第26話「話し合い。準備完了」

 集会所の談話室にある窓から夕陽が差し込んできている。そろそろ夕暮れだ。

 夕陽に照らされ、皺に影が差し始めたるご老人たちの表情は硬い。俺の言った後継者の名前が、彼らの望む名ではない事がそんなにショックだったのだろう。


 その様を見ながら飲むお茶の味は変わらない。しかしちょっと時間がたって冷めてきていた。

 ココイにおかわりを入れてもらっている間に、思考の整理が出来たのか数人ぽつぽつと口を開き始めた。


「若、本当にそれで納得しているのですか」

「確かにセイシュウは中々の男。しかし、貴方を押しのけてまで後継に据える器とは思えませぬ」


 早速、自身の不服を俺への気遣いで包み込んで問いかけてきた。いっそのこと心中の不満をさらけ出してくれれば、こちらももっと我がままに断れるのだが。彼らはあくまで俺の将来を心配してくれているのだ。


 もしくはその本心に気づいていないのかもしれない。それはそれで厄介だ、したり顔で指摘すれば最悪血を見かねない。


 あくまで俺が自身の都合を優先するためにこの結果を受け入れたと納得してもらう必要がある。


「まあまあ。落ち着いてくれよ爺様方。これは俺にとっては願ってもない事だぜ」


「と言いますと?」


「これで遠慮なく長旅が出来るから。修行し放題だ」


 出来るだけニヤニヤと表情を作って言ってみたが。未だ彼らは眉間にしわを寄せていた。手元の湯飲みを傾けながらも、その口元は厳しく引き締められている。


「それはそれです。若が腕を上げることは望ましい事ですじゃ。しかし……」


「我々は貴方こそが次代の当主に相応しいと手を尽くしてきましたからのう。その決定に締め出しを食らっては、どうしても腹に決めかねますのぅ」


「まあ、そういう事じゃな。まさか皇都での立ち合いを陛下がご照覧なさるとは思わなんだが。若は敗れた訳ではないのじゃろう?」


「そうだな。良い所でちょっと邪魔が入った」


 予定を超える皇都滞在の理由として。妖魔騒ぎの事は父が手紙で伝えていた。余計な事さえ書かなければ、軽い検閲を済ませておけば良かったらしい。


 なのでここの面々も俺が妖魔との戦闘でしばらく南西部へ飛んで行ったことは知っている。

 俺の傷はその帰る道中で付いたものだと考えているのだろう。


「それでは益々納得しかねますな。貴方に明確な欠点が無い限り、此方も引く気になれませぬ」


「俺が当主をやる気がない事は、初めから言ってあるはずだけど?」


「それはそうですじゃ。じゃがあまりに惜しいではありませんか」


「若は間違いなく歴史に名を残せる器じゃ。それが無官では、格好がつかん!」


 段々と爺さん方の言葉に熱が入り始める。どうやら彼らには俺が英雄の卵に見えているらしい。驚くほどに見る目が無い。

 今まで俺がやってきた散々にしょうもないイタズラや、無断で行った事件で叱られている場面を、どんな目で見ていたのだろう?


 正直、俺は今でも精神年齢が見た目程度の自己認識でいる。公的機関の顔も持つ名門流派の長の座は向いていないと自覚しているのだが。この爺様たちにはそれもこれも好印象になっているのだろうか?


