第23話「進路相談。お土産物色」

 皇都に来て三度目。戌依流の道場では二度目の朝を迎えた。


 朝霧の中、前と同じく朝稽古を共にしたのだが。その面子は随分と様変わりしている。

 俺やセイシュウと並んで汗を流す若手の数は据え置きなのだが。其処へ混ざる年配の武芸者が多い。少なくとも倍以上は増している。


 皇都襲撃によって看板に傷をつけられたも同然の戌依流としては。これ以上の狼藉は許容できないであろう事は想像の範疇だ。本拠から増援を読んでいる事も想像に難くない。


 おかげで組手の相手に困らないので本当に助かる。先のハルワキとの立ち合いで見えた俺の弱点を補強するのに、これ以上の機会はそうないだろう。


 故郷にこもりがちだった俺のこれまでからして、相手の多様性が制限されていたのもあって、俺は今急速に経験不足を埋めている最中だ。


 父の育成方針故なのであまり強く言えないが。俺としてはもっと幼いころから色んな所で戦ってみたかったと言うのもある。


 師匠との出会いも、同門相手に飽きたので妖魔で口直ししようとしたのが発端だ。


 道場破りの相手でも良いが。未熟者相手だとむしろ不満の方が大きくなってしまうので良くない。


 後継者問題も決着がついたことだし、ここは一つ武者修行の旅にでも出ようかと思い立ったのは。朝稽古も終わって井戸水でスッキリした時の事だった。


 陛下直々のお言葉を頂いてから、父はロジナに帰るため色々支度をしている。

 俺が不在だった間、残った二人は二人で色々大変だったらしく。聞き取りや捜査への協力で動き回っていたらしい。


 昨夜の晩にセイシュウから聞いたが、皇都も一時封鎖されて混乱も起こっていたようだ。俺が妖魔の腹の中で暴れたのも一因かもしれない。


 そんな中で生死不明の俺を置いて帰るわけにもいかないので、滞在期間が思い切り伸びてしまったのだ。

 今は騒ぎもだいぶ落ち着いているので、乗合馬車も出ているらしい。


「父上、少しよろしいでしょうか」


 早速故郷に帰った後の予定を検討すべく、父の使っている部屋へ赴いたわけだが。父は一人で書面に目を通していた。


「どうしたアロン?」

「ご相談しておきたい事がございまして」


 どうやら滞在中の出来事をまとめた書類を作っていたようだ。確か参列のために使った費用を御所に提出すると、確かいくらかが向こうの奢りになる制度らしい。


 幸いひと段落した所だったようで。こちらの話を聞くようにしてくれた。


「まあ、座れ。何か飲むか?」

「お茶下さい。熱いやつ」


 茶道具も添えられていて、父が用意してくれるというので遠慮なく頼んだ。セイシュウなら恐縮して自分で用意しようとしただろうが。父は自分でお茶を入れるのも結構好きなので、俺はもっぱらやってもらう事にしている。


