第13話「速達。管轄」

 神将白巳流の道場に歓迎を受けて一日。皇都からの調査隊が俺を探しているという情報が入り。俺はやっと完全に疑いが晴れた。


 南西に広がる武林の情報網から人の流れに沿ってやってきたこの知らせは。それに加えて「皇都にて待つ」という父たちからの伝言で締めくくられていた。


 まあ、目の前で捕食されるところを見せてしまったセイシュウには心配されているだろうな。


 そういういきさつで調査隊が来るまで、正式に白巳流にお世話になる事にした俺だが。それに伴って少々面倒なことが起きていた。


「貴殿の武名を味合わせて欲しい。是非、私と手合わせを!」


 近隣の武芸者が俺の噂を聞きつけて道場へ押し寄せてきたのだ。

 

 流石の俺でも衣食住全てを面倒見てもらっておきながら、更に武芸者の対応まで任せてしまうのは良心に咎めた。

 なので、私事に道場を使わせてもらうのも悪いので、野良試合でもしようかと考えた所、救いの手が白巳流からもたらされた。


「アロン殿は先の妖魔討伐でお疲れです。強者との手合わせをお望みなら、当流の猛者がお相手します」


 ビンスを始めとした白巳流の門下生の皆さんが、率先して応対してくれたのだ。


「む。それは無作法でござった。お大事にお伝えくだされ。では、御免」


 神将十二流の対応に強く出ることができない在野の武芸者は。ほとんどがそう言い残して去っていった。今頃、近くの武林所で反省会をしているかもしれない。


「本当に助かりました。彼らの気持ちも理解できますが。俺は一人しかいませんのでね」

「気にすることは無いよアロン君。武芸者たる者まず思いやりが大切や。それを怠る者に忖度する必要は無い」


 そう言ってお茶を出してくれたのは、神将白巳流当代当主のホオユさん。ビンスの父親だ。


 白髪交じりの結い上げた髪に、皴の刻まれ始めた精悍な顔に独特の色気があるお人だ。カジャさんもそうだが、十二流の当主は父よりも大分強い。


 一応お客の俺がいるからと応接室でお茶しているが、ここの雰囲気はいたって軽いものだ。

 公的な役職を持つわけでもなく、正式な使者でもない俺は、今のところ「功績を立てた名門の子息」であるわけで。


 時と場合を間違えなければ、多少は懐に入れても良いと向こうさんに判断されていた。ビンスと仲が良いのもある。


「しかし君も災難だな。聞くところによれば、君は後継者選考の舞台で妖魔の襲撃に居合わせたのだろう?試合はどうなったのかね」

「途中まではほぼ互角でしたね。時間も押していたので、最後に奥義で勝負に出たところであの騒ぎです」

「うーん……それは実に惜しい。帰ったらやり直すのかね?」

「いえ、父は試合の内容は鑑みても、勝敗は考慮しないと先に述べていたので。今頃はもう決定しているのではないでしょうか」


 十中八九セイシュウだと思うけどな。

 俺の指導方針とか武芸者としての向かい合い方が、父上のそれはちょっと合わないし。それを俺たち二人とも自覚していたからなー。


 父上のやり方が気に入らない。けど出ていくのも嫌っていう人たちが、主な俺の支持層だったから。セイシュウの後継者決定でまたうるさくなるだろう。全くもって面倒だ。


 まあ、父上は。俺を放し飼いにするのが一番いいと分かっているから。そこらへんは上手く調整してくれるだろう。


 にこやかに答える俺を見て、ホアンさんは少しびっくりした目で俺を見ていた。


「君くらいの年齢だと当主の地位は魅力的ではないのかね?」

「いえ、単純に俺個人の気質の問題です」

「というと?」

「折角歩き回れる身体があるのなら、世界を見て色々な事を知りたいのです」


 これはこの世界で生きることになって計画したことだ。


 前世の記憶を持つ以上、俺はここでは異邦人。どうしても思考や発想で差異が出てきてしまうと考えた。

 それならば開き直って、様々な所へ旅をして回り、その発想の元が何処か分からなくすればいい。

 彼らに聞きなれぬ言葉でも、かつて旅したところで知ったと言えば、それだけで誤魔化しが利く。


 異界の景色を知る機会があるのだから。それを阻む重大な理由がない以上、俺はそれらを見て回りたい。


 そのついでにちょっとした懸念事項が処理できるのだから、やらない手は無い。


 だからこそ、俺はかねてより好きに動ける立場を目指している。


 そんな俺の話をホアンさんは微笑ましく聞いていた。

 これは年頃の男が自由に憧れていると勘違いしているのか?恐らくそうと見えるが。別にどう思われてても良いので、スルーしようとしていたら。予想外の方向から声が出てきた。


