庁舎の一室に待機している。
同じ建物で会議が行われているので、それを盗み聞きしようとしたが。石造りの建造物ではちょと難しく、諦めざるを得なかった。
「それにしても変わった道術だったな」
なので襲撃犯の情報を整理することにしたのだが。どうにも気になるのがあの光である。
最初に襲ってきた時、確かに襲撃者の姿をとらえたが。あの時は確かに人間族だった。
しかし、その後すぐに姿を変えて追跡してきたのだが。俺はその直前に男の身体が光るのを確かに見た。
それは最後尾に詰めていた兵士にも確認をとってある。確かに男は背中を中心に光り出したと。
ならばその発生源は何らかの道具か、もしかすると刺青がそれなのかもしれない。
集団に所属している事を表すための認識票かと思ったが。それを兼ねて何らかの技術で人体に道術を仕込んでいてもおかしくない。
それならば都市への侵入もある程度は防げるだろう。刺青が無いかを検査すればそれでいい。
この推理を相談するため、部屋で待機している兵士に隊長への言伝を頼んだ。
少しして、隊長が部屋に来た。少し疲れが見え始めているのは。連日の移動や襲撃で神経をすり減らしているからだろう。その責任者ともなれば仕事量も相当なものだ。
「お呼びになられたと聞いてきました。アロン殿。いかがなされましたか?」
「少し、敵集団の使う技術についての考察と、それに対してこちらで出来る対応策について少々」
そうして俺の話を聞いた隊長は、少し考えこんでから言葉を述べた。
「その見分け方と検査に関しては、此方でも同様の方法を考えていました。しかし、刺青とあの妖魔の様な姿への変貌は……」
「関係が薄いと?」
「いえ。専門外ではありますが、道術によって恩恵を受ける道具や建築物は私も存じております。ただ、それが人体にまで作用するのかについては、未知数ではあると考えています」
「斬り落とした怪物の脚が、元の姿に戻っていないからですか?」
「一因としては」
そこで会話は一度途切れた。ここで俺はもう一つの目的を告げようと沈黙を破る。
「あそこまでの異形相手では戦力を遊ばせておく事は出来ないと俺は考えています。……俺も今回の対応に協力させていただけませんか?」
「それは……」
「勿論、あなた達の任務の一つが俺の護衛である事は承知しております。ですが、それに甘えているようでは武芸者の名折れ。敵を前に隠れる事しかできないのは、ひどくもどかしいのです」
隊長は今度こそ眉間にしわを寄せて黙ってしまう。
彼の中ではどのような葛藤があるのかは知らないが。この話について俺は引き下がるつもりはそんなになかった。
それはこの地をろくに観光できなかった事もそうだが。それ以上に、あれほど苦労して解体梱包した死骸を、馬車ごと台無しにしようとする奴らへの怒りがそうさせている。
「それにもう一回、俺を戦力として扱っているではありませんか。今回の件とあれは内容はさほど変わりないと思いますけどね」
「しかし、今回は実際に接敵する可能性が高い。危険が過ぎる……」
「俺がどれだけやれるのかは、隊長もよくご存じのはずです。お邪魔にはならないと自負していますが、いかがでしょう?」
そこまで言って静かに正面の隊長を見つめる。
彼は少し息を吐き。目をつむり考えていたが。その後すぐに俺に向き直ってこう言った。
「そこまで言うのであれば。力を貸してもらいましょう。ただし、我々の指示には従ってもらいますよ?」
「それに関しては、あなた方が専門家ですのでお任せします」
「結構、配置については後ほど調整してからお伝えします。では、これで」
「はい、ありがとうございます」
そうして部屋を出た隊長を見送り、俺は早速動きやすい恰好に着替え始める。
せっかく無理を言ったのだから、それには無事で終えることで答えるのが筋だろう。
アンプロスという都市は、水路と陸路の交差する町だと前言った。それはどういうことかと言えば、都市に流れ込む運河の数が関係している。
大山脈からこの国全域には幾つかの川が通っていて、それが集まり大河になって海に流れていくのだが。南西部のこの町では丁度、三本の川が合流するところに都市がある。