「ほら、熱いから気を付けろ」

「ありがとうございます。いただきます」


 ここら辺では前世の緑茶的なものが一般的に飲まれている。俺としてもなじみ深い味なので助かっていた。

 高級品はまた色々な香りがあるらしいが、今のところ味わう機会が無い。そのうち試してみたいものだが。


「それでどうした。お前にやってもらう仕事は今のところないぞ」

「解っていますよ。別にそれ関係で来たのではありません。少し先の話をと思いまして」


 俺の言葉を聞いて、父は少し居住まいを直している。どうやら関心を引く事が出来たようだ。


「先と言うと。ロジナに帰った後の事か?」

「そうですね。セイシュウが後継だと発表した後の事になります」


 そう言って一口お茶を飲ませてもらう。うん、美味しい。

 父はと言うと少し苦い顔をしていた。


 その気持ちも分かる。絶対もうめんどくさい事になると分かっている。


「……お前の支持層は納得しないか?」

「まあ、せんでしょう。頑固者ばかりですからね」

「うーむ……」

「こればかりは時間をかけるしかないでしょうね。セイシュウも覚悟していると思いますよ」


 元々、俺がセイシュウと表向き揉める事になったのは。祖父の代からウチに所属している人の一部が、根強く反対している事に起因する。


 俺の実力が高い事を理由に、父へ早く跡を継がせようとする一派が存在していた。彼らの狙いは俺を旗印にした自身の影響力の強化だ。


 実に面白くないので、そこらへんの奴らは全て却下したのだが。それでも出自の分からぬ孤児のセイシュウが、歴史ある流派の当主になる事に眉を顰める者が俺の元に集まってきたのだ。


