第22話「再びの皇都。若先生」
数日の河の船旅を楽しんだ俺たちは、無事に皇都まで帰還した。
故郷を出て一月弱。ここへ滞在したのも四日ほどだが。それでも懐かしさを感じるのは面白い。
妖魔騒ぎが起こってそれほど立っていない筈だが。それでも人々の数はここへ来た時と変わらないように見える。
港に停泊し、船から続々と出てくる馬車を見る彼らの顔は、好奇心に満ちていた。
「おい、何だありゃ?」
「皇帝陛下の紋章入りの馬車だろ。妙に数は多いが」
「結構荒く走ってんな。足回りが泥だらけだし」
「へー、何か急ぎで仕入れたのかねぇ」
車両から聞こえる声には、積み荷に見当をつける人も見られたが。彼らには中身が妖魔の切り分けられた死骸だとは思うまい。
馬車の一室にて待機するようにと、隊長から命じられた俺も積み荷の一つだ。
頭の包帯と耳の当て布が大変鬱陶しいが。まだ塞がり切っていないのでしょうがない。
車両の群れは港を出てすぐ、最優先に積み荷を検査し。車列を整えて皇都の中心へ馬を歩かせる。
その目的地は、すそ野が広い山の頂上にある御所にある。
神将流の道場で俺は降りる予定だが。荷物はそのまま調査の為、御所内部の研究機関に直送だそうな。
不手際で積み荷の一部を奪われた俺たちは、意気消沈しているかと言えばそれほどでもない。
上層部はともかく現場の人員としては、現地の協力してくれた人々に犠牲が出た事の方が心に重くのしかかっている。
中でも隊長は、自身が詰めていた庁舎にて邪紋士の大量脱走を止められなかった事を酷く気に病んでいた。
その憔悴ぶりを表立っては見せないが。俺も含めた部隊の者は彼の事を気遣ってなるべくそっとしておこうと考えている。船旅の間は俺も大人しく療養した。
此処に来るまでの事を思い出しながら、カタカタと揺れる窓の外を眺める事しか出来ない俺は。久方ぶりの平穏な時間を楽しむことにした。
運河を遡り、城壁を超えた港から検問を超え市街へ入る。
緩やかな坂に連なる街並みは、商店が軒を連ねる商業区から少しずつ住宅地へと変わってゆき。更に坂を上ると今度は公共の建物が並ぶ地区へ突入する。
今年度の神将戌依流の門弟以外に、皇都には常駐する兵士はいる。それらの兵舎や公共の図書館、集会場、公衆浴場などはこの地区にある。
所々行き交う人に交じり異種族の姿が見えるのも特徴的だ。
カジャさんを始めとした獣人族や鱗人族は、この国では一般的な種族として馴染んでいる。
俺が飛んで行った南西ウェルタラは鱗人の集落が一番多い事でも有名だ。
そこからは一般人が入れない区域に突入する。その前に一度検問があるので、大人しく調査を受け入れる。父たちと来た時も同じことをした。
ここを超えてやっと、馬車は道場の敷地内へ入る事が出来るのだ。
「アロン様。到着いたしましたので、下車の準備をお願いします」
車室の扉がノックされてすぐ、兵士さんが顔を出してきた。
任務が終わって安心したのか。彼もどこか一仕事終えたように表情も柔らかだった。
「解りました。直ぐに出れますよ」
「それではお願いします」
彼の案内で馬車から降りる。前とは違い裏の通用口に止まっているので、見覚えの無い所に出た。
「では、私はここまでになります。共に戦えて光栄でした」
「こちらこそ。あなた方との旅はとても楽しかったですよ。皆さんどうかお元気で」
名残惜しいが、隊長を始めとした捜索隊の面々とはここでお別れである。
皇都を目指す旅の道中は、穏やかとは言い切れない旅だったが。彼らとの道程は楽しかった。危機的な状況でも俺が後ろを気にせず戦えたのは。彼らの尽力によるものが大きい。
もう少し別れを先延ばししたい気持ちもあったが。彼らの仕事を邪魔しても悪いので、素直に分かれる。
案内の人に連れられて向かうのは、ここへ来た時最初に通された応接間の様だ。
「当主様。アロン様をお連れしました」
「入りなさい!!!」
扉の向こうから聞き覚えのある大音量で入室を促される。
中には予想通りの人が居た。神将戌依流当主のカジャさんだ。他には父も同席していたが、セイシュウの姿は無い。
「よくぞ…「おお、よくぞ戻られた!!!無事で何よりだ!!!」
父が何か言う前にカジャさんが歓迎する声を上げる方が早かった。
立ち上がって歓迎してくれたカジャさんと俺は、互いに歩み寄り抱擁を交わす。少し毛深いので、ふかふかしている。
「ユエシェイ殿も大層心配されていたのだ!!!無事な姿を見せてあげてくれ!!!」
そう言って次は同じ部屋にいた父との再会が促された。当人はちょっとバツの悪そうな表情だったが。
「……少し男前になったな」
