第7話「戌居る要る付く。うろつく都市」

「ようこそおいでくださった!!!我が神将戌依流しんしょういぬいりゅうが総出でもって歓迎いたしますぞ!!!」

「ありがとうございますっ!短い間ですがお世話になりますっ!」

「「なりますっ!!」」


 翌朝、俺たち一行は皇都の中心部に近いある道場に足を運んでいた。


 皇帝陛下が住まう中心部と外縁を分ける広大な敷地に建つこの道場は、皇国創建当時からたつという由緒正しき建造物だ。


 特定の流派の持ち物ではなく、今年は「神将戌依流」が管理している。


 この「神将」と名のつく流派は十二派ある。


 「子」「丑」「寅」「卯」「辰」「巳」「午」「未」「申」「酉」「戌」「亥」の名を持つ達人によって創設された各流派は。共に皇帝に仕えて皇国を建国した。

 その後、初代皇帝の勅命によって皇国各地域を治める地位に就けられた。


 それに加えて皇帝は、各流派に一年交代での皇都と皇帝の守護を命じた。


 各々の治める地域もあるので、一年ごとに交代するのだが。その順番が前世の干支と同じ並びのため。俺は一時期、前世の歴史を思い出す必要に駆られた。


 もしかしたら俺が知らなかっただけで、過去の地球にタイムスリップしているだけかもと考えたからだ。


 その懸念は散々本を読み漁ることで晴れて、俺は確かに異世界にいることがはっきりしたのだが。


 今、俺たちを途轍もない大声で歓迎してくれているのは「神将戌依流」当主のカジャ・スキロスさん。


 「這泥番犬」の異名で知られる武人で、「獣人族」の代表の一人だ。




「何とっ!では、かの相魔灯籠流の後継を選ぶ場に我らが預かるこの道場を使っていただけるのですかっ!!!光栄極まりないですなっ!!!」

「我が事ながらお恥ずかしい!親馬鹿だとは思いますが、この二人はどちらも当主に足る素養の持ち主!ならばこそ、その選定には特別な場を用意してやりたかったのです!」

「素晴らしいっ!!!まさに師として最高の舞台を選ばれましたなっ!!!お弟子のお二方も感無量でしょうっ!!!」

「恐縮です!」


 応接間に通された俺たち一行は、当主同士の会談に入ったことで外の喧騒も気にならない話題に耳を傾けていた。


 父とスキロスさんは決してふざけているのではない。スキロスさんの声が大きすぎるので、父もそれに対抗できるだけの声量で返答しないと聞こえないのだ。


 獣人族はその名の示す通りの種族だ。人の様な獣だったり獣のような人だったりと幅は広いが。どこかしらに野に住む獣と同じ器官を有するのが特徴だ。


 スキロスさんは前者で、大型の犬のような姿をした人なのだが。その体格の大きさに加えて達人になれるほどの鍛錬を積んだ結果。常時声量の大きい肉体になっているらしい。自分で言っていたので間違いない。


 そんなわけで俺は大声で話す父という珍しいものを見ることができた。普段は物静かな父が声を張る姿はとても面白い。


 父の後ろで並んで立っているセイシュウも顔はまじめだが目が笑っているので、俺と同じことを考えているのだろう。


「ではっ!!!参列までは我らが道場にて旅の疲れを癒してくだされっ!!!」

「クロル!!!クロルはいるかっ!!!」

「はいっ!!ただいまっ!!」


 スキロスさんの呼ぶ声に応じた後、こちらに近づいてくる気配を感じた。


 「クロルただいま参りましたっ!!失礼しますっ!!」と言って入室してきたのは。俺たちと同年代に見える少女だった。


「この者はクロル!!!我が弟子の中でも随一の使い手にござるっ!!!」

「お初にお目にかかりますっ!!クロル・ザンナですっ!!」

「何かありましたらこの者にお聞きくだされっ!!!クロル!!!相魔灯籠流ご一行の世話係を任せるっ!!!良く励みなさいっ!!!」

「承りましたっ!!皆さんっ!!よろしくお願いいたしますっ!!」

「慣れない土地故、迷惑をかけるが!こちらこそよろしく!」


 そう言って一礼するザンナさんは俺たちと同じ人間族だった。肩で切りそろえた緑の髪に獣耳を模した飾りをつけている。形のいい大きな目は薄紫色の瞳が美しく、整った顔ははつらつとした笑顔でとても愛嬌がある。


