第4話「出立の朝。物珍しきこの世界」

 出発の日、晴れ渡る空は未だ日の出ない青紫の色が広がり、雲は少なく本日の晴天を予感させている。


 早朝の為、見送りの数もそこそこに屋敷を出た俺たち三人は、ロジナの町の端にある乗合馬車の駅で出発を待っていた。


 朝早くから駅には多くの人々が行きかい。各々の乗る馬車を目指す人、弁当売りとその客、警備の兵士、馬車の護衛に雇われた武芸者、乗車券売り場を探す者など。ちょっとしたお祭り騒ぎの様相だ。


 参列に必要な衣装や装具、世話になる宿への手土産など。こちらの荷物も結構な量になるので選ばれた乗合馬車だが。ここまでの人込みを許容する必要があるのなら別の手段を探せばよかったと、俺は今激しく後悔している。


 早起きも手伝ってすでに気力がモリモリ減っている俺をよそに、これが初めての遠出になるセイシュウは、見るからにソワソワ、ワクワクして楽しみなのが隠し切れずにいた。


 この男。住み込みの門下生になる前の記憶が無いという、どこかの主人公みたいな前歴を持っていて。町で持て余していた所を父に引き取られている。


 なのでその息子である俺に対しても、いちいち遠慮した態度や畏まった物言いが目についたので、事あるごとに構って面倒見ていたら。いつの間にか妹にその役目を奪われていた。


 今思えば、アレが二人の恋の始まりだったのかもしれない。


 いつもより顔が引き締まっている父の服装も。いつもの着流しを改めて、完全に余所行きようの気合が入った正装になっている。金糸とか刺繡が入っている上着が目立ってしょうがない。


 俺たちはまだ弟子、門下生の身分なのでそれなりの品で許されるが。当代当主である父にはそれ相応の格好が求められている。


 派手ながら上品を逸脱しないデザインも、認定流派の中でも名門といわれるウチの事を主張するためには必要不可欠な事なのだろう。


「そろそろ皇都方面の馬車が出るころだな。何番の停留所かは聞いているか?」

「はい先生。こちらの乗車券に記載されています」


 そう言ってセイシュウの差し出した手には。「五番」と刻まれた一等車両を表す飾りが付いた乗車券があった。


「うむ、ではあそこか。行くぞ」


 遠目に映る看板に同じ番号を認めた俺たちは滞りなく停留所へ向かい、厳めしい顔で確認作業をする係員に案内されて馬車に乗り込んだ。


 こっちの世界の馬車は、そもそもこちらの馬が頸力を扱える関係上、積載量も増大していて。前世の大型バスを横に二台並べた大きさを持つ馬車を二頭立てで引いている。


 馬車の内部は相応に広く。廊下をはさんで三部屋ずつ、全部で六部屋の個室があった。


 乗る際に告げられた部屋に入ると。値段も高い分相応に室内も凝っていて。壁のいたるところに彫刻が施され、床には敷物が敷いてある。


 揺れ対策なのか固定されている机と長椅子にちょっとした寝台と、くつろぐには十分な家具が備え付けてあり。窓からは外で蠢く群衆がはっきり見えた。


「ふぅやっと一息付けますねまさかここまで窮屈な思いをするとは」

「そういうなアロンこの人の営みもわれわれ武芸者が守るべきものの一つなのだ」

「そうですね僕もここの熱気は好ましく映りました」

「はいはいわかってますとも」


 部屋で談笑していると、しばらくしてカランカランと鐘の音と共に「五番、発車します!」との声が聞こえてきた。


 少しの揺れと馬の嘶きを合図に足元が揺れ動き。馬車が動くのが分かる。


 窓に映る景色はあっという間に人込みを置き去り街並みを終え、広大な平原とそこに点在する森に畑と、良く親しんだ故郷の景色を映し出していく。


 こうして我々は故郷ロジナを後にして、一路皇都への旅へ出発したのだった。




「うーん……久方ぶりかと思って油断した……気持ち悪い……」

「先生、お薬をどうぞ。奥様よりお預かりしています」

「うむ……ありがとう……うっぷっ……」


 出発してから約半日。ひたすら流れてゆく風景にも飽きが来た頃、父は乗り物酔いに苦しんでいた。


 こればかりは体質もあるのでしょうがない。更に父の場合、自らがビュンビュン飛び回れるのもあって、自分の意思ではない揺れに弱くなっているのも作用している。


 寝台に横になりセイシュウからの介抱を受ける父の姿を見ながら。俺は持参した本を流し読みして時間を潰していた。


 こっちの世界で紙の本が流通しているのは数多い幸運の一つだった。

 もう一つ付け加えるなら、識字率の高さもだが。我が祖国は大変文明的な発展をしている。


 言葉を学びなおすのに時間を要したが。それに見合う十分すぎる恩恵もある事から必死で勉強した。この世界の歴史や国の成り立ち、大まかな地名と調べる物にも事欠かない。


 一時期、師匠との会話から固有名詞や発音を抜粋し、照らし合わせることで情報を得ようと本を買い漁っていた事もあった。


 結局それは師匠の隠蔽技術によって適わなかったわけだが。その時に集めた資料は今でも俺の部屋に収めてある。


 武芸者も知識をつけるべきと言って他の者にも進めているのだが。その有用性は認められてもなかなか実行に移してくれる者は少ない。セイシュウ、フェイロン、ロウその他といった、俺と近い者にしか啓蒙できていないのが現状だ。