「あのさぁ……俺、本当に向いてないと思うんだよ。正直、父上のやってる仕事とかやりたくねぇもん」


「それこそセイシュウやらロウの奴に手伝わせればよろしい。勿論、儂らもお手伝いいたします。貴方様にはそれを率いる将器を発揮してもらえばいいのです」


 堂々と人に仕事を押し付けろと言われて。今度は俺の眉間にしわが寄る。

 そんなつもりで言っているわけでは無いだろうが。それで俺が納得する人間だと思われているのは、身内とはいえ少々不愉快だ。


 確かに今までの態度からそう思われても仕方ないが。それを口に出されては一言言わせてもらわねばならない。


「一度引き受けておいてその態度は、それこそ不義理だろうが。皆は俺がそんなことをする無責任で身勝手な奴だと思ってるわけ?」


「いやいやとんでもない!すまんのう、少し口が滑ってもうた」


「デイムも悪気があって言うた事では無いんじゃ。ここは流してくれんかのぅ……」


 此方がちょっと剣呑な雰囲気を出すだけで、さも反省している様な顔で引いていくのは何時もの事だ。これで俺が引き下がると思っている。

 しかし、今回ばかりは引く気は無い。なので非を認めているこの機を逃さずに話を詰めてゆく。


「俺じゃなくてもセイシュウなら上手くやれると思うけど」


「それでは若がもたらすであろう利益を、当流の未来に還元しきれぬではないか」


「折角儂らが手塩にかけて育てたというに。その結晶である若が相応の官位を得られぬのは、儂等の面子にも関わりますな」


 とうとう言い切ってきたなこの爺様。しれっと師匠面しやがって。アンタらに面倒見てもらった事はほぼ無いわ。


「まさか、爺さんたち。自分のおかげで俺が成長できたと思ってる?」


「そりゃあ勿論じゃ!」「うむ!」「むしろ、若こそ覚えておらんのか?」


「いや……覚えてるも何も。教わった覚えがねぇよ!」


 思わず声を上げてしまったが。そもそも本当に覚えのない事なので、否定させてもらわねば。記憶にない事で貸しだと思われても困る。


「なんと!忘れていたのですか!」「まあ、そうでしょうなぁ……」


「儂がまだ幼い若のおしめを取り換えて差し上げたというに!」


「儂など若が初めて立った所に居合わせたのですぞ!」「それは儂もじゃ!」


「三つの頃、クロンに連れられて鍛錬を始めるまでは。儂等の方が面倒を見ておったのじゃ!」


 ここにきて今日一番の熱気で語られたのは。俺の記憶が戻る前の思い出の数々。

 確かに言われてみて、思い起こしてみれば。おぼろげに浮かんでくるのはここに居る爺さんたちの少し若い顔の数々。


 すっかり忘れていたが。確かに幼少期に面倒を見てもらったのは、嘘では無い様だな。それが今回の話にどれだけ関係あるかと言うと、それほど関係ないけど。


「いや……それとこれは関係ないじゃん……メチャクチャ昔の事持ち出されてもなー……」


「昔という事でもないじゃろ。ほんの十五年ちょっと前じゃわい」


「本当に、時の流れは速いのう……。ついこの間、よちよち歩きの赤子であった若が、もうこんな武芸者になって……」


 そんな言葉で、周囲の俺を見る視線が生暖かい物になっていった。これだから後方祖父面共は……。


 会話の方向性がすっかり親戚の集まりみたいな雰囲気になり。緊張がほどけてしまったので、この後の話し合いはとんとん拍子に進んでいった。


 幾つかの問題をすり合わせ。時たま俺が宥めたり、賺したり、おねだりしたりしていった結果。今回の事は次のように落ち着いた。


・俺の後援者たちはセイシュウの後継者就任を認め、今後はそれに向けて協力する。

・当主である父クロンにも、これまで家中を騒がせたことを謝罪しておく。

・しかし、セイシュウから協力を持ち掛けられない限りは手を貸さなくていい。


 一見して彼らには得の無いもろもろだが。その代わりに俺へ幾つかの要件を付けられた。


・修行で外部に出た折、相魔灯籠流の評判を高める活動を挟む事。

・武林所ではなるべく他流との試合や、妖魔退治などの武名を挙げる依頼を探す事。