なので、運河を結ぶ交通の要衝として発展してきたこの町は。都市構造も独特で町の中に環状交差点水路を通す事で流通を滞りなく行っている。
頑丈な岩を切り出し、隙間なく組まれた石垣で作られた水路は、綿密に入り組んで都市の隅々まで荷物をいきわたらせる。
ここで積み下ろされた荷は海につながる河へ向かう船や、陸路の馬車に乗せ換えられ、国内の物品は方々へ届けられているのだ。
そんな異国情緒あふれるこの町の景色を存分に楽しみながら。俺はゆっくりと歩きながらこの機会を逃さないようにした判断は正解だったと確信した。
「いいですか?必ず二人一組で行動して下さい。怪しいものを見つけても早まらないように」
「了解です」
「あなたの実力は存じていますが。それでも言わせてもらいます、注意してください」
隊長からの訓示を受けた後。俺はお目付け役に年配の兵士さんを付けられて町を巡回しすることになった。
この兵士さんも御所での戦いを共にした人らしい。途中で負傷離脱してしまったと悔やんでいた。なので今回はキッチリ最後まで付き合うと言ってくれたが。そこはちょっと自重してほしい。俺に言われたくないと思うけど。
「ウェルタラ地方は初めてですか。では、この水路には驚いたでしょう?」
「兵士さんはこっちの出身だそうで、この町の事も詳しかったりしますか」
「いやーもう少し北の方になります。でも、この町には皇都へ向かう船で来たことがありまして。その時に少し」
彼の話はなかなか面白く。さっきの町の説明もその時に聞いたものだ。
見回りを兼ねての散策で。実際に実物を見ながらの解説は実に勉強になった。
それだけにこの町に面倒ごとを運んできた申し訳なさを感じたが。それは襲ってくる方が悪いので、頭から蹴り出した。
今のところ妙な姿をした者はいない。武芸者は自分の名を売るために珍妙な格好をする者が多いので。正確には怪しい奴はいないだ。
「これでこの地区の見回りは完了です。では、一度本部へ戻りましょうか」
「そうですね。そろそろ昼ですから、何が出るか楽しみです」
「ここは色々な品が集まるので、食事も中々楽しめますぞ」
良い事を聞いたので早々に庁舎に戻る事にした。
警戒が敷かれていても、町の住民はいつもと変わりの無い生活が今日も続くと信じている。それを見ていると、我欲からではあるが。俺もまた警護を頑張ろうという気になるのだ。
ちなみに食事はとても変なものが出た。甘辛く煮たタコと野菜たっぷりの苦いスープに、魚介系の出汁で炊いた細い米の定食だ。
味は見た目通りだが美味しかった。
その日も正午を回り。アンプロスの町は午後の仕事を始めるため、昼休憩を終えた人々が職場へと戻りつつあった。
「はー食った。さて、残りも片付けてさっさと締めよう」
職場のある倉庫に戻ろうと水路際を歩く男は、水夫として荷の積み下ろしをしていた。
つい昨日、陸路でやってきた一団が妖魔に襲われたという噂は。なかなか刺激的だったが、男の興味はそこで止まっていた。
そんな事より、仕事を早く片付けて飲む一杯の酒が、彼には何よりの楽しみだったからだ。
今日は数件の業者の荷物を所定の倉庫へ積み下ろす作業がある。
午前での進捗が芳しくない男は、残りを片付けるべく気合を入れて荷物の残る船へと戻った。
バキバキッ……ガサガサ…
船の内部から聞こえてくる異音に、彼は思わず口をふさいだ。
盗人だ!
息をひそめて男は音のする方へと近づいて行く。
応援を呼ぶ前に、少しでも情報を集める。または、手に終えそうなら自分で捕まえてやろうと考える程度には、男の血の気も多かった。
ガタガタ…ゴトッ……
近くにあった掃除用のデッキブラシをもって、男は発生源とみられるところへそっと様子を窺う。
「ふぅっ!意外と居心地は悪くありませんでしたけど。やっぱり狭かったですね」
そこにいたのは一人の青年だ。男から見た感じでは腕自慢にも見えない、どこにでもいる書生に映る。
「君にも窮屈な思いをさせて済まなかった。今出してあげるよ」
青年はそう言って自分の出てきた箱の方を向く。もう一人いるようで、中にいる仲間に手を貸そうとしているようだ。
(ここだっ!)
