第15話「急ぐ旅。来る闇」

 再び皇都を目指す馬車に乗り込んだ俺だが、その状況は前の物とは一味違う。


 同伴するのは身内ではなく戦友たち、乗る馬車は乗合ではなく特注品、持参する荷物は私物だけでなく妖魔の死骸と、色々パワーアップした面々だ。

 一部改悪されているかもしれないが。それもまた思い出のある代物なので、ね?


 南西地方の道は、土壌の緩さを何とかしようとした改善の跡がそこかしこに見られた。

 道幅いっぱいにレンガが敷き詰められていて、そこから水はけを良くするための溝が細く長く併設されている。定期的に清掃を行っているらしく、路上にゴミや野生動物の死骸もない。


  特産品の薬草、香草が需要の途切れない品である事から。定期の乗合も含めて多くの馬車が日常的に往来する。

 それを支えるべく敷かれたこの道は、多くの予算をつぎ込まれて整備された結果。この地方を中央と近づける重要な設備になったのだ。


 更にここは神将白巳流が根付いているので、道には賊も近づかない。商売するには絶好の好条件がそろっている。


 旅の間に暇を潰すべく購入した本を読んで勉強した限りではこの位の情報が手に入った。


 更に馬車に同乗する兵長を含めた、捜索隊の面々にも聞いてみたところ。こちらに伝手がある隊員がいたのでいくつか面白い話が聞けた。


 一部を抜粋すると「地質学者が見つけた地表に露出した岩盤層」とか「親戚の移住先の町で行われる奇祭」など。非常に興味深い。


 車窓から見える緑と青のコントラストも非常に目に新しく、任務を終えた帰り道という事で車内の雰囲気も良い。


 俺も懸念事項が解決された今、面倒なイベントを終えた後のような、気持ちのいい脱力感に包まれている。


 しっかりと整備されている道が馬車の乗り心地をより快適にしている事も手伝って俺は休憩に入るまで非常に楽しい旅を楽しんでいた。




 ユマジカの町はベラトレから丘を越えて橋を渡り、いくつかの湿原を通って道なりに進めば日が出ているうちに着く。いわゆる宿場町だ。

 本命のベラトレに入る前に行商人はここで荷物を捌いて、荷台を開けてからベラトレに仕入れに行く。


 石垣と矢倉に囲まれた町の外周には凶暴な動物と、それを狙ってくる妖魔の巣窟が点在している為。武芸者の出番も多い。

 それでも立地の良さから人が絶えることが無いので、この町は今でも少しずつ広がり続けている。


 さて、町の外壁にずらりと並ぶ馬車が。荷台にたんまりと積み上げた、丁重に梱包されている木箱の群れを見て。現地の商売人は何を思うだろう?

 それは商機である。


 現地に居合わせた商人にとって、この数日で目にした皇国の印が付いている馬車の数は無視できないものだっただろう。

 同時に流れた謎の飛行妖魔の噂も相まって、その情報について独自に探りを入れることはごく自然の話だ。


「お若い武芸者さん、もしかしてあの馬車で来たのかね?」


 それ故に、その馬車に乗る人員である俺にもその手が伸びるのは当然のことだった。これはさっさと話を通さないと面倒そうだ。


 この町の武林所も他の町と同様、賑やかなものだった。

 多少、地域の独自色というか人種の偏りがあるものの。その土地の腕自慢が屯する空気感は変わらず。新顔を見る度放たれる気当たりも最早慣れっこになった。


「御免ください。店主殿はいらっしゃいますでしょうか」


 ここへ顔を出したのは盛大に乗り込んできた馬車の群れに対する説明と、その周知の協力をお願いするためだ。

 商人たちと武林所のつながりは強い。なので、其処経由で或る程度の情報を流すことで、余計な好奇心で手出しをさせぬ様牽制する狙いもある。


 さっきは「もう面倒な事はほとんどない」と言ったが。死骸の輸送も重要な任務なので、キッチリ護衛する必要があった。


「アタシがここの顔をやらせてもらっている。よく来たね、歓迎するよ」


 ここの武林所は宿屋が業務をおこなっており、妙齢の婦人が店主だった。

 仕立ての良い刺しゅう入りの服に身を包む美女で、隊員の何名かが顔を緩ませるほど豊満な身体だったが。柔らかそうな脂肪の下に、強靭な筋肉が備えられている事に気づいた俺は、その完成度に戦慄していてそれどころではなかった。