・見込みがありそうで、他所の手を付けられていない若いのが居たら当流を紹介する事。


 思いっきり宣伝塔扱いだ。まあ、別に困るほどの縛りではないので受けるが。

 その場で紙を用意し、上記の項目を記入した後で。俺と後援者一同の名を連ねる。それを父に提出する事で、今回の事態は解決に向かうだろう。


「やれやれ……爺さん方のおかげで、忘れたかった子供の頃を思い出しちまった」


「ほっほっほ!儂等の老後の生きがいですからのう!今後もしっかり楽しませてもらいますぞ!」


「ああ、これからしっかり楽しませてやるから。長生きしてくれよ!」


 すっかり夜も更けて、空の色がゆっくりと夜に染まるころ。やっと話しあいが決着し、集まっていた面々も帰宅し始める。


 こっちの話に最後まで付き合ってくれて、要望を飲んでくれた事には素直に感謝しているので。集会所を出る皆を見送っていた。


 最後の一人が、迎えに来た孫に手を引かれ、にこやかに笑いながら手を振るのを送り出し。管理人のココイとも一言二言交わした後。俺は家に戻った。




 それから数日。セイシュウの後継者就任の知らせは、娯楽の少ないロジナの町にあっという間に広まった。

 唯一の懸念点である俺ことアロンの支持層は。予め話を取り付けていた事によって大きな反発も無く。元々、仲が悪いわけでは無い両派は、議論の原因が無くなったことで、それ以前の関係へと回帰していった。


 それまでどことなく冷えた雰囲気であった道場も。かつて俺が幼い頃にあった温かみのある空気を取り戻していっている。


 これで後顧の憂いを片付けられた。俺も早速、修行の旅に出るべく方々の情報を収集していた。


「じゃあ、東の方に行く依頼は少ないのかー」


「そうだね。今は種まき前の行商は皆皇都の方へ行く。アンタのお望みの方面へは出る奴は少ないだろうね」


 ロジナの武林所を仕切るのは、ウチの門弟で元武芸者のバレンシャさんだ。

 妙齢の美人で、その長い黒髪と涼やかな目元に魅せられたファンが後を絶たない。


 彼女に聞いていたのは。東方方面へ向かう馬車の護衛依頼の有無だ。


 先日の事件で南西方面へは訪れたので。今度は逆方向へ行ってみようと考えていたのだが。その目論見は早くも崩れた。


 ここ数日で、ここら辺も大分暖かくなってきた。この国の冬は厳しく、各地方で冬ごもりの間に生産された工芸品などを皇都でさばき。その金で故郷へ様々なものを持って帰るのだ。


 なので今、ロジナからも皇都行の護衛は募集しているが。よその地方行の馬車は特に出ていないそうだ。


「ここ数日はお目当ての馬車は来ないと見ていいよ。アンタが行きたい方へは、自分で定期便の切符を買う事をお勧めするね」


「えー……折角の修行だし。出来れば出費を控えておきたいんだよねぇ」


「走っていけ」


 砕けた口調で話しながらバレンシャさんは手酌で酒を楽しんでいる。俺の修行計画にも相談に乗ってくれたのだが。酔いながら建てられる彼女の推す道程は、ちょっと遠慮したいものが多かった。


 国境として機能している連山をなぞる様に横断するのは、ちょっと流石の俺でも死ぬと思う。


「まいったなぁ……バレンシャさんの言う通り走るかな」


「アンタそんなに東部に興味があるのかい?あそこに興味が引かれる物があったかねぇ……」


 確かに彼女の言う通り、東方面は交易の盛んな地域ではあるが。武芸者の好む修練場や遺跡などは少ない。修行で向かうには不自然に映る所ではある。


 だがしかし、いやむしろ、そういうところだからこそ俺の修行には丁度いい。


 妖魔戦では困った所は特にない俺だからこそ。今後の目的である「師匠の仇探し」や「対人経験稼ぎ」を得るには。人の多く集まる所が望ましかった。


 それも皇都やその近郊では得にくい。中央方面に反感を持つ武芸者の情報は、ああいう所でこそ得られると考えている。今の時期で動く人の流れに紛れれば、よくいる流れ者の一人として溶け込めるのではと見ていた。