 パッと見ただけでわかる鍛えられた肉体は、白い胴衣に包まれていても彼女の魅力を存分に引き上げいて魅力的だ。


 セイシュウは特に気にしていない風を装っているが。俺はこいつが面食いだと知っているので。実は結構照れているのが丸わかりだ。リンドウに言うぞ。


「では!!!私はここで失礼します!!!後はこの者に任せていますので!!!どうかごゆっくり!!!」

「それでは皆さん!!お部屋へご案内します!!こちらへどうぞ!!」


 公務のために中座したスキロスさんを送り出した後は、ザンナさんに案内されて俺たちは滞在する部屋へ通された。


 道場とはいえ皇国を象徴する武芸者が集う施設なだけあって、その内装はとても凝っている。


 壁に廊下に蔓草を模した豪華な装飾が彫り込まれていて、天井には各部屋間取りに絵が描いてあった。


 おかれている調度品も高そうなオーラを放つ物しかなく。飾られている花も見たことが無い種類ばかりだ。


 窓から見える風景は、ここが百万の民が住む都市とは思えないほど自然に満ちていて。遠目には林や池が確認できた。


「こちらが皆さんがお過ごし頂く部屋になります!」


 こちらに合わせた声量に戻したザンナさんは、そう言って両開きの扉を開いて部屋を見せてきた。


 なるほど。この部屋はこれまでで一番落ち着けそうな空間だ。


 内部はいくつかの部屋で分けられた造りで、寝室や衣裳部屋、倉庫にトイレまであった。


 荷物は会談前に預けていて、きちんと届けられているので。ザンナさんには一度退室いただいて、俺たちは父の号令で普段着に着替えることになった。


 さて、すっかり一息つく体制になり。少し休憩をはさんだのもつかの間。今度はザンナさんを伴って皇都の武林所へと出向く。


 やはり何はともかく挨拶は重要なのだ。




 皇都守護は神将戌依流の管轄だが。それ以外の小さな困りごとや、匿名性の高い相談事は、何処に相談するかは個々人の裁量に任されている。


 あくまで相互互助団体である武林は、特定の代表を決めておらず。建前上、皇帝の元に力をふるう在野の士であり、どちらかと言えば権威に弱い。


 その為、自由を貴ぶ武芸者は好き勝手に活動しているが。そういう一匹オオカミは実力が伴わなければいずれ消えるのがこの世界の常識だ。


「では!また、お会いできる日をここよりお待ちしております!」

「こちらこそ、いつもありがとうございます。どうかお体にお気をつけてお過ごしください。では、失礼いたしました」


 皇都の武林所は、外周園の商業地区にある大きな飲食店が、それを兼ねて営業している。


 通常の客で混む前に当主直々に顔を出し、当地の武芸者であるザンナさんの案内で紹介された結果、顔見せは滞りなく終わり。俺たちの今回の旅で必要なあいさつ回りはようやく明日の参列を残して終わった。


 それにしても、流石皇都の人込みは一味違う。連日がお祭り騒ぎという本で読んだ表現が大げさではない。


 毎年一、二回は皇都に来ている父はともかく。自他ともに認める落ち着きの無さを誇る俺は、慣れないところでお行儀よくするのに結構な精神的疲労を覚えた。


 一方セイシュウはこういう場にはめっぽう強く。優等生なので受け答えも模範的な好青年しぐさで行く先々で好評を得ている。


 俺は自分の事は置いておいて、そんな弟分の成長に感心していた。


「父上」

「どうしたアロン?」


 なので帰り道の道中に単独行動できないか聞いてみることにした。セイシュウもザンナさんもいるが気にする必要は無い。彼らは今、屋台の肉に夢中だからだ。


「セイシュウは上手くやれていますね。初めての遠出で今のところ完璧じゃないですか?」

「うむ。元々それほど心配はしていなかったが。僅かなそれも今や杞憂だと分かったな」

「そうでしょう。ですからここはあいつに任せて。俺は少し皇都の町を散策しようと思うのですが。いかがでしょう?」


 提案した俺を父はとても面倒くさいものを見る目で見る。


「お前という奴は……、もう少しセイシュウを見習ってはどうだ?お前は少し、自重という言葉が足りておらんぞ」

「それについては生まれつきでありますれば。大変申し訳なく考えております。ですが父上。この皇都参列の機会に、より見聞を広めようと考える自分の熱意を何とぞ父上にはご理解いただきたく存じ上げます」

「ああ言えばこう言う奴だなお前も。案内役のザンナ殿にはどういうつもりだ?」

「本当に身勝手な都合で彼女はおろかあちら様の顔に泥を塗りかねない事は理解しております」

「それを踏まえて単独行動を許せと私に言うのだな?」

「恐れながら」

「うむ。わかっているなら言うまでもないな。ダメだ」

「ですよね」


 ダメもとで言ってみたがやっぱり駄目だった。呆れた顔をしている父も、俺が最初から許されると考えていないことを悟っている様子だったので遠慮なく適当な理由をすらすらと口に出来た。