 これほどの達人が地域の顔役に収まっているとは……


「早速要件を聞こうか。話は早い方がいい、そうだろ?」


 馬車とその積み荷についての説明は滞りなく行われ、詮索不要の周知についても了承してもらった。

 それから軽い談笑の時間になったのだが。その時、彼女から気になる噂を耳にした。


「そういえば、ちょっとばかし気になる連中がいるらしいんだよ。聞いていくかい?」

「是非、お願いします」


 快諾してくれた店主によると、ここ数日、件の妖魔を探す武芸者と思わしき一団がこの地方の町に現れているという。

 彼らは一様に同じ紋様の刺青が隙間から覗き、結構な悪目立ちをしているのだとか。


 揃いの装束に身を包み、黒い外套を身にまとっているという連中は、方々で聞き込みを行い、その過程で横暴な態度を隠さないらしい。


 どう考えても怪しい集団だ。少なくとも堅気ではない。


 そのような団体に心当たりは無いが、統一された装備を用意できる時点で尋常の物ではない。

 こちらが運んでいる物が狙いであることは明確なため、俺たちは店主に礼を言って宿を後にした。


 場合によっては強行軍でこの地方から脱する必要がある。




 同じく南西地方のとある町。

 ここは主要の道路から外れた支道の終点地となっており。時折訪れる行商人を除いては旅人も寄り付かない静かな土地だ。


 そんな街で唯一の武林所では、酒場を兼ねた店の奥をよそ者の集団が占領し。店主の目を気にせず、酒を片手に何かの報告会を行っていた。


「では、最南端のベラトレ周辺が落下地点で間違いないのですね?」

「はい。その通りでございます」


 黒い外套の集団の一人は、室内だというのにフードすら外さずもう一人の男へ断言する。


「そうですか。中々どうして面倒な場所まで来ましたねー」


 一見すると普通の男に見えた。平服をキッチリと着込み、清潔感があり、身だしなみが整っている姿は。腰に佩いている太刀が無ければ、武芸者でなければ若手の商店主でも通用する。


 それが黒衣の集団に傅かれている光景は、何も知らない店主の目には違和感を抱かせたが。商売の邪魔なのでさっさと出て行って欲しいという思考の元、最低限の対応で行くことを選んだ。


