第二章 おいでませ最南端。巻き込み事故の旅

第11話「ここは何処。コイツは蛇」

 超ビックリした不意打ちで入場した大蛇の腹の中は、意外に快適な訳もなく。本能のままに俺を栄養にしようと襲い掛かってきた。


 胃壁と思われる肉壁からドンドン突き出てくる骨?歯?が四方八方から伸びてくるは。胃液がザバザバ湧き上がってくるはで。正直、生きた心地がしなかった。


 幸いな事に頸力は練れたので、遠慮なくパワー全開でドンドコと遠慮のない腹パン(内部)を繰り出し。骨はぶち折って肉壁へ突き刺して返し、胃液は外の人には申し訳ないが床に穴をあけて流させていただいた。


 身体の中だから外側程の頑丈さは無いのも追い風だった。


 その時に開けた穴から少し外を見て気づいたのだが。なんとこの蛇、空を飛んでいる。


 どうやら初めて見た時の羽根を、生やしなおす力を持っていたらしい。いくら傷つけても再生しないから見誤った。


 別に今更、高高度から落ちても死にはしないが。大型旅客機位ある質量をもつ蛇野郎を現地の集落に墜落させるのは流石に大迷惑だろう。少なくとも俺ならゴメン被る。


 なので脱出するのは当然だが。なるべく人通りの無い場所でコイツを落とそうと計画し、ドカバキ痛めつけながら風景を見ていたのだが。一昼夜ほど飛んでいるうちにコイツ、少しずつ失速してドンドンと高度を落としているのだ。


 骨で作った窓からの景色を見るに、未だ微かな人家が点在する領域から出ていない。


 こうなれば最終手段しかない!


 俺は拡張した窓から身を乗り出すと。ずらりと並ぶ羽をつかみながら胴体の背に登り上がる。


 前世以来の雲が隣に見える高さはハッキリ言って寒い。


 皇帝陛下の前で試合をするという事で、特注の武闘着を用意してもらわなければ凍える所だ。


 俺が昇りあがった場所は、蛇の身体のちょうど真ん中ぐらい。大体胃の場所だ。


 進行方向から消し飛ばした頭がどちらか確認して。風圧で飛ばされないように四つ足ついて向かって行く。


 さて、到着したわけだが。これは何だ?


 目を疑うような光景だが。蛇の胴体に口が出来ている。


 元々の頭が生えているわけではなく。傷口に沿って唇が出来て、その下には歯が生えそろっている。


 妖魔にしては随分としぶといと思ったが。ここまで化け物じみていると、背筋が震えてくる。


 だからと言って、やることには変わりないので。俺は落下に気を付けながら粛々と用意を始める。


 まず、最初に。コイツの揚力を生みだしている羽を減らす。そうすることで高度はますます落ちてゆき、より正確に地表の様子がうかがえる。羽はむしり次第捨てていいが、少しだけ取っておく。


 次に目ぼしい落着場所を選定する。勿論、人家は論外だが。それ以外にも畑や里山など、財産となる土地は候補から外しておく。


 今回はあそこ、川べりにある砂浜にしよう。丁度、人もいない様なのでますます都合が良い。


 それでは三つ目に、さっきむしった羽を使い。この飛行機もどきの舵を取る。


 本来ならばコイツ自身が抵抗するが、ここまでの道中で既に死に体。ろくな抵抗も出来ずに妖魔の身体は俺の望む方向へ進んでゆく。


 既にはっきりと地表を確認できる高さまで降りてきている。ここでやっと最後の仕上げだ。コイツを完全に滅する。


 コイツの頑丈さは流石に俺もおかしいとは思っていた。単純な頸力の量で身体を強化しているのは、自分も良くやっているのでわかっていたのだが。コイツのそれは種の限界を超えて、いささか多すぎる。


 という事で頸力の湧く源泉の一つである脳を破壊したわけだ。もう一つの源泉である心臓は、脳が止まれば止まるので。


 これで終わりかと思いきや、それでも動くのでほぼ確信した。


 コイツ脳みそ最低でも二つある。


 普段は妖魔相手には使わないが。接触して直接、頸力の流れを見る技が存在する。


 それを使えばアラ不思議。あっという間に心臓の横にある、もう一つの脳を発見することに成功した。つまり動力炉三つ積んでたのだコイツは。


「えいっ」パァン!