「我が流派の客人がそんな情けない事言ってんじゃねぇ!」


 部屋の仕切りを乱暴に開けて入ってきたのは、ビンスとうり二つの顔をした男だった。


 彼の名はデウス・ウェン。ビンスの双子の兄で神将白巳流の後継者候補だ。

 また、後継者問題かよ。どこも大変だな。




「デウス!貴様、賓客に対して無礼だとは思わんのか」

「はっ、俺までそんな日酔ったこと考えていると思われちゃあ迷惑だからな。釘を刺しに来たんだよ」

「同年代というだけで私がそう判断すると?」

「そいつの理屈だけでは納得できなかったみたいだからな」


 何だかどんどん俺を置いて話が進みそうなので、俺は乱入してきた彼を追いかけて来たとみられる彼女に話を聞こう。


「こんにちはシィさん。どしたのあれ」

「どっどうもですユエシェイさん」


 彼女の名前はユイ・シィ。小柄で痩躯ながら、デウスのお付きを任されている程の

武芸者だ。少し、遠慮がちというか控えめな所があるが。初対面の時から良くしてもらっている。


「わ、若は武林所でのお仕事をこなされまして、その後報告を当主様にお伝えしようとこちらへ参りました……」

「なるほど。そこで俺の発言を聞き、気に入らないから入ってきたという事か」

「は、はい。そのように思われますです」


 少しどもりがちに話すシィさんとおしゃべりしているうちに、親子の会話も終わったようで、デウスがこっちに向き直る。


「お前、俺の部下となにくっちゃべってんだ!ユイ。てめぇも乗ってんじゃねぇ!」

「すっすいません若!」

「若って呼ぶな!」

「はいぃっ!」


 そうして彼らは来たときと同じように慌ただしく去っていった。

 ホアンさんの方へ戻ると、彼も少し疲れたような顔でお茶を飲んでいる。


「いやー元気ですねデウスさん。ウチの道場には少ない気質で、面白いですよ」

「申し訳ないアロン君。礼儀を話していた男が、息子にはあの態度を許してしまっている。実に情けない」

「いえいえ!そんな、頭を下げないでください!」


 申し訳なさそうに息子の非礼を詫びてくるホアンさんに、俺は慌てて直るよう頼み込む。

 少し押し問答になったが、何とか謝罪は終わらせることができた。


「まったくあの男は……ビンスに申し訳ないと思わんのか」

「ビンスに?それはどういうことですか?」


 少し気になる事を聞いたので。俺はちょっと神妙になって疑問をぶつけてみた。

 ホアンさんも今更と考えたのか、少し間をおいて話始める。


「ビンスは定期的に街を巡回に出ているのです。兄であるデウスが、戦うのを隠れて見守るために」




「最初は驚きましたが、これもまた授かりものと喜んでいたのです」