「では、あなたたちは数人残してベラトレへ向かってください。僕たちには三人ほど付けていただければ結構です」

「かしこまりました。後ほど人をよこします。それでは失礼」


 会議が終了したらしく。黒衣の集団は男を残して去っていった。


「やれやれ、まさかここまで面倒な仕事とは思いませんでした、君にも苦労を掛けるね」


 見た限りでは男のほかには誰もいない筈だった。それなのに会話を続ける男に、店主はちらりと横目でその方向を見る。


「いや、いいんだよクサツユ。君が我慢する必要なんて無い」

「そうだとも。仕事に付き合わせたのは僕が悪いんだから。もっと君は文句を言っていいんだ」

「それでも、夫婦の旅行に仕事を差し込んだのは僕の落ち度だから……」

「ありがとう。そういってくれて。僕は幸せ者だな」


 誰かと会話している事が確かなら、男の言葉を聞く限りそれはとても親しい人だと分かる。

 「夫婦」という単語を鑑みるに、それは男の妻なのだろう。彼の声色からしてそれは間違いない。ただ、その姿も声も店主からは確認できないだけで。


「ああ、仕事の方は大丈夫。とりあえずは彼らの報告を待ってから動いても間に合いそうだから。それまでは君と過ごせるよ」

「心配いらないさ。確かに此処へは前の失態の埋め合わせでよこされたけど。そんなに不安にならなくても、今度は成功するさ」

「うん……うん、君がそう思ってくれている事は嬉しい。だから、僕もその心に答えたいんだ」

「ありがとう。僕も愛してる」


 どうやら会話は終わったらしい。

 男はおもむろに、椅子に立てかけていた刀をとると、席をたってこちらへ歩いてきた。


「お客さんどうかしましたか?」

「いえ、そろそろお暇しようと思いましてね」


 にこやかな男の顔にすっかり毒気を抜かれた店主は。会計の為に注文を確認する。


「ああ、そうかい。じゃあ、合計で……」

「その前に一つ注文したいものがあるんです」

「へい、大丈夫ですよ何にしまっと……!?」


 男の言葉に店主は持ち帰りの品書きを出そうと少し目を離す。

 ぐらりと目線が揺らぎ、店主はつんのめるように床へぶつかってしまう。


「いててて……すいませんねお客さん。ちょっと歳でね、へへへ……」

「とんでもない。すばらしい健康体ですよ」


 打ち所が悪かったのか、なかなか立ち上がれない店主は壁に手を突こうとしたその時。店主の目に映ったのは、屹立する自分の下半身だった。


「な、なん……何で……」

「骨も奇麗だし、血もサラサラ。酒場の店主に思えないほど健康じゃないですか」


 自分に起こった事に理解が追い付かない店主に、男は抜き身の太刀を持ちながら店主に語りかけている。


「お肉も繊維がミッチリ詰まっていて瑞々しい。クサツユの食事にふさわしい人です」


 段々と意識が薄れてゆく店主を他所に、男は己が握る刀へと話しかけている。


「そうだろ?さっき見た時からそうじゃないかと思って待ってたんだよー。君との食事に彼らを同席させるのも悪いし」


(自分の刀に話しかけていたのかコイツ……)

 店主は先ほどまでの自分の疑問が氷解してゆくのと同時に、出血による朦朧が合わさりゆっくりと息を引き取った。


「じゃあ、お代はここに置いておきますね。美味しいお酒ごちそうさまでした」


 男は自分が斬り殺した店主へ語りかけると、懐から代金を取り出してカウンターへおいて店を後にした。


 静まり返った店内は。血の匂いが充満する空気の中、未だ立つ店主の下半身と。床にうつぶせになった上半身が残された。


「いい店だったね。もし、また来るときがあれば。その時は二人きりで来ようか?」


 男は一人、腰の佩刀へ話しかけながら。誰に咎められることなく町から消えていった。




 俺たちが運ぶ妖魔の死骸を探す一団がいるという情報を得た俺たち捜索隊は。当初の予定を変更し、一泊することなく補給のみ済ませてユマジカの町を出立した。


 馬車を引く馬には悪いが。その集団の目的がこちらの積み荷と思われる以上、悠長に進むべきではないという判断の元。彼らには少し駆け足で走ってもらっている。


 元々、余裕をもって計画していた為、道程を短縮する事に隊員からは異論は無く。日程を変更することで向こうの予測を乱す狙いがあった。


 本当にこちらを狙っているか定かでは無いが、万が一を想定し行動することは必要である。

 それが変えの利かない物証を輸送しているのなら当然のことだ。


 馬車の一団は時折すれ違う対向車への警戒を怠らず。予定の更に先、明日の予定地であるカラエテールを遠目に確認した。


「今日はここまでにしよう。これ以上の異動は逆に危険だ」


 カラエテールの町はユマジカに比べても規模は大きく、他の終着点への道がつながる交錯点にある。今は時期の問題で人は少ないが、それでも拠点としての賑わいはユマジカと遜色ない。


 この地に一泊する事に決まったが、急な予定変更で宿の当てがない。

 皇都の権限で割り込むことは可能だが、そんなことをしては悪目立ちするだけでなく、余計な時間を生み出しかねない。


 直ぐにとれる宿の中で馬車の停留所と一番近い所で今日は休むことになった。

 勿論、馬車には寝ずの番が配置される。


 一応、未だ客扱いの俺だが。今は少しでも手が欲しい事から、部隊に組み込まれて戦力として運用されている。


 本当はもう少し緩い旅になるはずだったのに。本当に存在した御所襲撃犯のせいで余計にめんどくさい事になった。


 もし、目の前に出てきたら。このうっぷんを存分に吐き出させてもらおう。


 武林所には俺を含めた三人で顔を出したが。そこの店に一人、話に聞いた刺青の男がいた。


 効いた通りの黒い外套を被り、一人で静かに飲みながら店の話や人に注意を向けている。確かに妙な気配を感じる奴だ。


 どうやら気づいていない様なので、こちらの顔役に一言言って、別室に通してもらった。


 そこで詳しく話を聞いたところ、奴はつい昨日ここにやってきた流れの武芸者で連れと逸れてここで落ち合う予定なのだそうな。

 それが何時になるのかは聞いていないが、目的地はベラトレだと話したらしく。どうやらこちらの懸念は、ある程度的中していたらしい。


 では、どうするべきなのか。


 ここに居る一人を捕まえても、どれだけ人数がいるか分からない以上、下手に手を出せば相手にこちらの存在がばれてしまう。


 相手がこちらを認知していない以上、監視のみに留めておくべきと店主から協力を打診されたのでそれに甘えることにした。


 休息に戻った宿では、一度に大勢の泊り客が来たので、大忙しになった店員へ手助けを申し入れたり。一人ずつ交代して馬車の警護に着いたりした。


 翌朝、監視中の男が姿を消したとの通報があり。俺たち一行は、朝食も取れず急いで町を出発した。

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