第45話 交渉事

 ヒーロとレイは日中に起こったお互い様のハプニングに少しギクシャクするのであったが、夜にマトモス王子の元へ行く準備を始めるとその時には表面上であれ、お互い何事もなかったかのように振舞うのであった。


「それじゃあ、マトモス王子の宮に行くよ」


 ダークの姿になったヒーロはやはり日中とは違い多少自信が溢れて来るのかレイの手を取る動作をしてみせた。


 レイも髪色を変えて変装し、仮面を付けるとスイッチが切り替わるのか、それに応じるようにダーク=ヒーロに手を差し出す。


「──それでは……、『瞬間移動』!」


 ダーク=ヒーロはそう告げると次の瞬間、自室から二人の姿は消えるのであった。



 二人は直接マトモス王子の寝室に移動する失礼は行わず、一階の私兵達の待機室に現れた。


「「「!?」」」


 私兵達は瞬時に剣や杖など自分の武器に手にかけて二人の登場に反応する。


 だが、さすが王子の護衛を務める者達と言ったところか?


 昨日の今日である事もあり、すぐに王子の命の恩人である事に気づく。


「確か……、ダーク殿とレーイ殿でしたね? 王子殿下が寝室でお待ちですが、まずは二階の側近の方々がいる場所に案内しましょう」


 私兵の一人がそう言うと二人を昨日と同じように二階に案内する。


「もう、来られたか! 王子殿下も目を覚まされ、命の恩人であるあなた方に会いたがっているので、少々お待ちください」


 昨日も応対した側近のトラージがダーク=ヒーロとレイに気づくと急いで三階のマトモス王子の寝室に駆け上がっていく。


 しばらくすると、側近のトラージが戻り、


「それではご案内します」


 と、ダーク=ヒーロとレイを三階に案内するのであった。


 寝室に案内された二人は昨夜までベッドで寝たままであったマトモス王子が起きているのを初めて見た。


「まだ、体力が回復していないからベッドの上でこのような恰好で失礼する。あなたがダーク殿か……。そして、後ろの女性が旧ボサーレ家の一族の……」


「『夜闇のダーク』と申します殿下。そしてこちらはレーイ・ホーロ。顔を見せないのは用心の為ですので仮面を外せという命令だけはご容赦ください」


 ダーク=ヒーロは、挨拶と共に、自分達の正体を確認しようとするであろう言葉を言われる前に断りを入れた。


「『夜闇のダーク』殿か……。お二人共ひとかどの人物とお見受けする。よければ私に仕える気はないですか?」


 マトモス王子は一目見て二人を気に入ったのか、勧誘した。


「王子殿下から直接のお誘い、光栄至極にございます。ですが、俺は誰にも仕える気はありません」


 ダーク=ヒーロは当然だが、日中はただのモブレベルである。


 だからそんなリスクしかない職場はごめん被るところであった。


「ダーク殿、王子殿下がこの短時間で勧誘する事など珍しい事ですぞ?」


 側近のトラージが驚いてダーク=ヒーロにその気持ちを確認する。


 マトモス王子はこのルワン王家において、唯一まともな王子であり、それどころか国王に相応しい懐の深い才能溢れる人物だとトラージは思っていた。


 そのマトモスが面と向かって相手を口説けば、落ちない者はいないと思ってたから、あっさりと断ったダーク=ヒーロには素直に驚いたのだ。


「レーイ殿は?」


「同じく光栄には思いますが、今、私はこのダークに仕えているようなものです。残念ながらそのダークより立派な人物を知らないのでお誘いはお断りします」


 レイはマトモス王子に頭を下げるとダーク=ヒーロを選んだ。


「二連敗は初めての事だな。はははっ!」


 マトモス王子は欲しい人材はこれまで口説き落としてきたのだろう。


 あっさり二人に断られた事を残念がった。


「命の恩人だからと言って、あまり図に乗るなよ? 殿下は礼儀にさほどうるさくないが、通常、考える為に日を置くのが礼儀ぞ」


 魔法使いのマーリンが不機嫌な顔でダーク=ヒーロ達の対応を指摘した。


「はははっ! マーリンが礼儀について語るようになるとはな。今日は良いものを見させてもらっている。命が助かって良かった、ありがとう、ダーク殿」


 場が荒れそうな雰囲気になったが、マトモス王子が部下を茶化す事でその場を一瞬で和ませる。


「それは失礼しました。礼儀には疎いもので」


 ダーク=ヒーロもその気遣いに素直に応じて謝った。


「いいのだ。本当にお二人には命を助けられたと聞いて、感謝している。さすがに私も意識が混濁する中、これはもう駄目かもしれないと諦めかけていたからな。そんな時に、暗闇に光が射したのを夢の中で覚えている。あれはきっとダーク殿の魔力の一端であろうな。あのような温かい魔力を感じる事が出来て良かった。あのまま深い闇の中に落ち、命を落としていたかと思うとぞっとする」


 マトモス王子は意識を失っていた時間の事を、話して少し暗い表情になった。


 そして続ける。


「だが、そこから私を引っ張り上げてくれた。本当に感謝する。──ここに部下のガイス・レーチがいてくれたら、ダーク殿に部下になる為の交渉をしてくれるだろうに……」


「あの男もタイミングが悪いですからね。今頃、遠く離れた辺境で勇者もどきの異世界転移者を見つけて説得している事でしょう」


 側近のトラージが残念そうにするマトモス王子に冗談で補足する。


「勇者もどきなどと言ってはならないぞ。異世界に突然呼び出されて勇者様に後を託されてしまった挙句、我が王家は役立たずと判断して辺境に追放してしまったという……。なんとも失礼な話ではないか。──あ、これは失礼した。こちらの話です」


 マトモス王子はその異世界転移者が目の前にいるダーク=ヒーロとは思わず、当時のヒーロに同情するのであった。


「……断ったお詫びではありませんが、その部下の方の居場所を教えてもらえるなら、ここまで送り届けましょうか?……必ずしも見つけられるかはわかりませんが……」


 ダーク=ヒーロは理由を付けてそう申し出た。


 実はそのガイス・レーチが厄介な相手かもしれない事は、出会った時に思っていたからだ。


 この王子が言う通り、交渉事が上手い人物のようだし、一度、断っただけでは諦めないような素振りを見せていた事もある。


 だから理由を付けて、デズモンドの領都からこちらに送り返したいところだ。


「現状、この状態ですから、ガイス・レーチが一刻も早く戻って来てくれると助かりますが……、良いのですか?」


 側近のトラージが有難いとばかりにダーク=ヒーロの提案に食いついた。


「トラージ、命の恩人をこれ以上働かせてどうする。それにまだ、お礼も渡していないのだぞ」


 マトモス王子は側近を注意する。


「問題無いですよ。お礼とやらはそのガイス・レーチ殿? を送り届けた時に頂きましょうか」


 ダーク=ヒーロは恩を着せつつ、自分の正体がバレないように立ち回るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る