 まあ、それはともかく。今読んでいるのも部屋から持ってきた一冊で、題を「皇都巡業記」という。


 町の古本屋でまとめ買いした中にあった一品で。行商人をやっている著者ホダイが、皇都の各区域で商売をしたり観光した感想などが描かれている。


 ある程度はぼかされているが。特に態度の悪かった兵士のいる区域や、残虐な値切りを重ねた客のいる地区、スリやひったくりが出た市場の情報などお役立ち情報満載だ。


 特に良く出来ているのが。この本のオチが、著者ホダイの扱っていた商品が急にご禁制に指定され。這う這うの体で都市から脱出することになる様子が面白い。


 途中まで旅行記だったのが、一気に冒険活劇になってゆく描写はとても迫真に満ちていて。最終章で護衛に雇った武芸者に、懸賞金目当てに売られそうになったところは思わずニヤリとしてしまった。


 そして、これから実際に本の題材になった都市に行くともなれば。正直言って気乗りしない後継者問題での参列であっても、楽しく過ごせるだろう。


「ア、アロン。すまぬが、今のワシに細かい字を見せないでくれ……」

「おっと、失礼しました父上」


 どうやら父は、細かい模様を見ると余計に酔ってしまうタイプの人だったらしい。鞄に本を戻した俺は、とりあえずセイシュウの手伝いをすることにした。


 一応、俺も酔い止めくらいは持ってきているので。母が父に持たせた薬がなくなったら分けてあげよう。


 窓を開けて空気の入れ替えをしながら。俺は外の風景に少し緑が多くなったことを知る。


 もうすぐ最初の宿場町につきそうだ。




 センバード橋は遥か山脈から皇都の左方を通り内海まで続くグルウェイグ川を横断するために建設された石造りの巨大な橋だ。


 道幅は三十メートルを超え、異様なアーチ状の橋脚構造になったのは。時の皇帝が運河としても運用されるグルウェイグ川の利用価値を損ねないよう、大型の帆船が問題なく通行できる設計としたためだ。


 施工開始してから三十年。橋職人はおろか工兵も武芸者も動員されて建設されたこの橋は、航路と陸路の両立という無茶な要求を満たす運送の要衝として今日も多くの人と物が行き交っている。


 そんなセンバード橋は宿場町も兼ねていて、橋の両端にはいくつもの宿と馬車が軒を連ねている。


 故郷から出発した乗合馬車がここへ到着したのはお昼を過ぎてしばらくしてからだった。


 ここで一泊し、また同じ馬車で皇都を目指すわけなのだが。何とこの馬車では宿泊できない。必ずこの町にある宿に泊まらないといけないのだ。


 なかなか商売上手な事に、馬車の乗車券を見せれば割安で泊まれるという事なので。俺たち一行はそれなりに繁盛している宿に部屋をとった。


 「牛のまどろみ亭」という名の宿だが。残念な事に夕飯は牛肉ではなく川魚の料理だった。


 この世界は、微妙に前世の各文化と似た諸々が、入り混じった文明を織りなしており。それは食文化にも適用されている。


 要するに色んな味が楽しめるのだが。今日出会った料理は、その中でも特徴的な一品だった。


「先生。これは一体どうやって食べるのでしょう?」

「うむ。これはこう、手でむしり取りながらこのタレに付けてかぶりつくのだ」

「……こうですか父上」

「うむ。そうだ」


 まず、その料理は一人一尾の魚を出される。


 リューシャ―デンと呼ばれるその魚は特徴的な体をしており。なんとブドウのように身体に複数の房があるのだ。


 その一つ一つに内臓や卵などが入っているのだが。そのほとんどは筋肉で、房の先端にあるヒレを大きく動かして泳ぐのだそうな。


 勿論、その房は食べられる。しかも鱗を剝ぎ火を通せば身はむしりやすく、中に骨も少ない事から、煮込み料理から焼き物まで。リューシャ―デンはグルウェイグ川沿岸の名物として広く食べられている。


 なのでこの店では窯で丸焼きにして複数のタレを取り揃えて好みの味で楽しむのがおススメらしい。いい塩梅で焼き焦がされた房の見た目は、良い感じの大きさに整形されたフィッシュナゲットの様だ。


