第20話「血戦。後始末」

 この世界にも刀があると聞いたときは、俺も少し興味が湧いていた。


 相魔灯籠流では扱う人がいないので、父の伝手では武器屋の紹介までしか出来なかったが。実際に目にしたときは、どこか懐かしく感じていた。


 しかし、それでも相違点はあり。こちらの刀は全体的に肉厚で、幅も前世の物とは一回り程広い物ばかりだった。


 これは武芸者向けの店には、妖魔との戦いに向いた武具が多い事と、刀という武器はあまり数が出ていないという事が原因だった。


 それだけに、その店にあった品の微妙な違いが受け入れられず。俺は刀を持たない事にしたのだが。目の前にいる男の持つ刀は、俺が知る刀の姿をしていた。


「君はすごいな……僕が君の齢にそこまで動けたか……」

「あなたは怖い人ですねぇ……斬る事に何も感じていない」


 最初の一撃を躱した俺だったが。それを攻撃に繋げられず、彼の間合いの外に引くことを強いられる。


 見た感じ分類は太刀だろう。柄巻きは柄入りの布で巻かれていて、装飾は派手だ。

 鍔も金箔が貼ってあるおしゃれな造りだ。花を模したそれは、俺の知らない花だったが。刀に似合う物を選んでいるのは分かった。


 肝心の刀身は美しいの一言に尽きる。刃紋の波打つ輝き、反った刀身がかつて前世に見た記憶が呼び起こされるようだ。


「うーん、参ったな。時間をかけたくないんだけど」


 それを持つ男は。一言でいえば、何処にでもいそうな人だった。


 顔は整っているが、その容貌に特徴は見つけにくい。眼鏡をかけている事しか覚えられないかもしれない。


(あーヤバい……生きて帰れるか分からなくなってきたな……)