 ちょっとしたじゃれ合いをしていた所、二人が屋台から戻ってきたので、再び道場へ帰る道を行く。


 この後の予定は向こうの人々と共に稽古を行い、夕食をとった後入浴して就寝だ。


 こちらには五日ほどの滞在を予定しているが。それまでに一度は皇都を散策してみたいものだ。


 また、周囲を見渡しては目を光らせるセイシュウを揶揄いながら。こっそりとめぼしい地形を記憶しておくのを忘れない。


 俺たちのその様子を見たザンナさんに微笑ましいものを見る目で見られたのは少し恥ずかしかった。




 神将戌依流の午後の稽古は、予定通り俺たち相魔灯籠流の三人を加えて合同で行われた。


 軽い準備運動から始まり、一丸となって道場の敷地内を十周ほど走った後、息が整ったものから基礎動作を確認し合う。


 それが終われば二人組になって攻防の型稽古を行い、それは相手を変えながら全ての型を終えるまで続く。


 全員がそれを終えたところでいよいよ組手稽古や軽い手合わせが行われるのだ。


 流石は超名門の門下生たち。一人一人がよく鍛えられており、動作に伴う頸力の流れが流麗で無駄が少なく。彼らの日々積んできた研鑽の跡がうかがえる。


 俺も幾人かと手合わせをしたが。どの人も手ごわく、少しでも気を抜けば取られかねない緊張感を常に意識した立ち回りが求められた。


 セイシュウも珍しく真面目な顔だけでなく。時折、ほほ笑みを浮かべて稽古に臨んでいた。滅多にない他流との稽古にあいつも楽しんで交流しているのだろう。


 父は幾人かに乞われて指導を行っていた。どちらかと言われれば年少や青年の者が多く、この機会に少しでも多くを学ぼうというのは向こうも同じなのだと考えさせられる。


 そうしてけが人もなく締めの挨拶を終えて。汗を流そうかという時に、ザンナさんが話しかけてきた。


「お疲れ様ですアロンさん!今、少しお時間よろしいですか!」

「こちらこそお疲れ様です。少々汗臭くてもよろしければいいですよ」


 その返答は予想していなかったのか、彼女は今気づいたように慌てて訂正してきた。


「あっ!?すいません!お気を使わせてでしたっ。全然後でも大丈夫ですっ」

「ええ、では。また夕食の時にでも」

「はいっ!その時にお願いしますっ!」


 「失礼しましたっー!」と言い残して去ってゆく彼女を見送った後、俺は他の門下生たちと汗を流しに井戸まで同道した。


 その時、ちょっとした雑談に興じたが。どうやら今の皇都では、屋台番付が流行っているらしい。


 興味をひかれたので詳しく話を聞くと。各区域の通りで出された屋台料理を食べ比べては、各所に設置してある投票箱へ気に入った店の名を書き入れる。それが計上されて通りの入口に張り出されるのが屋台番付。要するに美味い物ランキングだ。


 今ではそれにあやかって食事以外の屋台も真似して番付を発行しており。その精度を確かめたりする遊びが流行っている。と、井戸端で水浴びしながら聞き及んだ。


 やはり都会は面白い事が多いな。と、美味しそうに屋台の感想を語る門下生にすっかり食欲をそそられた俺は、すきっ腹を抱えて食事時を待つことになった。


 今からでも脱走して買い食いに行ってやろうか。




 セイシュウ・フウビは「これまでの人生でこれほど満たされている事はあるだろうか?」と鑑みるほどにこの旅を楽しんでいた。


 尊敬する師父と義兄に連れられて歩む皇都迄の道程は多少のトラブルに見舞われたものの順調に進み。其処から学び得たことを思えば、彼はもう一度同じ道を行きたいと思った。


 初めて見る皇都の景色は衝撃の連続で。彼の視界に入る全てが刺激に満ちていた。


 一晩中見ていられると確信した夜の風景に幾多の人々の営みが映し出され。その感動で、彼は知らないうちに目に涙を浮かべているほどだ。


 初めて見た感動は人、町、建物に及び。そのしめに出会えたのは彼の神将に数えられる「戌」の当主直々の歓迎である。


 勿論それは敬愛する師父へのそれだったが。そのうちのわずかでも自身へと向けられた敬意に、セイシュウはとても胸が暖かくなっていった。


 紹介されたクロル・ザンナという少女の垢ぬけた美しさと底抜けの明るさに一瞬目を奪われてしまったが。すぐに愛するリンドウの幻影が彼の頭をひっぱたいてきてくれたので、見苦しい所を見せなくて済んだ。


 彼女に案内されて歩む皇都の町は、また一つ違う顔を見せて。其処で活躍する武林所に集う強者たちにセイシュウの闘志は大いに刺激された。


 午後に行われた稽古には。その勢いのままに全力で挑み。それに触発された当地の門下生と張り合い競い合う事で、流した汗を通じて交流を深めた。


 残念ながら手合わせは全勝とはいかなかったが。その仇をとるように次々と相手を変えては勝ち続けるアロンに、胸を熱くしながら応援した。


 心の底からこの旅を楽しみ、学び、おのれの糧としているセイシュウは。それでもなお、胸の奥に潜む焦燥感を断ち切れずにいた。


 もうすぐ始まる後継者選定の試合。それに挑む気概はあれど、いつも先を行く義兄に勝つ自分の姿を彼は未だに想像できなかった。


 試合まであと二日。

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