 実際、味は絶品だった。


 一見、白身魚特有の淡白な味かと思いきや、その脂が豊潤でなおかつ後に引かない。


 用意されたタレは。その味わいをより際立たせる塩系のものと、爽やかさを足す果実系のもの、濃厚な味つけを脂で開放するソース系に分かれていて、どれも甲乙つけがたい。


 ちなみに俺は果実系が好きだ。父は塩系で、セイシュウはソース系が好みだった。


 食事を楽しんだ後、一度部屋へと戻った。


 この宿は主にそこそこ稼いでいる業種を対象にしている店らしく。部屋の調度品を見てもその方針が反映されていた。


 そこそこ上手い風景画やちょっと形が歪んだ皿などが飾られている。武芸者向けの宿屋や、安い素泊まりの宿ではこんなものは無い。


 荷物を置き、完全に一息ついた俺たちだが。ここでもう一眠りしたいのをこらえて少し働く必要がある。あいさつ回りだ。


「ではアロン。私はセイシュウと共に向こう岸の道場へ参る。こっちは任せたぞ」

「了解です父上。セイシュウ、頼んだぞ」

「任せてくださいアロンさん」


 人が集まれば需要が生まれる訳で。当然この町にも武林所はある。


 そうすると何が起こるかといえば。我が流派にもあった派閥間の問題だ。


 人間三人いれば派閥が出来るなんて言葉があるように。人が群れると幾つかの塊が出来上がるのはもう習性としか言いようがない。


 それとうまく付き合う事こそ理性の証明でもあるわけで。我々武芸者達も、常人を超越した者同士で、ある程度は仲良くする必要がある。


 勿論、其処彼処に今すぐ血を見るようなアレコレが眠っているわけではない。


 ただ今回はそこそこ名門の我が流派が、当主とその後継者候補を連れて皇都へ参列するという事が問題だ。


 「おたくそんな大事な参列の時、うちに挨拶に来てなくない?俺ら舐めてんの?」という印象を相手にもたれる恐れがあるのだ。いやマジで。


 これはもうしょうもないが、しょうがない。相手もこちらも武芸者という商売をしているので、面子という物を無視することが難しいのだ。


 散々、地元では好き勝手している俺ですら、他所の土地ではお行儀良くしている事からも察しが付くだろう。


 武芸者は面子を理由に殺し合いができる。


 いくら腕に覚えがある俺でも、自分一人だけの命の問題ならともかく。その対象が家族はおろか住む町全域に広がると流石に話が変わる。


 ある意味皆の命を背負うわけだが。こんな形で知ることになるとは思わなかった。


 とはいえ、その挨拶自体はこれと言って難しい事ではない。ちょっとしたあいさつで終わる簡単なものだ。


 「こんにちは。○○流の△△です。皇都への参列の途中に□□流さんに挨拶に来ました」


 「こんにちは○○流の△△さん。お役目の途中にご丁寧にありがとう。お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 大体はこれで終わる。つまり相手を尊重している、敬意がある事を示せればいいのだ。


 なので後は挨拶の順番にだけ気を付ければよい。具体的には一番にその地域に根差した流派から、二番目は大きな武林所に顔を出し、其処からは好きなようにして良い。他の武林所を回っても文句は言われない。


 縄張り争いの様だが、実際そんなもんだ。


 今回は橋の向こう岸の方に、此処を守護する任を受けた流派が居を構えているので父とセイシュウが。こちらには武林所があるので俺が向かう事になっている。


 まとめて一群になっていかないと失礼な気もするが。ここへ滞在するのは一泊だけなのでこの程度で構わない。あまり仰々しすぎて先方に気を使わせてもいけないのが、あまりにもめんどくさいが、これも仕事だ。


 そんなわけで俺は夕飯時でにぎわう宿屋街を外れ、飲み屋が集う通りに建つ一軒の酒場へと入った。


 その店の前には大きな鐘が目立つようにぶら下げてあり。それには皇国の紋章である星と太陽、それに加えて「武林所」と文字が刻まれている。正式な認定所である証だ。


「いらっしゃーい!お一人様かい?それともご依頼?」


 店に入ると鼻に酒の香りが入ってきた。土間の通路の先にカウンター席が並び、丸机の座敷がそこそこある。


 店の中は一目で武芸者と分かる格好をした人でにぎわっている。それも中々使える人もいるようだ。流石人の流れが多いだけはある。


「いえ、こちらには通りがかっただけの武林の者です。店主殿にご挨拶に来ました」

「ああ!そっちのお客ね、わかりました」


 「店長ー!挨拶の人ー!」と良く通る声で呼びかける。若い女性の店員さんが発した言葉に反応したのは……三人か。どうやら彼らがここの主力らしい。


 少し観察されたが気にするほどではない。ちょっと目についた位の関心で、すぐに紛れた。


 それよりもこれからが本題だ。


 俺は厨房の方からやってくる気配を感じ、調子に乗って変なことをしないように自戒するのだった。

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