 しかし、剣を持ち構えたその時から。この男の顔は二度と忘れないだろうと、俺は確信した。


 まるで別の生き物が出てきたかのようだ。羊の皮を被った狼どころではない。常人の気配が、刀を構えただけで達人として出てきたのだ。


 先ほど無造作に振るわれた一突きも全力で逸らしたが。これから繰り出されるであろう技はそれ以上だろう。


 まるで気負いの無い佇まいに隙は無い。

 こちらがそれとなく放つ牽制には食いついてこないし。かと言って迂闊に踏み込めばこちらが三枚に下ろされる事は想像に難くない。


「良く見ている。やっぱり君はいい……」

「……ホント、引いてくれませんかね」

「君が妻に食べられてくれれば、すぐに終わるよ?」

「それは遠慮します」


 にじり寄る相手に合わせて此方も移動する。

 先ほどの一合で、実力の程は知れた。驚くべきことに、今の俺とそう変わらない。


 これはまずい。最近、同格以上との戦いは少なかったので、感覚や勝負勘が完全に鈍っている。


 セイシュウ相手にした御所での戦いが、一番最近やった真面目な立ち合いか。

 近い実力の相手と死合う状況では、何よりも経験がものをいう。師匠を除けば格上が少ない環境だった俺には、今の状況は良い機会であると同時に逆境でもある。


 ここはまず、一手。仕掛けるべきだろう。


 呼吸を戦闘用に切り替えて、俺は男へと哨戒した。




「かあぁっ!」


 頸力を込めた踏み込みが速さを生み。俺の身体は加速し、男の懐へと飛び出す。


「しっ!」


 正眼に構えた相手の迎撃は、またもや突きだった。

 鏡面に磨き上げられた刀身は景色と同化し、視界にはほとんど映らない。


 しかし俺は、そこへ込められた頸力の濃度を見逃さない。目に見えそうなほど濃密な頸力は、刀身全体を覆ってこちらへ迫る。


 眉間に飛び込もうとする切っ先を躱し。俺は相手の背中の方へ身体を滑らせる。


「しゃぁっ!」


 その背を追うように男は手首を返し刃を向ける。

 足さばきは迷いなく。逆に俺が背中を晒すことになった。


「らあっ!」


 背後に迫る刀の気配をひしひしと感じながら。俺はその場で背面跳びを敢行し、刃を躱しながら頭部めがけて蹴りを放った。


「むっ……」


 奇策をもって放った蹴りだが。男はそれをすれすれで回避した。

 完全には躱せなかったのは足の感触でわかったが。それよりも着地まで俺が生きているかどうかが危うい状況だ。


「おおぉっ!」


 傷をものともせず、相手も不格好な体勢から切り上げを放ち反撃してくる。

 ここまで接近しては避ける間は無く。苦し紛れな技ではそのまま両断されるだろう。ここまで詰められては、もう出し惜しみしようがない。


 ここで俺は隠し札の一枚を切る事にした。


パァンッ!


「おっとっ!」


 破裂音と共に、俺の身体は弾かれるように空中で軌道を変え、男の攻撃を再び回避する。

 刀の間合いから一気に離れる俺に追撃は無く。相手は一旦観察に入るようだ。


「これはこれは……奇妙な技?ですかね」

「技ですよ。誰でも使えるたぐいのね」


 これこそ、師匠に教えられ、師匠と共に改造して作り直した技の一つ。

 正式名を師匠が教えてくれず、自分で名づけるしかなかった技。「射弾頸しゃだんけい」。


 空砲の衝撃で飛び、肉体の可動域を無視した軌道を行う。俺の自慢の技の一つである。




「お主。儂が教えるこの技。どう使う?」


 あれは未だ師匠にボコボコにされるがままの十歳ごろ。俺は師匠に幾つかの技を仕込まれた。その数九つ。


 そのうち一つに「身体のいたるところから衝撃波を放つ技」があった。


「便利ですね。打ち合いのさなかに不意打ちし放題じゃないですか」

「それが通用するのは同格以下じゃのう。格上には牽制にもならん」


 師匠はそう言いながら俺に向かって軽い頸弾を飛ばしてくる。

 ぺしっと片手でそれを弾きながら、俺は師へ質問した。


「じゃあ、そういう時はどう使うのですか?」

「これはのう……」


 そこまで言うと師匠はおもむろにその場で飛び上がると、そのまま直立姿勢で浮かんでいた。


「す、すげー!飛んでる!」

「ほっほっほ、こうやって宙をかけるのじゃ」

「俺もやってみよ」

「ほっほっほ。これには結構な慣れがいるからのぉ。しばらくは……」


ズバンッ!!


 衝撃音を立てながら俺は師匠の傍らを超えて、矢のように早く空へと飛び立った。


「馬鹿者っ!いきなり全力でやる奴があるかっ!」


 その後説教を受けながらも、師匠すら目をむく瞬発力に目を付けた俺は。所々、助言を受けながら技の改造に成功した。

 「射弾頸しゃだんけい」と名付けたこの技は、攻撃性能を削り取る代わりに瞬間的な速度をお手軽に手にする事が出来るのだ。




「しいぃ……」

「はあぁ……」


 疾風もかくやという速度を開放した俺だが。男の動揺は誘えない。その熟達した剣に身を晒す危険は依然として続いており。攻めきれず歯がゆい思いを抱えていた。


 空中を駆けるだけではなく、上下左右に跳ね回り視界を外れながら攻め続ける事数回。未だどちらも決定打を与えられておらず、体力も余裕がある。

 俺が男の振るう刃の肌が泡立つ感覚になれるのと同じく。男もまた、俺の速度への適応が見受けられた。


 双方ともに一先ず前哨戦を終え。相手の手札を鑑みて、自分の手札から攻め方を考える段階に入っている。


 男の使う剣術は、こちらの世界で学んだ武術の知識に該当するものは無かった。俺の知らない流派か、もしくは我流。


 踏み込みは鋭く、起こりも読みにくい。しかし、間合いを詰める距離は俺よりも短い。

 移動先への線上に刃を置くことで、移動をけん制してくるのは脅威だが。それは読みで行っている。彼の目は最高速で動く俺をとらえきれていない。


(今の速さに慣れてしまう前に、せめて一撃は入れる……)