 双子はこっちの世界でもたまに生まれるらしく。それは珍しいだけでなく特別な何かをもたらすとも言われてきたらしい。


「二人はいつも行動を共にしていましたが。率先して動いていたのはデウスでした」

 デウスとビンスの兄弟も、最初はとても似ていたのだけど。次第に性格がはっきりしてきた。

 デウスは決断力があり活発で、とても負けず嫌いな所が特に評価されていた。一方ビンスは周囲を良く見ていて慎重で、ただでは転ばない強かさを持ち合わせていた。


「時折、こちらの想像を超えることをしでかすのが悩ましいと感じていましたが。それも親の特権です。いつの間にか楽しむ余裕も出てきました」

 二人は仲良く成長し、時には助け合って町に侵入した妖魔と戦い、またある時は武芸者崩れの狼藉を二人で食い止めたりもした。


「本当に誇りに思えるすごい子たちなんです」

 ホアンさんも含めた大人たちは、このまま成長すればこの先道場も安泰だと考えていたのだとか。


「あれは今でも思い出せます。血の気が引くとはああいう事なのでしょう」

 話が変わったのは二人が正式に後継者候補になった直後の事だ。デウスの頸力が成長しなくなったというのだ。


「私たちの流派でも薬は使いますし、頸力の頸路に関しては心得もありました。この時は何とかなると考えていたんです」

 普通、頸力は鍛えれば鍛えただけ成長するのだが。彼はどれだけ鍛錬を増やしてもその総量が変わらず、寧ろ無理をしただけ減ってしまったのだという。


「金品や宝物で治療できるならそれでよかった。私たちの一番の宝は子供たちですから」

 これにはたまらず地元はおろか国中の医師を招聘して診てもらったが。症状は治まらず、頸力を体外に出さなければこれ以上減らないという事しか分からなかった。


「勿論とても残念でしたが、命には代えられません。しかし、あの子の性格を忘れていました」

 そういう事から、デウスは後継者候補も辞退するかと思われたが。彼は諦めが悪かった。


「話を聞いたときは耳を疑いました」

 頸力さえ使わなければ良いと分かったので。本当に頸力を使わず戦い始めたのだ。

 それはほぼ自殺行為だ。頸力でうっすらと体を覆う事で、凶悪な妖魔の負の頸力から身体を守れるというのに。彼はそれを技量で覆そうとしたのだ。


「お互い頑固なのはわかっているのですが……。いえ、少し期待してしまっているのでしょうね」

 それ以来、彼は家族の反対を押し切り武林所で仕事をこなしてはホアンさんに報告している。


「私がデウスを諦めていない事を息子たちは知っているのでしょう」

 自分は大丈夫だと、歴史ある流派を受け継ぐに足る男なのだと証明するために。




 思っていたよりも万倍重い話だった。うかつに顔を突っ込むからこうなるのだ間抜けめ。と師匠が頭を殴ってくる幻影が見える。

 

