第三章 旅立ちのアロン。さらば故郷よ、たまに帰る

第21話「完敗。再編成」

 アンプロスでの事件は一時間にも満たない間に起こり、そして終わった。


 兵士も含めた武芸者の死傷者は十八人と、襲撃の規模に比べれば少なく済み。それ以外の一般市民に怪我は無かった。

 庁舎を除いた、襲撃が起こった各施設の損傷は最低限に収まり。事件の翌日には点検作業も終わり、通常通り業務が再開された。


 俺たち捜索隊も欠員は無く、馬車も無事と。一見、大団円の様相だが。実際はほぼ負けだ。


 積み荷が奪われていた。それは重要な手掛かりになる要素であった部位で。それを一番近くで守っていた俺は、眼前の敵に釘付けになった。


 恐らくハルワキとの戦いに気を置きすぎた隙をつかれた。

 全神経をつぎ込んで戦いに集中していたので、周辺への警戒が疎かになっていた。


 それでもこちらへの攻撃ならば反応が出来ていただろうが。馬車から離れた俺には、馬車を物色する者を察知できなかった。


 せめて避難させた兵士さん達に馬車を守ってもらえば良かったが。彼らに増援を頼んだのも俺なので、完全に自業自得だ。


 そう考えればハルワキの攻めっ気の無さも腑に落ちる。自分に目を引き付けていれば、仲間が勝手に使命を果たせるのだから、遊んでも良いのだ。


 あの護符の光も撤退の信号替わりなのだろう。それを見た途端、敵が引いて行ったと証言も出ている。


 みすみす積み荷を奪われ、俺自身も負傷させられた以上。今回ばかりは場数の経験で読み違えた俺の完全敗北である。


「申し訳ありません隊長。自信満々に出て行った結果がこれです」

「いえ。まずは生き残れた事を喜びましょう」


 こんな俺にも隊長は優しいが。それだけに自責の念が湧いてくる。もう少し周囲に目をやれば話は変わったのだから、それを自覚している俺だけは悔やまなければ。


「あなたの実力は皆が知っています。そんなあなたが掛かり切りなるような相手では、我々ではどうしようもなかったでしょう」

「しかし……」

「それを糧にしてください。あなたはこれからのお方です。ここで痛い目を見れた事を良い機会にしましょう」

「……はい。同じ手は二度と食いません」

「その意気です」


 隊長のいう事には一理あるので。話はここで終わらせた。

 今は庁舎でも囚人の脱走があった為、臨時の建屋を庁舎として使っている。


 俺たちが捉えていた黒づくめ達も脱走された。合図と同時に各地区に居た戦力が庁舎に殺到し、地下牢の囚人を回収したのち、同じ護符で離脱されたのだ。


 結局、こちらが確保できたのは。最初に目撃した馬車の襲撃犯のみだった。

 しかもその男はすでにこと切れており。身体にあった筈の刺青はおろか、持ち物からも情報が伺えなくなっていた。


 顔はおろか、指紋や歯形、体に染みついたはずの頸力を扱った痕跡すら消されているのは手が込んでいると言える。


 町の上層部はこの手口と下手人の練度を見て、彼らこそが御所へ妖魔を誘導した一味と判断した。


 俺も事件の調査書に証言を記入したが。それに加えて、馬車の停留所に残された紋様がしばらくすると消えてしまったので。覚えている限りを書き出す事も求められた。


 ハルワキと彼が話した「武王衆」と「邪紋士」の名もきちんと書いておいた。

 俺だけが聞いたことなら嘘を教えられた可能性もある。そこは、俺のほかにも黒づくめから聞いたものが居て信憑性はより増している。


 用意された部屋にて書き記す間、斬られた傷が微かにうずく。

 医者によれば、とてもきれいに斬られているので額の傷は割とすぐに塞がるとの事だが。耳の方はダメだった。なので俺の右耳は上の方が欠けたままになった。


 ジグジグ痛む傷を抱えながらの各作業は中々憂鬱だったが。これも敗北の罰だと考えて粛々とこなしている。


 窓からの景色も、聞こえてくる喧噪もこの町の日常はあの程度では崩せない証であるとともに。俺たちが守れた物でもあると考えなければ。悔しさのあまり部屋を転げまわっている所だ。