 様子見からまた、仕切りなおす。今度は正面から、真っすぐに攻めていく。


 当然、男も受けて立つ。刀を振りかぶる様に構えながら、こちらへと向かって走り出してくる。


 肩でぶつかる様に迫りくる男の狙いは。こちらの拍子を外すことでの混乱。

 一歩遅く、早くなるだけでも。武芸者同士の立ち合いでは、決着の理由として十分な理由になる。


 そうはさせじと、俺は正面から迫る男へ更に早く接近する。

 相手の狙う機を更に上から塗りつぶし、自身の機として奪い取るのだ。


 刹那の攻防を見る目に映る男の顔はほほ笑みを湛えている。


 それに疑問と違和感を抱いた俺に、男の背から刃が飛び出てきたのは。まさに瞬きをする間だった。


「ぐあっ……!?くそっ!」

「おっとっ!浅かった!」


 額の右側に冷たい痛みが刺し、視界が赤く染まる。

 「ここで引けば脳に斬り込まれる」と、半ば直観に従い。俺は頭蓋骨を削る感触を味わいながら更に一歩踏み込み。相手の顎へ一撃見舞おうとする。

 が、それは空を切り。男は安全圏まで引かれてしまう。


「どうだいクサツユ。彼の味は……」


 ゆっくりと構えを直した男は、俺の血が滴る自らの刀へ語りかけている。どうやら「クサツユ」という銘の様だ。


 後ろへ振りかぶった刀を体で隠し、指の力だけで構えなおして切っ先を俺に向ける、そして肩を支点に俺の頭を斬り飛ばす。

 あの一瞬にこれだけの事を狙い実行する技量には舌を巻く。


 何とか米神の切傷と耳の上部を失うだけで済んだが。下手を打てば刃は脳まで侵入し、勝負は決まっていただろう。


「あークソっ。完璧に舐めてた」

「味見したのは彼女だけどね。いい味だと言っているよ少年」


 流れ出る血は右目を塞ぐだけで問題は無い。むしろ耳の出血がまずい。耳の中に流れ込む血で、聴覚に問題が出てしまう。


「良いね、本当に良いよ少年。僕の妻にふさわしい食事は久しぶりだ」


 男は何やら良く分からない事を言っている。どうやら彼は自身の刀と結婚しているようだ。そういう趣味なのだろう。


「そういえば名を聞いていなかった。よろしければ、教えてくれないか?」

「あなたと奥さんの名を聞かせてくれれば、お返ししますよ」


 そう言うと男は少し考えこんだ後、刀を構えなおし再び微笑んで名乗る。


「僕は「武王衆」のハルワキ・チェスターヴ。こっちは妻のクサツユ・チェスターヴ。よろしくね」

「俺は相魔灯籠流当代当主クロン・ユエシェイが長子アロンと申します」


 名乗りを交わしたわけだが。その間にも俺の状態はドンドン悪くなっていく。

 体内を流れる頸力の応用で出血は控えめになってきているが。傷を負った直後の失血と耳の欠損はどうにもならなかった。


 血をぬぐい視界を開け、耳の中を服の袖で清めて応急処置をする。


 いつかかってきても対応できるように警戒していたが。ハルワキと名乗った男はそれを意に介さず、自らの刀と話をしていた。


「相魔灯籠流だってさクサツユ。確か邪紋士の一人がそんな流派をたしなんでいたね。そうそう、あの人」

「やっぱり?そうだね。流石にここまで使えるのは関係ないと思うよ」

「ああ、まだ僕が手に終えるけど。次があれば分からないな」

「いやぁ、照れるなぁ!そりゃあ君の為なら何だって切れるよ。僕は夫だもん」


 俺には聞こえないけど、随分イチャイチャとおしゃべりしているらしい。

 「邪紋士」という単語は初めて聞いたが。言葉の響きからして、あの黒ずくめの男たちがそうなのだろう。