その絶好の機会に、男はデッキブラシを振り上げて青年の背後からとびかかった。
一撃で青年を行動不能にし、もう一人が箱の中に居るうちに拘束しようというのだ。
「おらぁっ!」
渾身の一撃が青年の後頭部へと吸い込まれてゆく。
命中を確信した男だったが、青年の姿を見失うと同時、その手ごたえがあまりにも固い事に気づいた。
「いやぁ、すいませんね船員さん。荷物に紛れてました」
青年はいつの間にか男の背後に居た。さっきまでは無かった抜き身の刀を持ち、男から少し離れて立っている。
「無賃乗船に加えて食い逃げは気が咎めるので、ここまでにしておきます」
「お代はここに置いておきますね」
「ああ、済まないクサツユ。でも、もう少し我慢して?君も偶には野菜を取らなきゃ……」
呆然とする男を置いて、青年は小銭が入った袋を床に置き、鞘に納めた刀へ話しかけながらその場を後にした。
男はそれを追いかける気にはならなかった。武器を持っている事もそうだが、仮に追いかければどうなるのか、それを知ってしまったからだ。
男の握っていたデッキブラシは。男の出てきた箱ごと切断されている。縦に、男を傷つけず。
腰が抜けた男が正気を取り戻したのは、男の同僚が探しに来た時だった。
帰還して報告を終えた後、俺は兵士さんと共に庁舎の屋上から街を眺めていた。
今は交代した他の班が見回りを行う番で。俺たちはここから街を監視する業務をしている。
双眼鏡をもってそこかしこを覗き見するのはちょっと変態的だが。御所のように空からの襲撃を警戒するには必要な事だった。
「いい天気ですあ。今夜は良く晴れそうだ」
しかし、昼間の空には雲一つなく。仮に今、空を飛んできたとしても。直ぐに捕捉されて迎撃されるだろう。
「皇都からはどれくらいでここに着くのでしょうね」
「確か、特別に船を出すと聞きましたので、風向きによりますが二日はかからないでしょうな」
「そうなんですか?」
初めて聞いた情報だ。兵士さんは微笑みながら出所を教えてくれた。
「先ほど、休憩中に隊長へ差し入れを持って行ったんですよ。その時に教えていただきましてね」
「なるほど。俺への伝言ついでですか」
その言葉に兵士さんは更ににっこりしていた。
「しかし、それなら相手を撒けそうですね。今はあくまで馬車を守る事が難しいだけでしたので」
「そうですなぁ。どれも傷つける事無く皇都へ移送するのが任務ゆえ。後手を取りましたが、それさえなければ……」
兵士さんはそこで笑顔の質を好戦的なものに変える。
穏やかな雰囲気を崩さないが、彼も神将戌依流の一人だ。その時に御所を襲撃されることに思うところがあってもおかしくは無い。
「では、奴らは船が来る前にこちらを何とかする必要があるのですね」
「そうですが。それを知る手段がない以上、奴らはほとぼりが冷めるまで待つのではないですか?」
「そうですね。余程の事が無い限りは、緊張を強いて此方の疲弊を狙ってくると思います」
今後の予想をあれこれ話しながら監視を続けていると、遠目に何かの影が映る。
「兵士さん。あれを見てください」
「あれですと?……何とっ!?」
双眼鏡でわずかに視認できた黒い点は鳥では無かった。妖魔でもなかった。
翼を生やした何かには四肢が一つ欠けており、その左足には棒が縄でしっかりと括り付けられていた。
まさしく昨日、馬車へ襲撃を仕掛けてきた男だった。
ガーン!ガーン!ガーン!