 結局この調子で療養をしていたら、皇都からの船が到着し。馬車の旅も護衛の仕事もひとまずは完了となる。


 現地の皆さんとは笑顔で別れの挨拶が出来たが。心の中には苦い思い出が残る旅の最後となった。


 船旅を楽しむ間も、その敗北感は心の中に燻り続け。俺は密かに再挑戦の機会を得る為の方法を模索して過ごすことになる。




 一方、武王衆のアジトである洞穴では。帰還したハルワキと彼が率いる邪紋士達も含めて、一通りの手当が終わった為。報告を兼ねて盟主からのお褒めの言葉を頂く場が設けられていた。


「よくやってくれたねハルワキ。君に頼んで正解だったよ」


 いつもほほ笑みを絶やさない盟主だが。今の笑顔はいつものそれよりも真に迫るものがあった。

 その顔に幾人かの構成員が悶えていたが。当のハルワキは意に介さず、粛々と賞賛を受け入れていた。


「恐れ入ります、盟主殿。こちらも傷の治療、大変お世話になりました」

「当然の事さ。我々の任務に身を削る同士を助けないなんて、武王衆の理念に反するからね」


 彼の話にまた一部から歓声が漏れ出ていたが。盟主もハルワキもそれを気にせずに会話を続ける。


「それにしても、君ほどの使い手があれほどの傷を負ってくるとは思わなかったよ?」

「ご心配をおかけした様なら申し訳ありません」

「いやいや。君が無事なら良いんだ。奥さんも君が傷つく事は望んでいないだろう」


 少年の言葉に深く頷く男の腰には、変わらず豪奢な太刀の姿があった。

 彼らの一部には盟主の前で武装する事に眉を顰める者もいたが。当の盟主が許可した事に口を挟める者は、それこそ少数だった。


「では、そろそろ次の話に移ろうか。ゴシュアク」

「ははっ!」


 その数少ない一人である壮年の男が、主に呼びかけられて前に出る。

 広間に集った一団も手にした冊子を手元でめくり。男はそれを確認すると、ここに居る面々に今回の成果と消費した物を述べた。


「当初の目的である「小脳内の情報」は、当の器官を回収できたので達成できております。しかし、こちらで確認したところ。小脳は完全に破壊されておりまして、あれからは情報を抜き取る事はほぼ不可能だったと考えられます」