「そしてビンスは万が一デウスが妖魔に出くわしてもすぐに守れるように後をついて回っているのです」

「そのためにシィさんを付けているのではないのですか?」

「あの子は足が速いので、その時は護衛をビンスに任せこちらへの連絡役をお願いしています」


 俺としては妙に頸力を隠すのが上手いなと思っていたが。そういう事だったのか。


 確かにそんなデウスからすれば、功績も実力もあって五体満足な俺が、あいつの欲してやまない後継者の立場を軽んじているような事を言えば面白くは無いよな。


「すいませんホアンさん。俺も無神経だったようです」

「いいえ。あなたは何も悪くありませんアロン君」


 真っすぐにこちらを見るホアンさんには異論を許さないという凄味があった。


「己のあがきを知りながら。他人の都合を考えないあやつが未熟なのです」


 お茶会の雰囲気ではなくなったのでそこでお開きになった。

 使わせてもらっている客室にもどった俺は。身支度を整えて外出する旨を伝えてから街に出る。


 町は相変わらず穏やかな空気で満ちている。着た直後は分からなかったが、風に乗っていくつかの香草の香りも漂ってきていて、どうやらそれは料理屋から来ている。


 残念ながら小遣いは持たされていないので。通りすがりにどんな料理か覗き見る事にしようと歩いていくと。その店の中でビンスが食事していた。


「おっビンスじゃん。何食べてんの?」

「メッチャ食いついてくるやんアロン。お腹へッとんか?」

「いい香りに誘われてきたら、美味しそうな飯屋があるなぁと思ってね?」

「自分ホンマ自由やな」


 ビンスの正面に座って奴の食べている者を見ると。それは香草をふんだんに使った炒飯の様だ。

 緑と黄と赤が同程度に米を染めている。三色のご飯を混ぜたのか?


「旨そうだなそれ。一口くれよ」

「なんでやねん。自分で頼めや」

「お金ないんだよ。お前ん家から貰う訳にもいかないし」

「じゃあオレからも取んなや」

「お前と俺は友達ジャン?」

「せやけどお前働けるやろ。武林所で仕事してこい」

「俺。今、お前ん家の客分だろ?働いていいのか?」

「……オトンに聞いてみ」


 そう言う事になった。


 ビンスが食べ終わるまで管を巻き。二人でだらだらと話しながら戻ってホアンさんに聞くと。向こうで身元は保証するので働けることになった。


「いやー一回は聞いてみるものだな!」

「普通は客扱いされたら大人しくするもんやで?」

「そうは言うけどな。ずっと部屋だと体が鈍るだろ」

「道場で稽古しとけばええやん……」

「やっぱ自分で使えるお金は欲しいじゃん?」

「ウチが碌なもてなしも出来んみたいやんけ」

「でもよぉ。世話になってる家に小遣いもたかる奴もどうなん?」


 またダラダラと話しながら武林所へ向かう俺とビンス。

 夕暮れ時の為か、昼間よりもビンスの知り合いの絡みが薄く。そこそこ順調に歩いていた。


「ここや。ウチの町で武林所の元締めやっとる店は」


 案内されてきたのは、この地域特有の造りでたつ二階建ての酒場だった。

 特徴的な造りを生かしてオープンカフェのような一階と、厨房や倉庫を備えた二階という間取りらしい。


 店主は二階にいるとの事で、店員に礼を言って二階で紹介を受けた。


「おっちゃーん!ちょい!こっちきてー!」

「あん?なんだぁビンボンかっ!」


 ここの店主も元武芸者らしかった。

 どうやら斧を使う人だったみたいで。店内のカウンターの壁を覆う程に大きい、ギラリと光る大戦斧が飾られていた。よく手入れされているので、まだまだ使える。


「ごめんなおっちゃん。コイツ俺のツレなんやけど、ウチの客でもあるんや」

「初めまして店主殿。アロン・ユエシェイです武芸者をやっています」


 ビンスに促されてから自己紹介した俺を。店主殿は、上から下までジロジロ見た後、ニカッと笑って手を差し出した。


「ここの店主をやっているドグロだ。ビンスと白巳流の紹介なら間違いねぇな。よろしく頼むぜ?」

「勿論です。こちらこそよろしく」

ギチギチギチギチ…………

「……やるねぇ」

「それはどうも」

「二人とも、何やってんねん……」


 出された手を取り、握手する事でここの挨拶は終わった。

 握手ついでに握力勝負を挑まれたので、丁度同じ力加減で競ってみたら満足したようなのでそこで終わった。


 ここで仕事が受けられるようになったのは良かった。屋敷や道場ではお客様扱いなので、手伝いや小間使いは出来なかったので暇だったのだ。


 とはいえ、今すぐできる仕事が無かったため。俺たちはビンスの奢りで情報収集を兼ねて飲んだ後、町をフラフラしてから帰った。


 その日の夕飯にデウスも来たので積極的に絡みに行ったら何故か引かれてしまい。一緒に食事が出来なかった。

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