第5話「ご挨拶。がんばれセイシュウ」
「おう!お前さんがお客かい?」
俺の前にやってきた店主は、気配で感じた通り元武芸者の様だった。
厨房着に無理やり押し込めたような筋肉で膨れ上がった肉体に、体をなぞる傷跡の数々。欠けた耳、右目に走る刀傷、剃り上げた頭。
間違いなく元武芸者だ。引退してから顔役になったクチだろう。
「お初にお目にかかります。当方、相魔灯籠流当主クロン・ユエシェイが長子アロンと申します。今回、皇都への参列の途中、この地に貢献する方々の噂を聞きつけご挨拶に参りました」
畏まった言い方をしているが、初めての場所ではこの位丁寧にした方がいい。
今までの参列でご先祖や父はここに来たことはあるだろうが。俺個人は初めてなのだから。しっかりと自分は話が通じる奴アピールをしなければならない。
「ほう、相魔灯籠流といえばかの十二将「
当然、向こうは身分証明になるものを要求してくる。
誰でも武芸者を名乗れるのだから、その中には有名流派を語る詐欺師も一定数は湧く。それがどういう事態を招くのかを知らないとはいえ。魅力もあるのだ。
「勿論です。どうぞこちらをご確認ください」
そう言いながら俺は懐から家から持ってきた認可状の巻物を取り出し、相手に見えるように広げる。俺の名が記されているものだ。
この世界には紙の製法が確立している。巻物や製本技術も発達していて、各流派は個々人へ認可状を発行できるのもその恩恵を受けていると言える。
偽造対策は当たり前のように施されていた。わが流派の認可状はお抱えの道士が刻印する道術で描かれており。流派の紋章を中心に、所属する武芸者の名が美しく紋様に織り込まれている。
更に巻物へ自らの頸力を流すと、描かれている紋様に記載された自分の名が光る仕組みとなっているのだ。
かなりめんどくさい手順で作られているのが分かると思うが。しかもこれ、自分以外の巻物でもきちんと頸力を込めたそれぞれの名が光る。変態的な技術力だ。
「おお、これは確かにかの流派に許された認可状!大変失礼したアロン殿。センバードの武芸者は貴殿らを歓迎する」
そう言って店主は厳つい顔をゆがめて笑った。
周囲でこっそり聞き耳を立てている武芸者たちも、一連の会話でこちらに対する警戒を解くのが分かる。
とりあえずはこれで挨拶は済んだのだが。ここから一応言っておかなければならない事を告げておく。
「ありがとうございます店主殿。本来であれば当主クロンが出向くのが筋と思いますが。今回は一晩の滞在故、当地に居を置く
これは「歓迎してくれてありがとう。本当は一番偉い当主が顔を出すのが礼儀って知っているんだけど。ここには一日しか居ないから、公式にこの土地を任されている流派に挨拶しに行くことを優先しちゃった。許してね」という意味になる。
そう当主の長子である俺に言われると、向こうもそれを笑って許す度量が求められる。あちらの面子に一定の理解をした以上、こちらの事情にも気を使う必要があるためだ。
「お気になさるなせがれ殿。我らは同じ武芸者同士。縁があれば出会う事もあるだろう」
「お気遣い感謝いたします」
そしてこのやり取りで挨拶は終わりだ。
ちなみにこれは「ホントに気にしなくていいよ!でも、またここに来ることがあったらうちにも顔を出してくれると嬉しいな」だ。
これでもう用事は済んだのだが。すぐに帰るとまたややこしい事になるので、俺はまず一言断りを入れる。
「それでは、お仕事を中座させたままなのも心苦しく思いますので。私はここで……」
「それは名残惜しい。しかし、無理に引き留めるのも失礼か。せめてウチの自慢の一杯を味わって行ってくれ」
ここで進められたものを断るのは大変失礼に当たる。なので俺は勧められた一杯を飲み干して店を後にしければイケナイ。
もちろんこれは向こうの奢りだ。
「ではいただきます。……ふぅ……とても美味しかったです。ありがとうございました」
「それはよかった。では、またいつでも顔を出してくれ。その時も歓迎する」
俺はまた一礼したのち、店主に見送られながら店を出て通りに戻る。飲食店通りは人の波がだいぶ落ち着いているのが分かった。
今なら人が少ない。
俺は悠々と歩いて橋の見物に行くことにした。時間が空けば好きにして良いと父上からのお墨付きだ。
せっかく観光地に来たのだから少しは楽しまないとな!