 その中には付き合いが長い家もいくつかあったので。ぞんざいに扱う訳にもいかずに今日まで先延ばししていた。


「結局、陛下の威光で強行するつもりなのは分かったのですが。それだけで納得する人たちだけじゃない。それはどうするおつもりなのか聞いても?」

「うむ」


 一口茶を含み、父はため息と共にそれを飲み込んだ。


「彼らに関しては、お前の言う通り時間をかけて説得するしかないと考えている」

「そうするしかないとも言えますね」

「そうともいうが。彼らもまた町を守ってきた武芸者達。その存在は無視できん」

「面倒なものです」


 俺の言葉には咎めるような視線で制してくる父だが。言葉では言ってこない辺り自分もどこかでそう考えているのかもしれない。

 まあ、呆れて物も言えないのかもしれないが。


「この話はいい。お前の話を聞いておらんぞ」

「おっとそうでした」


 話題が逸れた。気を取り直して俺はここへ来た目的を果たすために相談を始める。


「帰った後ですが。修行のためにしばらく旅に出たいのです」

「む……」


 内容を聞いた父の反応は予想よりも大人しい。やはり向こうも俺がこう言いだしてくることを考えていたのかもしれない。


「今回の事件で、俺は自分の見識の貧しさを痛感しました。これからの人生において、この欠点は見逃しがたく思います」

「しかし旅にまで出る必要はあるのか?」

「確かにロジナから方々へ遠征する方針でも学びは得られますが。俺としてはとりあえず国内を一周はしておきたいので、いちいち戻る事になるのは余計な手間になるかと」

「一周……」


 目をつむり眉間にしわが寄っている。傍から見れば父が深く考え込んでいるように見えるが、これは乗り気な時の反応だ。


「幸いにも、俺の腕はよその土地でも通用することはわかりました。なので、より磨きを上げるためにも経験を積み上げに行きたいのです」

「しかし、支持者はどうする?」


 向こうから質問が来たが。これに関しての俺の返事は決まっている。


「セイシュウが何とかするでしょう。こればかりは、俺からどうこう言っても余計に拗れるだけです」

「む……」

「それに、あいつの基盤を確かなものにするには俺は邪魔です。旗印となる者が居なければ、彼らも多少は大人しくなるのでは?」


 腕組していた父は、それを解いてこちらに視線を合わせてきた。

 真っすぐに見つめる瞳には特に不安も浮かんでいない。どうやら俺の進言は受け入れられたようだ。


「まあ、お前なら大丈夫だろう。許可する。二度、不覚を取るつもりは無いのだろう?」

「ええ、今度は耳では済まないと思いますから」


 耳をなぞりながら言うと、父は少し頬を緩めていた。




 先の予定も立ったことだし、俺は故郷の友人知人の為に土産を探すことにした。


 幸い、手元にはこれまで行った妖魔討伐や、馬車護衛の報酬として幾ばくかの金銭があるので。皇都にある沢山の店から選ぶことに決めた。


「お土産ですか?それなら私、ご案内できますよ!」

「折角だからお願いしても良いかな」

「はい!お任せください!」


 通りがかったクロルさんに相談してみたら、案内を買って出てくれたのでお願いすることにした。


「僕も良いんですか?助かります」


 ついでに一人で稽古をしていたセイシュウも誘った。

 根を積めている所悪いが、ここは付き合ってもらおう。


「私もここに配属されてしばらくは色々見て回りましたから。結構詳しいですよ!」

「助かります。本当」


 一応、父などには一声かけてから道場を出た。三人で坂を降りながら土産の方針決めをしていると。繁華街が見えてきた。


「安いよお!今日は特に安いよう!」

「何が安いんだよ!」

「なまこ」


「特売だ!特売が始まるぞ!」

「「「おおおおぉぉぉっ!」」」


「ここにしか売っていない!今日とれたての新鮮野菜!さあ、はったはった!」

「くれ!」「おれも!」


 賑やかな所に出たが。ここは生鮮品が多いようだ。

 「お土産物ならもう少し奥の方が良いですよ」というクロルさんの言葉に従い、ちょっと気になる店の場所だけ記憶してから進んでいく。


「いらさい!いらさい!今ならお安い細工物あるヨ!」


「あー櫛ー!櫛はいらんか!亀の妖魔から剥がし清めた特注品だー!」


「色とりどりのガラスの花飾りだ!髪でも服でも付けられる!」


「職人の町シェンジェンで仕入れた最新作たちだ!ここでしかお目にかかれないよぉ!」


 工芸品の出店が立ち並ぶ区画に来た。声の大きさは同じだが、扱う品は様変わりしている。

 金属、木工、ガラスに骨。素材を選ばず見事な細工が施された装飾品が所狭しと並んでいる。見ているだけでも楽しい所だ。


 セイシュウはここでリンドウへの土産を見繕うつもりになったらしい。クロルさんの助言を受けて、悩みながら髪飾りを選んでいる。


「おっ!兄ちゃん彼女に贈り物かい!?良い物あるよ!」

「ははは……」


 店主に絡まれているが。そこはハッキリと違うと言えよ。貴様、妹の事を言えぬと申すか。


「コイツ俺の妹と付き合っているんですが。土産選びに自信が無いからって、こっちの友人に選ばせてるんですよ」

「おっと!そいつはすまねぇ!ちょっとおまけしておくから簡便な!」


 なので横から口を出させてもらった。

 セイシュウは口には出さずに感謝の念を目で出してくるし。これにはクロルさんも苦笑いだ。


 結局、リンドウの髪に似合いそうな髪飾りを買っていた。青い花を模ったそれは結構値が張ったが。おまけに一つ付けてくれるというので、クロルさんにも飾りを送る事にした。勿論連名でだ。


「いいんですか?ありがとうございます!」

「こっちに来てから世話になりっぱなしだから、遠慮なくもらってください」

「そうですよ。僕たちのほんの気持ちです」


 ここでの買い物はこれで終わった。俺は特に心惹かれる者は無かったので冷かしに終始したが、結構な値段の物が露店に並んでいるのは驚いた。


 それだけ治安が良いのだろうか。ここは確か前読んだ本によれば「兵士の質が悪い」とか書いていたのだが。


 少し視線を周囲に散らしてみると、この広場だけ兵士が多く並んでいる。


 そういうことか。俺は一人納得して二人と共に次の通りへと向かった。


「皇都に来たらコイツを食わねぇと始まらねぇ!超甘味飴饅頭だぁ!」


「こっちの卵芋なら蒸かしたて!今すぐホッカホカのホクホクが楽しめるよ!」


「南西地方が原産のお茶だよ!産地直送炒り茶葉だ!」


「旨いよ美味いよ!ウチの肉詰めは美味い!」


 食べ物の屋台が多い通りに来た。ここでなるべく沢山入った土産が欲しいな。皇都饅頭でもあれば話が早いのだが。


「クロルさんちょっと」

「なんですか?何でも聞いてください!」

「皇都饅頭とか無いかな?」

「えーっと……お饅頭ですか……」

「アロンさん、まさかお饅頭を土産にする気ですか?腐りませんかね……」


 こっちに来て長いクロルさんに聞いてみたが、この反応だと期待できそうに無いかもしれない。

 セイシュウも呆れた視線になっているが。そうはいってもなぁ、お土産と言ったら饅頭だろう?