「おーい!女将さんやい。ちょっと聞いてくれんか」


「あいよ。すぐ行くからお待ち」


 また一人武林所に立ち寄ってきた人が、バレンシャさんを呼んだ。


 彼女もそれに応じ、手元の酒を一息に飲み干すと、こちらに「今日はもう帰んな」と言って席を離れていった。


「わかった。じゃあ、また」


 此方も聞きたいことは聞き終わったので、軽く手を振ってから武林所を出た。


 引き戸から出た俺を小春日和の陽気が出迎えた。今日も平和なこの町では今、春に向けた準備をする人で活気にあふれている。


 家路に付きながら、自分の計画が少々杜撰だったことを自省した。


 さっきの話の通り、ここら辺では春になると皇都行きの人が良く通る。ロジナは林業と農業が盛んなので、皇都帰りの馬車はここで帰路の積み荷を調達して故郷へ戻るのだ。


 武林所の依頼を探してもらったのは、その馬車の護衛を買って出ることを狙ったものだが。まだ時期が早かったようで、要望に沿った依頼が入っていなかった。


 バレンシャさんもそのあたりを分かって俺に今日は帰れと言ったのだ。


 町の人も暖かい季節の訪れに色々と準備をしなければならない。危険な町の外で活動する時、場所によっては武芸者の護衛が必要になる。それを見越して父も門下生に協力することを推奨している。


 例年なら俺もそれに倣ってロジナの各所に足を運んでいた。皇都に行く前の畑の見回りなどはその代表だろう。


 冬ごもりを終えて腹を空かせた妖魔が、ちょくちょく農地の土を割って這い出てくる。不運な農民が寝起きの食事にされることは、この世界では珍しい物ではない。


 見回りの時期を終えて、今は畑づくりの時期に入っている。農地に牛馬が入るのでこの時期は肉食の妖魔が人里に近づいてくる。

 それもあって、この時期の護衛の仕事は武芸者達にとってもいい仕事なのだ。


 武林所に居た武芸者の数が少なかったのもそれらが原因である。


「ただいま帰りました」


「うむ。それで、どうだった?」


 帰宅して早々、父の書斎で上記の事を報告すると。呆れた顔でこっちの見通しの甘さを突いてきた。


「お前は本当に気分屋だな。もう少し下調べしてから行動しなさい」


「いやぁ……耳が痛い。全くその通りですね」


 頭を掻きながら父の指摘に同意する。書斎で向かいあって座る俺たち親子だが、父は今年の繁忙期前で今すごく忙しい。

 それに加えて俺の修行問題の話もしてくれているのはありがたかった。まあ、それは其れとしてこっちの都合も聞いてもらいますけど。


「今まで碌に遠出させていなかったのは、私が悪かった。しかし、この時期の事情はよく知っているだろう?」


「それはまあ。これでも俺は浮かれているんですよ。それこそ季節の風物詩を忘れる位に」


「全く……他に準備が出来ていない事は無いのか?出発してからでは遅いぞ」


「恐らくは大丈夫だと思われます。後は……そうですね、武器とか?」


「ふむ、武器か」


 父は書類をしたためていた手を止めて、此方へ視線を向けてきた。

 少し髭を弄りながら考え込む姿勢を見せたが。直ぐにこちらへ向き直ってこう言ってきた。


「なら適当に蔵から見繕ってこい。鍵はそこにかけてある」


「いいんですか?家宝でも何でも遠慮なく使いますよ俺は」


「選んだものは一度私に見せに来い。持ち出して良い物から選んで持っていけ」


 その言葉を待っていた。俺は喜び勇んで鍵をひっつかむと、父を残して飛び出る様に書斎を後にした。


 我が家の武器蔵は中々の逸品ぞろいだったが。今回の持ち出し理由は、俺の修行の旅に同行するお供だ。貴重な品は持ち出せないだろう事は承知している。


 定期的に手入れされていて黴臭くは無いものの。薄暗く埃っぽい蔵の中は、あまり長居したくはない。

 ここは少しだけ珍しく実戦で使いつぶしても怒られにくい物を選ぼう。早速、その方針で物色した結果。中々の品を見つける事が出来た。


 父にも確認したところ、色よい返事を頂けたので。今日は其れの慣らしをして終えることにした。


 その最中にリンドウやフェイロンとも遊べたし、結果論だが今日は実に良い一日と言えるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ファンタジー武術の達人はおせっかいを焼きまくる @guritto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