第25話「帰還。お土産配り」

 妖魔の遭遇から一昼夜。予定から少し遅れはしたが、馬車は無事にロジナへと到着した。


 どんどんとなじみのある景色になってゆく車窓から、今更郷愁の念に駆られたりした。遠目に見える故郷の姿は代わりの無いもので。まるで時間が止まっている様にも見える。


 既に人通りも多い時間帯。周りの人や車両に気遣いながら、町の外縁部にある馬車の停留所に着いた。


「それでは、我々は明日の明朝に戻ります」

「短い間でしたが、旅を共にできて光栄でした」

「こちらこそ。あなた方との旅はとても快適でしたよ」

「「ありがとうございました」」


 御者の二人ともここでお別れだ。本来なら彼らもウチの屋敷で歓待すれば良いのだが。この後、襲撃の犯人を捜査することが決まっており。時間も惜しいらしく、彼らは一日休んだら直ぐ皇都まで戻るのだ。


 父は個人の裁量で渡せる額の「心付け」を渡していた。少しばかりのお礼だろう。

 彼らも最初遠慮していたが、少し問答をしてから受け取っていた。


「うーあー……」


 停留所に降り立つと伸びをして体をほぐす。道なりとはいえ、夜通しの移動は体に負担があった。いくら鍛えているとはいえ、座席に座りっぱなしはこわばるという物だ。


「さて、では屋敷に戻るとするか」


 父の号令の元、俺達は連れたって家の方へ向かう事にした。

 今は昼前位か、丁度人通りの多い時間帯で、それだけ知り合いに会う機会も多かった。


「あれ?ユエフェイの旦那じゃねぇか。戻ってたんか!」

「ホントだ。セイシュウと若もいる」

「皆にも教えてやろうや」

「おーい!おかえりー!」


 声を掛けられ、それに手を振る事で答えている内に、こちらを見る人の数が増えている。どうやらもう話は広がり切っているようだ。


 父も俺たち二人も、それを上手く捌きながら帰宅していくと。それほどかからずに家に着いた。


「これは先生。おかえりなさいませ」

「ああ、今戻った」


 門番の門弟に一声かけた父。その後ろについている俺を見た門番は、驚きのあまり声を掛けてきた。


「あ、アロンさん!?」

「どうしたんですかその傷は!?」

「ちょっとな。しくじって斬られちまったんだ」


 その答えに愕然とした表情の門番を置いて。俺達はやっと屋敷に戻れた。

 玄関では既に知らせが届いていたのか。母と皆による出迎えが来ている。勢ぞろいだ。


「おかえりなさい皆。まずは旅の埃を落としてくださいな」

「ただいまアニファ。そうさせてもらうよ。流石にクタクタだ」


「おかえりセイシュウ。お疲れ様」

「ただいまリンドウ。会いたかったよ」


「アロン兄!?どしたのそれ!?」

「あー……いろいろあったんだよ」


 玄関先でガヤガヤと騒ぐのも行儀が悪いので、父が一時解散を言い渡した。


 それに従ってわらわらと移動を始める皆を見ると、たった一月程度の時間で変わっていない事に安心を覚える。とりあえず俺を含めた三人は浴場へ、他のみんなは荷物の仕分けなどを行う事になった。