「敵襲!敵襲!」
「南西よりから一つ!飛来物接近!先の襲撃犯です!」
手元の鐘を鳴らして庁舎全体へ接近を知らせる。
それまでのゆったりとした時間は、あっという間に慌ただしくなり。その空気は町全体へと広がっていった。
「本当に一騎だけか、他に接近してくるものはいないか?」
「一般人だけです。彼らも非常事態と言うとその場で待機しています」
作戦本部となった庁舎にはこの町のトップが集まり頭を突き合わせていた。
隊長は勿論のこと、この町の町長や武林所の顔役など。この事態に共同で解決を図るべく急いでここまで合流してくれたのだ。
「いくらなんでも雑すぎる。確実に何かを企んでいる」
「内部の警戒をより強めておく。二人ではなく、四人組で動くように」
「水路も重点的に見回るようにして。やらないとは思うけど、水に何か仕込む可能性がある」
彼らの指示に素早く反応した兵士たちは、次々持ち場を目指して行動を開始してゆく。俺もそれに続いた。
さっきまで組んでいた兵士さんに加えて、武林所から来た武芸者二人と行動を共にすることになった。
「あんたらが俺たちと組む兵士か。俺はベイク、よろしくなっ!」
一人は腰に手斧を二本さした男の武芸者はベイク。年齢は三十後半と言った所か。
気負いもなく、頸力も穏やかなので、中々の使い手と見える。
「挨拶は手短に、私はランフィ・ネンジェン。急ぎましょう、民は守らねばなりません」
もう一人は剣を持つ女の武芸者ランフィ。こちらは若く、二十代くらいかな。
気を張っているけど、これくらいなら適量か。頸力も問題なさそうで、こちらも大丈夫だと判断した。
「よろしくお願いします。では、早速我らに割り当てられた地区へ参りましょう」
「北地区の三角州区域になります。頸力の使用は許可されていますので、急ぎましょう」
「おう」「うむ」
各々の顔合わせと軽い打ち合わせが終わり。俺たちは屋根伝いに町を飛び回り、目的地へ到着した。
町の北にあるこの地域は、二つの川に挟まれた場所で、入港する船を検査する役割を持っている。
「今のところ不審な人影はない。あれは確実に陽動だが……」
「案外捨て身で来ているかもしれねぇぜ?」
「水路も警戒してください。引きずり込まれる可能性があります」
四人で一塊に水路と建屋の路地を見回る。
遠くの庁舎や城壁からの鐘の音が微かに響くが、それ以外の音も無い。人の気配も無く、大体が避難したのか。その痕跡しか見つからない。
足音が反響する中を、俺たち四人は素早く移動しながら見回りを続ける。
……ん?
「これならここは切り上げて。他の場所を応援に行った方がいいんじゃねえか?」
「それは出来ない。まず、ここの安全を確認しておく事が我々の任務だ」
「未だに他の襲撃が無いのがもどかしいですね。相手の出方が読めない」
目ぼしい所は全て確認して回ったが、気になる所そこには無く。俺たち四人は路地の中で一度止まり方針を話し合っていた。
「もし、相手が息をひそめて隠れているとして。その狙いは何だ?」
「警戒が薄くなったところへ工作を仕掛けるのではないか?」
ベイクが始めた話に、ランフィは訝しげに返答する。
俺と兵士さんを目で抑えながら、ベイクはゆっくりとランフィへ近づく。
「そうだな、それもあるかもしれないが。俺ならこうするね。自分たちを探しに来た奴らを泳がせて、そのうちに目星をつけるんだ」
「何の?」
そう言って自分の方を向いているランフィの背後を、ベイクは手斧で思い切り薙ぎ払った。
同時に俺と兵士さんがその場所を攻撃する。手ごたえありっ。
「ぐわあっ!」
「だれから殺るのが楽か、その目星をだよっ!」
何も無い筈の彼女の背後から現れた怪物に、俺たちは一斉に戦闘態勢へ入る。
路地を見渡すと、黒づくめの男が一人、二人、三人……。
斬られた男を含めれば四人。密かに増えていた足音は、こいつらの物だったのだ。
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