 頸力を込めた掌打を打ち込み体内で破裂音がした後、わずかに動いていた羽も止まり、黒蛇はようやく沈黙した。


 ただでさえ息も絶え絶えだった身体の力も抜けてゆき、バランスを調整することもなくなったので、地表に向けて落下を始める。


 頼むから墜落予定地に誰もいないでくれと祈りながら、俺は着地の衝撃に備えて体に力を込めた。




 一方、その頃。皇都では上空に現れた巨大妖魔の話でもちきりであった。


 蛇の様な体に生える大量の羽に大きな口と、まさしく怪物のような見た目の上に加え。それは溶解液をまき散らし、骨を吐きながら飛んで行くという。


 正式に発表されたところによると。それは恐れ多くも皇帝の命を狙い、其処に集いし武芸者たちによって散々叩きのめされて逃げ出した妖魔なのだという。


 皇都の臣民は、うっぷん晴らしとばかりに、ゴミをまき散らしながら逃げる妖魔を情けない奴と大いに笑い飛ばした。


 今日も皇都は平和である。


「民の間ではこのような話になっているらしいぞセイシュウ」

「そうなんですか。それで、その後の妖魔の行方は?」


 ところ変わって同じく皇都にある神将戌依流の道場。


 妖魔にさらわれて行方不明になった相魔灯籠流後継者候補アロン・ユエシェイの捜索は、一応の線損報告を兼ねた目印の存在によって軌道に乗り、今は進行方向に沿う地方へ情報提供を求める作業に入っていた。