 本で知ったが、この世界でも入浴の習慣はある。少し大きな集落には、大体公衆浴場が備え付けられているし。水が豊富なのでお湯も交換される。


 お湯を沸かす熱源として、道術を扱う道士の存在がある。たまに人里へやってくる彼らは、幾らかの資材と引き換えにその知識の一部を授けてくれる。

 それは冷気を放つ術だったり、妖魔よけの結界だったりするが。その中に熱を生み出す術式があった。


 これらの技術は国が管理し、その恩恵を国民に還元している。それによってそこそこの資産を持っていれば、自宅にも浴室を備え付けられるようになったのだ。


 我が家の浴場は大勢の門下生も使う事が想定された造りなので結構大きい。


 木と石で出来た前世の温泉施設を彷彿とさせる造りで、温水を作る施設がすぐそばに添えつけられている。そこから暖かいお湯を引き入れるのだ。


 久しぶりの我が家で入浴だ。


「ふぅー……」

「あ”ぁー……」


 身体を洗ってから湯船につかる。この気持ちよさは、異世界だろうが全く変わらない。


「やっぱり、家の風呂が一番落ち着くなー」

「そうですねー僕もそう思いますー」


 全身を包み込む湯の温度によって、身体がほぐれてゆくのが分かる。出先では出来ないほど気を抜いてリラックスする俺を見て、セイシュウもやっと気が楽になったようだ。


 父は一人でジッと湯に浸かっている。元々一人で楽しむ人だから、別に機嫌が悪いという訳ではない。


「相当長い間出かけていた気がするけど。一月程度しか経って無かったんだな」

「色々、濃い出来事が連続しましたからね。そう思うのも無理ないです」

「まさか、空の旅をする事になるとはなぁ……」

「見ているこっちが生きた心地がしませんでしたよ……」


 湯船で取り留めのない話をする時間を楽しんだ俺たちは。父に促されるまでゆっくりと旅の垢を落とした。


 さっぱりした後は、少し知人たちにあいさつ回りに出る予定なので。予め買っておいた土産をもって、再び町へ繰り出した。




 三歳に記憶を取り戻してから十五年。生まれ故郷であるロジナの町を知り尽くした俺なので、土産配りの最短ルートはすぐに見当がついた。


 ウチの道場は町の外れに立っている。これは防衛上の都合で決まったらしいが。町人からは直ぐにばれるので、こっそりと町に遊びに行くには都合が悪かった。


 今回は町の知人たちに土産を配るという事で。なるべく一本道になる様に道程を定めた。


「えーっと……武林所は後回しで。あっちとこっちに逸れるか?うーん、右回りなら大体行けそうだな」


 歩きながら方針を決めた俺は少しかさばる荷物を持ち直す。最初の目的地にはそれほどかからず着いた。門下生で俺の友人であるロウの実家の焼き物屋だ。


「ごめんくださーい!」

「はーい!ただいまー」


 この店は自前の窯を持つ店で、製造と販売を同じ店舗で行っている。店頭にもいくつかの焼き物の器が、値札と共に重ねておいてある。


 店の前には誰も居なかったので、驚かせないようにするために一声かけた。間延びした俺の声にこたえてきた店員は俺の顔見知りだった。


「あら、まあ!アロン坊ちゃんじゃないか!帰ってたのかい」

「どうも。さっき戻りましてね」


 ロウの母親であるべリンさんが出てきた。この人は元々ウチの門下生で、ロウの父親であるホウルイさんに嫁入りしたのだとか。

 背丈も高く、筋骨隆々な体格は。息子のロウにもしっかり遺伝している。その上に作業着を纏うと焼き物屋の女将と言った風格だ。


「そう、じゃあどっちが跡継ぎになったのか決まったのかい?」

「はい、そうですね。遠からず父から発表されると思いますよ」

「そうかい。アンタも男前になったじゃないか。どうしたんだいその耳は」

「少々面倒ごとに巻き込まれまして。ちょっと痛い目を見ました」


 自分の顔をなぞって、俺の顔に着いた傷を指摘するべリンさんに。俺は適当に流した。これに関してはまだ決着が付いていないし、やたら情報を漏らすのは得策ではない。


 傷に関しては出来るだけ終わった話と言うていで、早速本題に入る事にした。


「今日はですね。皇都の土産を持って来たんですよ。これをどうぞ」

「おや。お菓子かい。ありがとうよ」


 そうして荷物の中から干菓子を手渡すと。べリンさんも笑顔で受け取ってくれた。


「結構、長持ちするらしいので。お茶と一緒にどうぞ」

「いいねぇ。ありがたくいただくよ」

「ロウはどうしてます?」

「今日は旦那と子供たちで窯についてるよ。あたしは店番さ」

「成程。ご苦労様です」


 どうやらロウは家業の手伝いに出ているらしい。邪魔をする気も無いので、軽い伝言だけして俺は店を後にした。


 この調子で俺は町の各所にある付き合いのある所へ土産を配り歩いて行った。

 さっきの焼き物屋から始まって。八百屋、雑貨屋、薬屋、酒屋、公衆浴場、兵宿舎に武林所、木工所と回ってゆき。いよいよ最後の場所になった。


「よう、ココイ。爺さんたちはいるかい?」

「アロンか、よく戻ったなお帰り」


 道場から少し離れた所に小さな集会所がある。町の外れに建つこの建物は、仕事を引退して暇を持て余す地域の老人が屯する、一種のたまり場として貸し出されている。ここが最後の目的地だ。