「つまり?」

「此度の行動は、こちらの存在を相手方に確信させるに十分な事態であり。今後の活動に支障をきたす事が予測されます」

「ふむ」


 部下の話を聞いて、盟主はそこで一度、考え込むように沈黙した。

 他の面々は静かにそれを待つ。ハルワキなどは自分の刀と見つめ合うようにしていた。


「……確かに杞憂だと証明されたわけだが。それでもこの作戦は必要だった。それには異論は無いと思うけど。皆はどうかな?」


 盟主からの問いかけに。広間の面々は互いに顔を見合わせたりしていたが。結局その言葉に対する異論は出てこなかった。


 質問者である少年は、その様子を見てうなづくと再び話を続ける。


「よろしい。では、次のこの作戦で向こう側に僕たちが認知された件について」


 目線はそのまま。自分に注目する黒衣の集団に向けながら、盟主は表情を変えずに語り掛ける。


「確かに予定外の事ではあるが。どちらにせよ知られることは織り込み済みだからね。少し早まった程度で、影響はほぼ無いと考えている。君はどう思うゴシュアク」

「はっ!」


 問いを投げかけられた男は自身の意見を主である盟主に語るため一歩前へ出てきた。

 凪いだように静かな口調は。其処へ集う者たちに、口を挟むことを許さないという意思が感じられる。


「恐れながら申し上げますに。此度の任務、その重要性を引き上げたのは。私が妖魔へ重要な情報を刻み込んだことへあります」

「ふむ、それで?」

「それにつきましてはまた別の話となるので避けますが。何を言いたいかと言いますと。私は相手が我々の狙いを探るうちに行動を起こしたいと考えております」

「ほお」


 男の言葉に少年の顔がほんの少し興味深そうに揺らいだ。

 それに気づいたのは、この場ではハルワキとゴシュアクのみ。しかし、自身の事が彼の興味を引いたと分かったゴシュアクは、内心の歓喜をおくびに出さず話を続ける。


「妖魔の運用は邪紋と同じく、このゴシュアクが編み出した技法にござりますれば。本来の主である盟主様は未だ意識されておらず。我らは武王衆を名乗る、妖魔を手先の様に扱う集団としか認識されておりません」

「ただの妖魔使いの集まりだと勘違いしているという事だね」

「はい。そこのハルワキが必要以上の情報を撒いていなければの話になりますが」


 そこで広間の視線は太刀をひざの上に置き、鞘を撫でてニコニコとしている男へ向けられた。

 当の本人はそれを意に介さず、撫でる手を止めずに答えた。


「僕は対して何も。精々、武王衆の名と邪紋士という名称くらいですねー」

「それは本当なのだな?」

「勿論です。僕の事が信じられないゴシュアクさんには頼りない話と思いますが。ここは一先ず飲んでくれないと、話が進みませんよ」


 いまいち信用ならないと態度で示している壮年の男と、説得力が感じられない青年との間に冷ややかな空気が流れそうなところへ。彼らの上司から仲裁が入る。


「ゴシュアク。ハルワキは確かに趣味人だけど、仕事はこなす人だよ」

「はい。私もこ奴の腕だけは信用しております」

「ハルワキ。人と話すときは、奥さんにも待ってもらいなさい」

「いえ、彼女ではなく僕の辛抱が足りないのが原因です。申し訳ない」


 彼の中ではまだ言いたいことがあったが。敬愛する上司の顔に免じてこの場は流すことに決めた。

 そして、その場の空気がまた妙な方向へ行く前に、壮年の男はさっさと話を進める事にした。


「ならばこそ、先の作戦による本筋への影響は少なく。皇国の指導部が我らの目的を思案する間に、こちらは更に先へ手を伸ばすことをお勧めいたします」


 男の言葉に広間はざわついた。

 それに手をかざすことで静かにさせた盟主は。彼の発言をより深く知るために言葉を促した。


「ありがとうゴシュアク。それで、手を広げるとはどういうことだい?」

「予定を二段ほど繰り上げて、地方の小封印へ手勢をやります」


 その内容を聞いた者たちからザワリと声が出た。

 一睨みしてそれを黙らせると。ゴシュアクは主に盟主へ説明するように話す。


「初めに言っていた、皇都での宣戦布告は中止ですか?」

「貴様は黙ってろ。……元々、あれは我らを注視させたうえで。別動隊での遠方への奇襲が肝です。お披露目が済んだ以上、次の段階へ進めることは何も可笑しくありません」

「成程ね」

「先ほど盟主様へ述べました様に、既知となった我らの戦力は未だ少数。これとは別の手勢によって混乱を起こし、それを後押しするように妖魔と邪紋士による後詰を行えば。大願成就に向けた大きな一歩を刻めることかと……」