「うーん……故郷の皆さんに振舞うなら、日持ちする物の方が良いですね。干菓子とかどうです?」

「干菓子?どんな物です」

「砂糖とかの粉に色を付けて固めたお菓子です。美味しいですよ」


 興味を惹かれたので、売っている店に案内してもらった。

 どうやら老舗の菓子屋が出している売り場の様で、比較的安価な品が置いてある。


 店番に立つのは若い職人の様だ。こっちを見て愛想のいい顔をしているが。のんびりした雰囲気の男だ。


「土産用の詰め合わせあります?」

「あるよー三月は持つやつ。幾ついる?」

「取りあえず十個。個別に包装頼めるか」

「ちょっと手間賃貰うけど」

「かまわん」

「あいよー試食でもして待ってて」


 話してみると驚くほどスムーズに話が終わった。試食用にと出された切れ端をつまんでいると、心配そうな顔の二人に問いかけられた。


「アロンさん?そんなに早く決めていいんですか!?」

「まあね。ちょっと世話になった人達用だし、これくらいがいいよ」

「ここは良いお店ですけど、もう少し見て回ってもよかったのでは?」

「そうは言うがなセイシュウ。これ美味しいぞ。じいさま方には丁度いいと思わんか」


 そう言って奴の口に切れ端を放り込んでやる。口を動かしてすぐに頬が緩んだので奴の負けだ。


「そうですね。確かに美味しいです」

「だろ」

「まあ、気に入ってくれたのなら良かったです!」


 クロルさんも一つつまんでニコニコしている。

 干菓子は酸味の無いラムネの様な味がした。しっとりしていてほのかに甘い、外見も花や月、動物を模していて華やかだ。


「できたよー」


 試食を楽しんていたら包み終わったと声がしたので代金を払う。十個も買うとそこそこしたが、これなら皆も喜ぶだろう。


「ありがとう。機会があればまた来るよ」

「まいどありー本店の方もよろしくおねがいしまーす」


 間延びした店員の声に送られて、俺たちは店を後にした。

 ここは食品系統の通りの最奥になる。緩やかな坂道に沿って店屋が並んでいたのは中々に壮観だった。


「やっぱりあそこは特に賑やかなんですね」

「そうですね。日中は商人の方々と観光のお客が特に多いです。でも、夜も負けていないですよ。たまに武芸者同士の小競り合いがありますからね」

「少し疲れたな。そこで一息つかないか?」

「いいですね。じゃあ、僕が何か買ってきます」

「お願いします!」


 大分上ったり下りたりしたので、少し休憩を挟むことにした。

 飲料を竹筒で売る店で茶を三つ買い、路上に設置されているベンチで休憩する。


 三人で並んで座っているわけだが、会話があるわけでもない静かな時間だった。


 中腹よりも少し下になるだろうか。当然のことだがここから見る皇都の町は、活気も人の数も故郷をはるかに超えている。今日この買い物の話だけで土産話になるのではないか。


 一息ついたが。風呂敷に包んでもらった菓子の重さはそれほどでもないが。場所を取るので道場に戻る事にした。


 帰り道も幾人かの兵士と武芸者を見かけたが。互いに一礼するにとどまり、特に揉め事も無く帰還できた。


 父は屋敷の人に土産を用意してもらったらしく。その検品をしている途中だった。

 セイシュウの土産は褒められていたのに、俺のまとめ買いには呆れているのはどういうことだ。全くもう。


 今日はこの外出の後、荷造りをして早めに休んだ。明日はとうとう故郷へ戻る。顔に着いた傷に関してはどう説明しようか。

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