 「武王衆」という一団の名も聞いたことが無い。これは御所襲撃の犯人がのこのこ出てきたという事だろうか。


「そろそろ手当は終わったかな?彼女も待ちきれないみたいだし、続きをしようか」


 考察はここまでの様だ。男の構えが剣気がにじみ出て、それが刀へと流れてゆくのが分かる。


「この望外の出会いに感謝する。アロン君、クサツユも喜んでいるよ」

「では、こうお伝えください」


 俺も型を無尽へと構えなおし。体内の頸力を増大させ、身体の各所へ均等に配備する。

 これで終わらせる。何をしてこようと関係ない。


「未亡人にしたらすいませんっ!」

「必要のない謝罪だねっ!」


パパパパパアァッンッ!!!

 「射弾頸しゃだんけい」の奏でる衝撃音を背に肩に腰に肘に、俺は再び相手へ飛びかかる。


 今度は一度や二度ではない。連続した衝撃と加速、急制動で、俺はこの短距離にあるまじき速度を稼ぎ出し。残像を纏いながら、瞬きする間もなく接近する。


 振りぬかれた刀に俺の横顔が映る。ハルワキの笑みが深くなり、それはすぐにやせ我慢だと分かった。


 太刀の光と俺の拳がすれ違い、肉を打つ音が骨を伝い俺に届く。


 相魔灯籠流横の型「管打くだうち


 この一撃。やっと届いた一撃は、見事奴の腹を貫通していた。




「ゴブッ……ふふふっ……やるねぇアロン君……」


 貫いてすぐ、俺はハルワキの腹から腕を引き抜き。離れて残心をとる。

 彼の技量ならば、即座に反撃を放つことは可能だからだ。


「ああっ……久しぶりに見たよ、僕のハラワタ……綺麗かい?クサツユ……」


 ふらつきながらも彼の脚はしっかりと地を踏み。その手から太刀は離れない。

 俺の付けた傷は腹部を貫通して背面まで届くものだ。しかし、俺は達人と呼ばれる者がこの程度では死なない事を知っている。


「うん……流石だ。これだけの深手を負わせても緩んでいない。……僕の負けだね」

「そうですね。できればこのまま捕縛されてくれませんか?」


 未だ油断ならない相手だが。彼ならここで力尽きるまで暴れることも可能だろう。情報を抜きたいこちら側の事情からすると。ここで投稿してもらうのが都合は良い。


 死兵と化した達人相手に持久戦は遠慮したい


「そうしてあげたいのは、やまやまなんだけどねぇ……」


 息を整えたのか、ハルワキの呼吸はもう落ち着いている。


「僕のクサツユが凌辱されてしまうので遠慮するよ」


 懐から取り出された護符が、彼の手から光を放ち周囲を白く包む。

 とっさに血を放ち、護符を書き換えることで妨害しようとしたが。刀によって弾かれるところは見えた。


「また会おうアロン君。今度はゆっくり楽しもう」


 光が途切れた時。彼がいた所には円形の紋様が残っていた。

 周囲を警戒したが、他に敵の気配はない。逃がしてしまった。


「はぁ……今回ばかりはやられた……」


 脅威が去った事に気が抜けそうだが。まだ、俺にはやる事がある。


 俺は気を引き締め直し。他の人員が戻ってくるまでに、この現場の保存と馬車の積み荷を確認する作業に戻った。

 勿論、止血と応急手当は行って。


 それから十分ほどして、町に響いていた鐘の音は鳴りやみ。アンプロスの町は未曽有の襲撃を乗り切った。


 馬車の確認により。持ち去られた物は一つだけであると判明。

 小箱に分けられたそれは、俺が手ずから破壊した黒蛇の小脳だった。

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