足取り軽く聳え立つ大橋へ向かう俺は、背後についていた視線が完全に切れたのを確認すると、静かに人込みに紛れていった。
セイシュウ・フウビには六歳以前の記憶が無い。町の片隅で座り込んでいるのを保護された。
自らの名前しか覚えていない彼を引き取り、フウビという性と帰る家を与えたのは。当時、当主に就任したてのクロンだった。
勿論、町にいるみなしご全てを養っているわけではない。それは専門の施設があるし、そもそも役人の仕事だ。
セイシュウが屋敷に引き取られた理由は、幼い彼が拙いながらも頸力を操る術を身に着けていたからだ。
武芸者、それも特定の流派で修練を積んだものならともかく。力の制御が甘い怪力の子供と、そうでない子を同じ屋根の下で住ませることは難しいとの判断だった。
そうして始まった屋敷での生活だが。セイシュウは住み込みの門下生と同等の待遇で迎えられる。
早朝に他の門下生と朝稽古を行い、昼間は学業の合間に雑事と炊事に駆り出され、夜はまた修行を行い眠る。
遊びたい盛りの子供には酷な生活に思えたが。意外にもセイシュウはそれを良くこなした。
その理由としてまず、記憶の無い彼にとって屋敷での生活は当たり前の事だった。他と比べてどうこう言う発想すらなかったともいう。
それに加えて同じく住み込みの門下生たちが良くしてくれたのもあるが。何よりもセイシュウには当主クロンの子供たちの遊び相手として受け入れられたのが大きい。
当時、屋敷には「神童」と名高い長子アロンと長女リンドウに加え、末弟フェイロンが奥方の胎に宿り、もうすぐ臨月という時分だった。
屋敷の人員はその準備に追われていて。手間のかからないセイシュウは同じ年頃のリンドウに付けられていた。
そんな日々を過ごすうちに、セイシュウは次第に情緒も育まれてゆき、普通の子供とさほど変わらぬまで人格が形成された。
そのころになると彼の経歴不明からの疑念は晴れ。正式に流派へと迎え入れられた後に、誠実な人柄と当主一家に近い事も手伝い。次第に実力派の若手武芸者として認められていく事になる。
そんな彼は今、人生で上位に数えられる緊張に見舞われていた。
話は、師父であるクロンと共にセンバード橋近辺に根を下ろす流派「華扇群狼流」の道場へ挨拶に出向いた時まで遡る。
当主自らの訪問とあって挨拶自体は滞りなく進んでいたのだが。そばに控えていたセイシュウに話題が及ぶと雲行きが怪しくなったのだ。
「あら、それではそちらのお弟子様を後継になさるおつもりなのですね?」
「いやいや、それを定めるべくこの参列へ同道させているのですよラプス殿」
華扇群狼流当代当主はカービュ・ラプスと名乗るたおやかな婦人だった。彼女はどこか揶揄うような気安さでクロンへ質問を投げかけ、その答えに満足せずこう告げた。
「では、うちの者に彼の手前を見せていただけるかしら?後継に選ばれるほどの技のキレ、是非とも一度学ばせて頂きたいわ」
彼女の提案はそれほど常識知らずという事でもない。友好のための交流稽古は一般的に行われる。そして参列はその機会としては最もポピュラーなものでもあった。
しかし、それには両派の合意がいる。なので時間を理由に断る事もできる。
特別、看板に傷がつくことは無く。皇都での試合を控えている弟子を悪戯に消耗させる必要もないとクロンは判断し。断りの言葉を口に出す前に事が動いた。
そう。セイシュウという青年は大恩ある師父に例えどんなに小さい恥だろうと、それを被らせるという選択肢が存在しない男だったのだ。
「恐れながら先生。私も是非、この機会を糧にさせて戴きたく」
「セイシュウ……それは誰のためだ?」
「それは勿論わが流派の為。貴重な経験を持ち帰り、更なる研鑽に努めるためでございます」
「うむ……そうか……では、勉強させてもらいなさい」
「はっ!」
「まあ!なんて献身的なお弟子様なんでしょう!それではうちの道場へご案内させていただきますわ」
あれよあれよという間に段取りが組まれてゆくさまに、クロンは少し早まったかと考えたが。やたら張り切っている弟子を見て「まあ、いいか」と思い直した。
それは自慢の弟子がたやすく敗れる訳がないという信頼であり。自分たちが受け継いできた流派への自負である。
それはそれとして、ほんの少しだけ「この場にアロンが居れば、好きなさせたのになぁ」と考えていたのだが。幸いなことにそれは誰にも気疲れす胸中の中に消えていった。
セイシュウの相手は、華扇群狼流でも有数の使い手として数えられている若手ジョックが務めることとなった。
鍛え上げられた長身に、大小さまざまな大きさの扇を持つ姿は緊張を感じない。当人の表情にも気負いが見られない事から、セイシュウは想定以上の腕の使い手だと認識した。
広い道場で開始線を挟んで向き合い、双方開始の合図を待つ。
少し離れた上座にてラプスと並んで座るクロンの姿を認めたセイシュウは。師の前で技を競えることに、自分が高揚している事を自覚した。
(考えているよりも俺は先生が好きなんだな)
素性の怪しい孤児に帰る家と名乗る名をくれた師父に、セイシュウは深い感謝を抱いている。
その恩を少しでも返そうと奮闘する間にも、ユエフェイの家は彼に更なる恩を与えてくれていた。
愛する人と思いを交わせるだけでも望外の幸運だというのに、この家の人たちは更に大きな機会を与えてくれる。
だからこそ家族であるアロンと蹴落としあう事を望まれた、後継者選定の間は心苦しかった。武芸者で一番重要な、力で彼に劣っていると自分が一番理解していたからだ。
それとは関係の無いこの他流試合は、流派の武名を高めるいい機会ととらえ執り行わせてもらっている。
セイシュウはこの試合に勝つ気でいたが、それは相手も同様の事だった。
「それでは双方、三分勝負!赤セイシュウ・フウビ殿。白ジョック・スー殿。……始めっ!」
「ぜあぁっ!」「ふんっはっ!」
開始の合図と共に速攻で有効打を与えるべくセイシュウは飛び出した。
同じ時、ジョックも全身に持ち込んでいた扇を操作し、一斉に花開く。
バシィッ!