「ええ、中々面白い体験をしましてね。貴重な経験を積めたと思っております」
「そうか。ならば良し。おかえりアロン」
「ただいま帰りました父上。セイシュウは元気ですか?」
それに父が答える前に、廊下の方から走り寄る音と良く知る頸力の気配がした。
「先生!カジャさん!アロンさんはもう戻りましたかっ!」
「おう、ここに居るぞ」
セイシュウとその少し後走ってきたクロルさんは胴衣を着ていた。どうやら稽古の途中でやってきたらしい。
ちょっと離れていただけなので、セイシュウには外見が特に変わった様子はない。まあ、俺みたいに頭がカチ割られそうになったり耳が削れているのもおかしいか。
「アロンさん!!ご無事で何よりです!!」
「ああ、ありがとうクロルさん。あなたもお変わり無い様で良かった」
「あの事件の後は皇都全体が大騒ぎでしたからね!!後で詳しくご説明しますね!!」
「お願いする」
大人達は再会を喜んでいる俺たちを見てニコニコしていた。微笑ましく見るのは結構だが、目線がちょっと鬱陶しい。
「アロンさん……その……顔はどうしたんです?」
「ちょっと脳みそを飛ばされそうになったんだ。もちろん躱したけどな」
俺の頭と耳の包帯が、セイシュウには痛々しく見えているようで。やや聞きにくそうに問いかけてきた。
これまでの経緯を教えてやってもいいが、それは皆と一緒に行うのがよろしかろう。
しばらくそうやって話をしていたが、カジャさんが立ち上がりこう言ってきた。
「積もる話もあるが!!!とりあえずアロン殿には参内してもらう必要があるのだ!!!」
「それは御所の件ですか!それともウェルタラの件ですか!」
「どちらもだ!!!出来れば陛下にもご無事な姿をお見せしてほしい!!!」
どうやら御所での一件に、皇帝陛下のご息女が心を痛めているらしく。それを慰める一環として俺が陛下の前に出る必要があるらしい。良く分からないが、そういう事になっているのだとか。
「それは謹んでお受けしますが!この格好ではお目汚しになりませんかね!?」
「心配ご無用!!!戦傷を見苦しく思うようなお方ではない!!!でも、服装は整えてもらう!!!すまんな!!!」
「お気遣い感謝します!では、詳しい予定をお聞きしたいのですが!」
「今日だ!!!」
またこのパターンだよ。
ここで一旦解散した後、俺は着替えたり包帯をちょっと整えたりして見栄えを良くしたりした。
今回はセイシュウはお留守番で、父とカジャさんが連れて行ってくれる事になっていた。だから父は妙に良い服着てたのか。
一応持って帰ってきた武舞台での胴衣は渡してきたが。あれはもう捨てた方がいい気がする。妖魔の胃液や返り血で汚れている上に汗がね……。
セイシュウとクロルさんに見送られて。俺はあれよあれよと言う間に再び馬車に乗り込み、皇都の中心部へと揺られていった。
今日一日だけでここまで行く奴はそう居ないのではないだろうか?
道場に包まれるように立つ御所は。外部から侵入する場合、必ず道場の敷地を通過する必要がある。
敷地は広大で内部には森林や池が造成されているのは前に知ったが、内部の移動に馬車がいる程の広さは実際に見てみないと実感がわかなかった。
御所側の城壁には門が四つ、各門を守るのは戌依流でも指折りの達人と使い手の皆さんだ。
其処でも軽い検査があるが、当主であるカジャさんもいるのに検査自体はキッチリとやっているのは流石と言えよう。
皇都の中心部は皇帝の住まう御所であるが。それには行政を行う棟や司法を運営している棟も合わせて併設されている。ここで皇国全ての政務が行われるのだ。
馬車を降りて再び御所へと入るわけだが。前にも増して厳重な警備が敷かれている。事件から一月程度しか経っていないので当然のことだが、前は通路に一人はいた兵士が一小隊になっているのはどうなのだろうか?人を増やしすぎてはいないか。
「それではこちらでお待ちになられます様、お願いいたします」
「案内ご苦労!!!了解でござる!!!」
入口から付き添っていた女官の方は、カジャさんの声にも涼やかに対応して部屋を出て行った。
通された部屋は御所の内部に数ある応接間の一つだろう。そこかしこに飾られる絵やツボは、昔本で見たことがある。いわゆる国宝で、どれも相当な値打ち物だ。
この部屋だけで実家の道場を十回は建て替えられそうだ。
床も絨毯が敷き詰められて、織り紋様が美しい伝統の柄でこの部屋を華やかにしている。
「父上」
「何だ?」
あまり周囲を認知しすぎると緊張しそうになるので、とりあえずは父に話しかけて時間をつぶす事にした。
カジャさんでも良いのだが。彼はその声量を自覚しているので、手振りで遠慮している。奥ゆかしい人だ。