 ゴシュアクの語る展望を噛み締める様に吟味する盟主の姿に、周囲の黒ずくめは様々な視線を送る。

 それは期待だったり、不満や不安もあったが。それらを全て受け入れた上で、盟主は自身の考えを口に出す。


「うーん……大筋はそれで行こう。一応、礼儀として挨拶はしておきたいんだけど。それはどうにかならない?」

「然らばふさわしき格式に則ったものをご用意いたします」

「ありがとう。任せるよ」

「それでしたら、僕が届けに行きますよ」

「控えろハルワキ!」

「それは遠慮しておくよ」

「そうですか」


 一息ついたように談笑を始める面々。それを窺う黒衣の集団の中。彼らは閑話休題し。本題の話を閉めにかかる。


「それじゃあゴシュアクは宣戦の書面が出来たら一度僕に見せてくれ」

「御意」

「ハルワキはしばらく療養しておくといい。先の失態は雪がれた」

「かしこまりました」

「皆も体を休めてくれ。修行に励むのも良いけど、身体を壊さないようにね」

「「「ははっ!!!」」」

「それじゃあ。この場はこれで解散しよう。皆、ご苦労だった」


 解散の言葉と同時に会場へ集った者達は静かにそこを後にした。


 残ったのは、盟主とゴシュアク。そしてハルワキの三人だけである。

 彼らはこの催しが始まる前から残るよう言いつけられていたのだ。


「さて、ゴシュアク。小封印はいくつ開ける予定だい?」

「取りあえずは図面元の六基。後に国内の各所にて随時開放して回る予定でございます」


 彼らの狙いは過去に存在した大妖魔や邪神の眷属との闘争。それを現実のものとする為、ここに集うだけでなく幾人もの強者が武王衆へと名を連ねている。


「良いですねぇ。僕も楽しみですよ」

「ハルワキにはお誂え向きの相手を約束しよう。それまでは退屈な時間を我慢してもらわないといけないけど……」


 盟主の心からの気遣いに対し、男も再び鞘を撫でながら返した。


「いえいえ。お気になさらず。それまで食いつなげそうなお方も見つかりましたので」

「貴様の腹に風穴を開けた武芸者か」


 珍しく興味を引いたのか、ゴシュアクの喧嘩腰ではない問いかけにハルワキも上機嫌に話し始める。


「ええ、アロン君はすごいですよ。少なくとも達人級は固いと思います」

「お前にそこまで言わせるのか」

「素晴らしい出会いがあったのは喜ばしいよ。どんな子だったんだい?」


 盟主にも促されてますます機嫌が良くなったハルワキは。しみじみと噛み締める様に戦いを思い返し、それにつられて口も動いた。


「頸力の量も質も素晴らしく、変換効率と操作技術は僕を超えていますね。技の選択や立ち回りは少々杜撰でしたけど。戦う内に良くなってきたので、経験不足だったのかな?まあ、更に強くなるのは時間の問題でしょう」

「どうやら彼も馬車の警護に付いていたようで、クサツユの食事を邪魔されたんです。が、その動きを見てからは二人揃って彼の事が気に入りましてね。そこからはもう彼の事を食べさせてあげたくて夢中になって斬り合いました」

「しかし場所が悪かったですね。彼も動き辛そうにしていましたし、護衛ではなく偶発戦の方が楽しめたのは確かでしょう」

「わかった、わかった。もういい!十分だ!」


 すらすらと出てくる言葉を止めるためにゴシュアクは質問をすることにした。主は楽しそうにしているので、この件では頼りにならないからだ。


「そこまで評価しておいてなぜ仕留めてこなかった?あの程度で仕損じるお前ではないだろう?」

「いやー無理だと思います」


 自分と妻と称する太刀には絶対の自信がある剣士にしては弱気な返答が出てくる。彼の実力には一目置いている男にはそれが珍しかった。


「あの時は僕も彼も本気だけど全力ではなかった。何でもありだと相打ちもあり得ましたので、痛み分けで見逃してもらったんですよ」


 そのように話すハルワキは、それでも嬉しそうに語った。


「いやぁ……次に会う時が楽しみです。きっと物凄く美味しくなっているでしょうからね」


 男が鞘を撫でながら語る様子には鬼気がにじみ出ている。それを見ている盟主が笑顔だったので、ゴシュアクは特に考えず流した。


 彼らはそこから実務の話に入り。それに飽きたハルワキが退出するまで、幾つかの人士の配置を相談していたが。それまで一度もいなくなった者は話題にすら上がらなかった。

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