初手は防がれた。速さを意識して撃たれた拳は、幾重にも折り重なる扇に衝撃を吸収され無力化されたのだ。
「やるなっ!次はこちらから一手馳走するっ!」
ジョックの大型の扇が翻り、風と共に小型の扇を浮き上げる。
舞うような動きに応じて、小さな扇は有機的な軌道で旋回し、複数の集団となって襲い掛かる。一見するとまるで小鳥の群れに襲われるような光景である。
「なっ!?」(ここまで緻密な連携を管理するとは!相当な頸力操作だ!)
次々と放たれる扇の一撃に。しかし、セイシュウは冷静に受け流し、相手の勢いを利用する対処を重ねて有効打を避けていた。
「ほう、中々の手並み」(円を描く軌道で自らの頸を消耗せず、扇に込めた頸力を受け流されている。手数だけではこちらが先に力尽きるか……)
どちらも攻め手に欠ける停滞した戦況だが。ジョックは未だ攻め手を緩めず、セイシュウもまた対処を怠らない。
しかし、そうする間にも武具は損耗し、頸力は消耗する。
席に音を上げたのはジョックの使う扇だった。小型のものは受け流される先に他の扇とぶつけられ、その耐久力を削られていたのだ。
「その程度でっ」(雀扇一つ二つでこの一撃ならおつりが出る!)
「うぐうっ」(しまった!最初からこのつもりでっ!?)
だがそれこそが狙いだった。使いつぶす事を盛り込んだ運用に変わり、扇でもって視界を遮り耳元を狙い、わざと操作を緩めることで急所への狙いを意識させる。気をやった一瞬のスキを突き、扇で初めて腹部への一撃を食らわせる。
未だセイシュウも負けてはいない。自らが強みとする弧を描く足さばきを繰り返し、動き回るジョックに追いすがれば、お互いの勢いを乗せた掌打を腹部へもぐりこませる。
「げふっ!」(何だこの頸の重さは!?)
「お返しだっ」(通りが悪い。体内の頸路が相当鍛えられている!)
互いに一歩も引かない勝負であったが、残り時間はそろそろ決着をつける段階に入っていた。
構えに陰りは無いセイシュウと、いくつかの扇は壊れても未だその数は驚異的なジョック。共に先ほどまでの動きから、決着に向かう相手の一手を上回る技を吟味する。
(相手は雀扇の速さに慣れてきている。これならば狼扇の速さで取れる)
(最後は重さを意識するはず。ならばこそ、最速で決めるっ)
((勝つのは俺だっ!!!))
ほぼ同時に動き出した両者は、手持ちの扇を閉じ喉へ突き出すジョックと拳ではなく手刀で首を狙うセイシュウが、当てる寸前同時に動きを止める。
手と喉の距離はセイシュウが近い。しかし、扇はしっかりとその首に添えられており、少し腕を動かせば首が飛ぶことは明白だった。
「……これは相打ちですね」
「そうなる。いや、私の方がしばらくは動けるかもしれんがね?」
そう言葉を交わす二人を見て。当主二人はうなずき合い、試合を終えることを告げた。
「そこまで!双方見事であった!」
「良いモノを見せていただきましたわ。皆、セイシュウ殿とジョックの立ち合いを称えなさい!」
道場に集った全ての人たちに拍手を送られ。セイシュウは満足そうにジョックと握手し抱擁を交わした。
これにて他流への訪問は終わり、師弟は名残惜しむ華扇群狼流に見送られながら道場を後にした。
既に夜は更けて、大きな月がセンバード橋を照らす。
巨大な石橋は町へ影を落とすが、人の営みの火はその中でも明るく周りを照らしていた。
「先生、お気遣いを無下にしてしまいすいませんでした」
「うむ。だがお前はあの時、立ち合いを必要としたのだろう?ならば遠慮することは無い」
「……ありがとうございます!」
「だが、ジョック殿も中々の使い手だったが。アロンはもっと強いぞ。皇都では気を抜くな」
「解っています。俺の全てをもってアロンさんに勝ちます」
「その意気だ」
語り合いながら歩く師弟の二人は、ゆっくりと灯りの方へ歩んでいく。
その影の寄り添い方は、まるで親子のようにも見えた。
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