 家族であるクロンとセイシュウも、当初の予定を更新して滞在日数を増やし、アロンの帰りを待つつもりだった。


「うむ。目撃者の証言をまとめたところ。妖魔はそのまま高度を上げて南西方向へと飛び去ったようだ」

「まだ落下物は新たに見つかっているのですよね?」

「安心せい。しっかりと残されておる」


 師父の言葉でひとまず安心したのか。滞在する部屋の椅子に深く座りなおしたセイシュウは、両手で顔を覆いゆっくりと息を吐いた。


「ふぅー……じゃあ、アロンさんはまだ元気そうですね。よかった」

「うむ。話を聞いたときは耳を疑ったが、あやつめ……かなり腕を上げていたようだな」


 正面に座る師父のどこか嬉しそうな表情に、セイシュウは少し攻撃的に反論した。


「先生、まだ無事とは決まっていないんですよ?」

「む。そうだったな。すまん、無神経な発言であった」

「いえ……こちらこそすいません。でも、先生は心配じゃないんですか?」

「そうだな」

「えっ」

「あいつが私を超えている事は知っているからな。私でも切りぬけられる事では心配せんよ」

「でも飛んで行ったんですよ?高い所から落ちたらどうするんですか?」

「妖魔の身体を緩衝材にすればよかろう。その妖魔は頑丈なのだろう?」

「は、はい……」

「では着地は出来るな。間に何かを挟まんと、深く埋まりすぎてしまうのだ」


 さも経験してきたかのように語る師父の姿に、セイシュウは少し引いた。尊敬する人のこんなところは見たくなかったのだ。


 しかし、相手に言いたいことがあるのはクロンも同じだった。


「それよりもセイシュウ。少し言っておくことがある」

「はい」


 居住まいを正した。


「お前を後継者に指名する事に決めた。これはすでに陛下にもお伝えしてある」

「は?」


 言っている事が理解できない。顔色からそれを察したクロンはゆっくりと諭すよう優しく言い含めた。


「かねてよりお前たちに言い聞かせてきた通り。私が後継者に求めるものは強さだけではない。それは承知しているな?」

「はい……」

「よろしい。それを踏まえて、お前たちの日ごろの行いを鑑みてみよ」


 そう言われて故郷での生活を思い浮かべてみた。


 朝。同じように朝稽古にはしっかり参加する。率先して門下生の後輩に指導をするセイシュウ。聞かれた時だけ教えるアロン。


 昼。雑事や清掃。時には武林所で地域の困りごとを解決するセイシュウ。同じく雑用はこなすし、道場破りには率先して相手を申し出るが。武林所の仕事は興味が引かれる物しかしないアロン。


 夜。門下生の点呼や送迎、時には買い出しも引き受けるセイシュウ。ちょくちょく炊事場で手伝いを申し出るが、そのほかは自由時間として好きに使うアロン。


「……別に言う程可笑しくないのでは?」

「では、その計画表のアロンが行う仕事をリンドウを当てはめてみなさい」

「リンドウは道場破りなんか相手しません」

「そこはお前の仕事だ」

「……別に困りませんけれども。だからって僕の方がふさわしいかは……」

「まだある」

「えっ」

「お前の方がふさわしいと考えた理由はまだある」

 

 そうして語られるクロンの求める流派の当主像は、セイシュウの考えるそれと似通っていた。


「私は人に寄り添い共に歩めるものが自分の後継にふさわしいと考えている」


「それは暗闇の中で優しく道を照らし、歩く事を恐れない者だ」


「だからこそお前が良い。セイシュウ、お前は優しい。足を止めた友がいれば、お前は共に足を止めて再び歩き出せると信じて待てる男だ」


「そんなお前にこそ、私は先達から受け継ぐすべてを託したいのだ」


 静かに目を見て言われた事はとてもありがたくうれしい言葉だった。しかし、だからこそ、その優しさがもう一人の当事者がいない状況でこの話を聞くことに強い違和感を抱かせた。


「では、それをアロンさんと僕がそろった時に言ってください。その言葉は僕以上にアロンさんにも聞いてもらうべきです」

「あいつが帰ってきたら言うとも。だが、とりあえず私の決定をお前には言っておくべきだと考えたのだ」


 また両手で顔をふさいで考え込むセイシュウ。それを見るクロンの顔は慈しみに満ちていたが、それと同時に荷物を下ろして楽になった顔もしていた。


「帰ってからリンドウともよく話し合うと良い。あいつならお前を上手くその気にさせてくれるだろからな?」

「はっはっは!そうですね!」


 もはやヤケクソ気味の義息子を見て、クロンは目論見が上手くいき、責任感で押しつぶされそうな彼の気を紛らわせた事を確認した。


 当然、アロンの事は心配はしている。しかしクロンは。父としても師としても、あいつが死ぬところを想像できず、いまいち心配しきれないところがあった。


 それに比べると、極全うに悩みながら成長するセイシュウの方が。クロンは息子として可愛くて仕方がないのだ。


 目撃情報を纏めて客間に持参したクロルが目にしたのは。目が座っているセイシュウと、それを見てほほ笑むクロンという師弟の姿だった。


 新たに発見された落下物は、南西の方角で固定されていた。




「もしもーし。お兄さん、起きとるか―?」


 どこか軽い印象を受ける男の声に俺は自分が眠っていたことに気づいた。


 落下する途中、一晩中体内で暴れ続けてきた疲労がここにきて眠気となり。頸力ガードを固めてひとまず仮眠をとることにしたのだった。


 落下の衝撃で目覚めなかった以上、ガチで寝てしまったようだが……。


「うわっ、ホンマに寝とるやん……どんな趣味してんねん君」


 体を起こして周囲を見渡すと。そこは狙った通りの砂浜で、人の気配も希薄な絶好の着地点だった。


 妖魔の身体は半分くらい砂に埋まり。その周りにはクレーターが出来ているが。これはもうしょうがない事なので気にしない事にする。


「いや、自分勝手に納得しとらんで。お兄さんにも説明頂戴?」


 それはそうと、目の前にいる男にどう説明したものか考えねばならない。


 流石にこの距離まで近づいた手練れの武芸者には、振り切る前に捕まってしまう。そうすると余計に面倒なことになるので。俺はゆっくり立ち上がり、まずは自己紹介をしようと口を開けた。