 集会所の入口で、管理人をしている知り合いに声を掛けて中へ入る。俺はほぼ顔パスなのだ。


「おーい。爺さんたち、アロンさんのおいでだよー!」

「おお!若様が。よく戻られた。ささ、こちらへどうぞ」


 平屋の一戸建ての中は広間と仮眠室、それに小さな給仕室と厠が備え付けられた物だ。結構いい物件だと思う。


 ココイを連れて屋内に入る。彼が俺を広間へ通すと、中の人たちが俺を歓迎してきた。


「皆さん。アロン様がお戻りになられましたよ」

「おお」「それはそれは」

「早く席に」


 広間には十人ちょっとの老人たちが、円座になって座っていた。

 各々、お茶と適当な茶請けでくだを撒いているのだが。俺の姿を見つけると、やたらと愛想よく迎え入れてくる。いつもの事だがやたらと好意的で居心地が悪い。


「じゃあ俺は外に戻るよ」

「ありがとうココイ」


 室内に俺と爺さん連中だけになると、彼らはとんとん拍子に俺の歓迎を始めていった。

 促されるままに上座へ通され、お茶を出されたので。ここまで歩き詰めの所だったので、ありがたく飲んで一息ついた。


 その間も彼らの視線が俺の耳元に集中している。本題に入る前に説明するべきかどうか、考えているうちに向こうから聞いてきた。


「若様。その傷はどうされました?」

「まさかあの小僧めに不覚を取られましたか」


 彼らのほとんどは、どうにもセイシュウが気に入らないらしい。事あるごとにあいつの出自やら何やらと嫌味を言ってくるのでいけない。

 それで父に怒られて、その愚痴をここで言い交わすのが彼らの日課なのだ。


「何だ爺さんたち。日頃、俺を天才だ何だと言っておきながら。セイシュウに耳を取られる程度の男と考えてたのか」


 そう言いかえすと、バツが悪くなった老人たちの何人かは目をそらして誤魔化した。


「これは武芸者相手の立ち合いで付いた傷だよ。セイシュウの付けた傷じゃない」

「立ち会ったのですか。どこの者です?」


 返答に対して疑問に思って当然の質問が来た。ハルワキと武王衆の名は、皇都で行われた聞き取り調査の折に、役人の方々に伝えているのだが。その時、必要以上に吹聴する事は控える様に言われている。


 今回の事件は調査対象がどれくらいの勢力なのかがわかっていない為。むやみに調査中の情報をバラまくことが憚られたのだ。


 なので、俺の耳を斬り飛ばした相手の事も詳しく説明することが出来ない。しかしながら、それで納得する人たちではないので。今回は権力で誤魔化すことにした。


「皇帝陛下の下知にて行った業務の途中でちょっとな……」

「は、はあ……」

「それに関しての事はあまり口に出さないように言われているんだ」

「成程そう言う事ですか。それは大変でしたね」


 どうやら深く話す気が無いと分かってもらえたようだ。

 都合よく話が途切れたので。俺はここへ来た目的を果たすことにした。


「今日は皆にお土産を持って来たんだよ。ほら、これ。皇都で売っていた干菓子だよ」

「まあ、ありがとうございます。いいんですかな?」

「まあね。一応、日ごろから世話になっているからね。遠慮なくいただいてくれ」


 箱ごと渡すと、一人が受け取って給仕室の方へ持って行った。どうやら選んだ品は皆のお気に召したようだ。


 お菓子も渡して、ここへ来た目的も果たしたので。ここからは俺の勝手なお節介をさせてもらおうか。


「ついでに一つ。爺さん方に頼みたいことがあってさぁ」

「おや、これは珍しい。若が儂等におねだりとは」


 頼み事と言うことで、彼らの視線が再び俺に注がれた。

 普段から小言を貰ってばかりの俺は、彼らには手のかかる子供と思われている。一応、前世を込みで考えれば三十近くになるのに。


 その俺が素直に頼みごとをしてくるとなれば、きっと一度は興味を引くであろうとは考えていた。ここまでは狙い通りだ。


「実は皇都での諸々で経験不足が自覚できてな。ちょっと修行の旅に出たくなった」

「ほう、それはいい考えですね」

「儂も若いころは微かな縁を頼りに方々を巡ったものですじゃ」

「お主は勝手に出て行ったんじゃろがい」

「そうですねぇ。武芸者たるもの一度は見分を広げる必要はあると思いますよ」


 話を切り出したところ、おおむね好意的な反応が返ってきた。彼らの琴線に触れる話題から出したのは正解だったな。


「おおよその予定としては一年くらいかけて国内を回りたいんだけど。特に目的地とか無いし、おっちゃん達の遠くに住んでる友達とか知り合い紹介してくれない?」


 これは帰り道で考えていた事だった。修行の旅なので一応の目的地を決めておきたいが。本で読んだだけの俺では、現地の実情を知る事は難しい。

 なので多少古い情報だろうが、彼らに教えてもらうついでにその繋がりを利用させてもらおうと目論んだ。


「うーむ……お役に立ちたい所なのじゃが……」

「儂等の知り合いとなると、まず生きておるかの話になるのう」

「やっぱりかー」


 これには難色を示された。まあ、言っている事はそりゃあそうだと納得するものだし。もとより有れば良い程度の期待しかしていなかったのでこれは別に良い。


「まあ良いよ。有名どころを回りながら、目についた方へ寄り道するのも面白そうだ」

「若はそちらの方が向いてそうじゃのう」

「それだと何時帰ってくるか分かったもんじゃないぞい」

「儂等のお迎えが先に来ちまいそうだ」

「違いない!」


 ワッハッハと部屋の中が笑い声で埋まった。言いたい放題言ってくれるな。俺だって昔よりは自重という物を覚えているんだぞ。昔みたいに師匠の元で夜明けまで修行したりはしないし。


「それで何時頃に出るおつもりですか?」

「出来れば数日中かなー」

「はい?」


 さり気なく聞かれた事を答えてみたが。当然のように聞きとがめられてしまった。それまで談笑の空気だった室内に緊張が走る。


「それでは、もしや……」

「後継者はどうなさった!?」

「セイシュウに決まっているぜ。陛下の前で宣誓したから間違いない」


「「「な、何ぃー!?」」」

 次の瞬間、怒声が部屋を埋め尽くした。さて、ここからが本番だ。


 俺は度肝を抜かれた爺さん連中を見据えて、説得に入る為気を引き締めた。

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