「もう跡継ぎはお前だってセイシュウに話したんですか?」
「……気づいていたのか?」
父は御所内部でなかったら噴き出しそうな顔で此方を見ていた。
「まあ、大体は察しておりました。父上はセイシュウの様な青年がお好きでしょう」
「人聞きの悪い言い方をするなっ……ふぅ……」
自身の考えを見抜かれていたことに少し驚いているようだが。父と俺は武術に対する考え方がちょっと合わない。その事は昔からよくわかっているので、そうなるだろうなと決め打ちだっただけだ。
父やセイシュウは武術を道に据えていて。生涯を探究に費やすつもりの人だが。俺は武術を便利な道具の一つとして、人生を楽しむために使うつもりの男だ。
後継者としてどちらが合致しているかと言われれば、セイシュウに軍配が上がるだろう。
それでも実力が低ければ危ういだろうが。奴は平均以上には使える。それをあの舞台ではっきりさせた以上、父ならさっさと決めておいても可笑しくない。
そんな事を説明すると父は感心したようにこちらを見ていた。
「うむ。良く分かっているようだな。ならば、私から言う事は何も無い」
「一番異論があるのはセイシュウでしょうね」
「それはこの数日の間に飲み込んでもらった。クロル殿にも協力してもらっての事だが、あ奴も後継としての自覚が芽生えたようだ」
「クロルさんですか。浮気ですか?」
「馬鹿者。訓練の相手をしてもらったのだ。彼女も傑出した腕の持ち主だと分かっているだろう」
「ええ、そうですね。さっき見た感じのアイツなら良い勝負になるとは思います」
俺のいない間も鍛錬に励んでいたようで、あの時よりも強くなっているのは分かった。
それ込みでもまだ父の方が上回っているが、あの調子だとそこそこ早く跡継ぎになれそうだ。
父は結構穏やかに見えるが、武芸に関しては中々の頑固者で。自分の考える跡継ぎ像には妥協しない。それを何とかしようとしていたのが俺を支持していた連中なのだが。結局は父の望むとおりになったという事だ。
「この後、あいつに若先生と呼んでやろうと考えているのですが。どうでしょう?」
「やめておきなさい」
応接間でも特に上等な一室で話すには不釣り合いな内容かもしれないが。久しぶりの親子の会話なのだからお目こぼししてもらう。
実際にカジャさんからも止めて来るような素振りも見られないので、許されていると認識した。
「陛下のお成りです。お迎えのご用意をお願いします」
その言葉を聞いて俺たち三人はその場に跪いた。
衣擦れの音と共に幾人かの気配が部屋の上座に収まり。その視線が俺の方へ注がれるのを感じる。
「面を上げよ」
陛下の声に従い、しゃがむ姿勢からゆっくりと頭を上げる。視線は床の方へ向けたままだ。
「あの混乱の中、よく戻った。大儀である」
陛下の言葉に俺は再び深く頭を下げることで返答とする。
勝手に声を出して返事をしてはいけない。こっちの礼法ではそうなっている。道術の詠唱を仕込まれることがあるらしい。
「我が跡継ぎも貴様の帰還に安心しておる。ほれ、何か言わんか」
陛下に促されて、隣に控えていた殿下が一歩前に出てきた。
俺と同年代らしき殿下は落ち着きのある歩みでゆっくりと俺の方へ近づいてくる。それを疑問に思う前に、頭の上から声が聞こえてきた。
「耳、切れてるじゃない。痛くないの?」
口に出して答える訳にもいかないので、うなづくことで返しておいたが。彼女は少し不満そうな声色で「そう……」と納得している様子だ。
「妖魔討伐ご苦労でした。その後の輸送にも貴方の奮戦があったと報告に上がっています。褒めて遣わす」
意外と好印象だった。更に深く頭を下げて返事としたが、このやり方で良いのか少し不安になる場面だ。
殿下はそれだけ言うとまた陛下の傍へと戻っていった。
「うむ。では、反奴の顔も見れた。ここまでにしておこう」
陛下の一声に部屋の人員が素早く反応し。訳の分からないうちに、この場でお開きになった。
父もカジャさんも特に何も言わなかったので、俺の応対は問題なかったのだろうが。結局、陛下がどのような理由で俺を呼び出したのか、真意がつかめなかった。
意外と言ったままなのだろうか?なら、別に気にしなくていいのだが。
道場に戻ってから最初に「若先生、おめでとうございます!」と、セイシュウへ満面の笑みで言ってやったら普通に怒られた。
しばらく見ないうちに随分図太くなっているようで感心感心。でも、正座させて説教するな。足がしびれるだろうが。
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