「じゃあ名乗ろう!俺は相魔灯籠流クロン・ユエシェイが長子、アロンという!この地には妖魔討伐の際に連れられてきてしまった!」


 元気よく挨拶してみたところ、向こうもこっちの服装からとりあえず名乗り返すことにしたようだ。


「これは失礼した。オレは神将白巳流しんしょうはくみりゅう劉鱗大蛇りゅうりんおろち」ホオユ・ウェンが二子ビンスや。「双頭白蛇そうとうはくじゃ」とも言われとるで。よろしゅうな」


 そう言ってにこやかに笑うビンスには悪いが。俺は「もう、蛇はしばらくいいかな」と、結構失礼なことを考えていた。


「ナハハハハハッ!!そんで妖魔の腹ン中で暴れまわっとるうちにウチんとこ来たんかっ!自分おもろいなぁ!」

「いやーそれほどでもあるかなー。あ、ちょっと胃液臭かったらごめんな?」

「ナハハハハハッ!げほっげほっ、んぐ、も、もうなんも言うな自分っ、笑い死んでまうっ!笑い殺されてまうっ!」


 素直にここまで来た経緯を話すと、ビンスはツボに入ったのか砂の上で笑い転げていた。


 確かに客観的に見ればここまでの道中は面白いかもな。向こうへ帰ったら、セイシュウにも話してみようか。


「はー…アカン、また考えたら笑ってしまう。話変えるわ」

「おう、わかったよ。何聞く?」

「あーそやな。さっき言っとった妖魔はこれでええんか?」


 そう言いながら指で黒蛇を指さすビンズに俺はうなずくことで肯定した。


「そう言われてみれば大分ごっついなぁ。御所に突っ込んだとか、妖魔にしては気合い入りすぎちゃう?」

「だよな、普通来ないよな。じゃあ、どうして来たんだろうな?」

「せやなー観光にでも来たんちゃう?」

「そして俺をお土産にしたのか?」

「ブフッ!……ホンマ、ホンマに堪忍して!」


 どんだけツボに入っているのか知らないが、これだけ笑っていても俺への警戒は怠っていないところから。俺はビンズを気に入っていた。


 多分向こうもこっちには好意的な印象を持っているんじゃないかな?


「はー…ホンマに自分ヤバいで?オレ、ホントは結構真面目やのに。こんな笑ったのは久しぶりやわ」


 笑いすぎて涙目になったビンスがこっちに手を差し伸べてきた。


 とりあえず右手を出すと、それを左手でつかんだ彼は左手も出すように言った。


 それにも応じると、彼はにこやかな顔で両手に縄をかけて拘束した。


「何だこれ」

「ごめんなアロン。オレ一応、怪しい落下物の調査で来てんねん。ちょっとお兄さんに付き合ってくれへんか?」

「それは良いけど。何で縛った?趣味か?」

「ちゃうわ!怪しい武芸者なんやから、一回縛るやろ普通」

「怪しい?俺は名乗ったはずだが?」


 そう言って反論する俺を、ビンスは至極真っ当な判断で拘束していた。


「君、身分証明書持ってないやろ。やからさっきまでの話は、今のところ全部「自称」や」


 ぐうの音も出なくなった俺は、黙って粛々と彼の後について行った。


 今度からは何処に行くにも身分証を隠し持っていこう。


「……胃液」

「ブフッ!!」


 蹴られた。

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