第19話 活躍の場
ヒーロとレイはクエストとはいえ、二人きりの買い物は続き、少し遅くなったが、昼食を取る事にした。
「ヒーロさんはその魔法収納能力があるのになぜ、冒険者としては最下層のGランクなんですか?」
レイは気を遣う様子もなくずばりと疑問を口にした。
彼女としては、朝からずっと買い物に付き合ってくれているヒーロの人柄やその能力、頭の回転の良さからGランク止まりなのが理解出来なかったのだ。
「あはは……、はっきり聞きますね。確かに魔法収納は便利で貴重な能力ではありますが、俺はそれ以外がからっきしなんですよ。こんな世の中じゃ、あまり目立つとカモにされるだけだし、場合によっては命も危ういでしょ? だから街中だけのクエストで済むGランク冒険者が一番なんです」
ヒーロはレイのその真っ直ぐな質問に素直に答えた。
「……本当にそれだけですか?」
レイはまだ納得できないのか聞き返す。
「? ──俺は本当に冒険者に必要な腕っぷしが全然ですからね。早死にしたくないから今のままで十分ですよ」
ヒーロはレイが自分を過大評価してくれているようだと、内心苦笑して答える。
「……そうですか。もっとその能力を生かす場があっても良いと思うのですが……」
レイは残念そうに答える。
このやり取りの後は、少し気まずい雰囲気になった。
午前中は楽しく会話も盛り上がっていたが、午後からはその盛り上がりは失われ、黙々とレイの買い物にヒーロは付き従うのであった。
もうすぐ、夕方になろうかというところ、買い物も大方終了した。
そこに偶然、朝の冒険者ギルドでヒーロとレイに絡んできた冒険者三人組とバッタリ遭遇した。
「お? 朝のお姉ちゃんか! やっぱり美人だな! さすがにもう依頼は終わりだろ? この後俺達と飲みに行こうぜ」
冒険者のリーダーと思われる男が、レイの腕を掴もうと手を伸ばした。
ヒーロはとっさにその手を掴む。
「まだ、依頼中なのでそういうのはちょっと……」
「おいおい、Gランクの分際で、E+冒険者の俺に楯突くとさすがに不味いぞ?」
リーダーの男はヒーロを脅すように言う。
ヒーロもそれはわかっていたからすぐに手を離した。
「──わかっているじゃないか。お前はとっととギルドにクエスト完了の手続きして帰れよ。あとは俺達が引き受ける」
リーダーの男はニヤリと笑って、改めてレイの腕に手を伸ばした。
だが、レイは物怖じする事無くその手を振り払う。
「気の強い女だな! そういうのも嫌いじゃないぜ、へへへっ!」
リーダーの男は、再度、レイを掴もうとした。
そこに、またヒーロが間に入り、
「冒険者が一般人に手を出す事の方がマズいですよ。止めましょう」
と警告した。
本当はこんな事をして目を付けられたくなかった。
相手は、こんな不法な真似をする輩のような冒険者だ。
後々何をされるかわかったものではない。
だが、知っている人間を、それも、一度はチートモードとはいえ、助けた人間を傷つけられるという事がヒーロには見過ごせなかった。
「大丈夫ですよ、ヒーロさん」
レイはヒーロの勇気ある行動に嬉しそうな笑みを浮かべて、ヒーロを横にずらした。
その手にはいつの間にか鞘に入ったままの剣が握られている。
レイの魔法収納の中にぎっしり入っていた中身の一つのようだ。
「お? 素人が剣を持ち出すのは頂けないぜ? それとも、ここで俺が実力を示したら今晩付き合ってくれるのか?」
リーダーの男はレイの対応に軽く驚くと不敵な笑みを浮かべる。
他の冒険者二人も楽し気に笑う。
「私に勝てるなら、相手してあげるわ。でも、私が勝ったら、ヒーロさんに対する失礼を謝罪し、この街から立ち去りなさい」
レイは凛々しい表情で応じた。
「れ、レイさん!? 相手はE+ランクの冒険者だよ!」
ヒーロは慌てて止めに入る。
「大丈夫です。私、これでも剣の心得があるので」
レイはヒーロに笑みで答えると、冒険者達に向き直る。
さすがにこうなると、周囲には野次馬が集まってきた。
冒険者達はさすがに目立ってきたので、後々、問題になる事を恐れてこう言い出した。
「俺が勝ったら、この揉め事はお前らのせいという事にしてもらうぞ?」
「勝ったらあなたの好きにしなさい。それよりも、誓いなさい。私が勝ったらあなた達はこの街から出て行くと!」
レイは鋭い目つきで冒険者達を睨んで答えた。
美人の脅しはこうも見栄えが良いものかとヒーロは観戦者の一人の気分でぼーっと見ていた。
「よし、わかった! ──野次馬共! 今の聞いたな? あとで冒険者ギルドに変な事をチクるなよ!」
リーダーの男は、言質を取ったと笑みを浮かべると、剣を抜く。
「こう見えても俺は、Dランク帯の魔物を仕留めた事があるんだぜ? 後悔しな!」
そう言うと、男は一瞬にして別人のような鋭い動きでレイに斬りかかる。
と言っても、殺す気はなく剣を叩き落とすのが目的の軽い踏み込みであった。
レイは鞘に入ったままの剣でそれを軽々と受け流す。
それに対して、男は目を見開いて驚きながらも、態勢を崩すことなく、すぐに返す剣で今度はレイの剣を握った右腕を切り落とすつもりで振るった。
レイはそれも易々と鞘に入った剣先で軽く受け流す。
「確かに、言うだけありますが、でも、私には及ばないようです」
レイはそう答えると素早く鞘から剣を抜き放ち、男に対して下段から上に一閃する。
その一筋の光のような剣先は、男のズボンのベルト、着ていた革鎧、そして薄皮一枚の鼻先を斬っていた。
男のズボンはずり下がり、革鎧は脱げ、鼻先から血が噴き出し、
「ぎゃっ!」
と男は鼻先を押さえて悲鳴を上げた。
「──まだ、やりますか? それとも、素直にこの街から出て行きますか? 二度目はありませんよ」
レイが男の眉間に剣先を突き付けて警告する。
「で、出て行きます!」
リーダーの男は鼻先から血をダラダラと流しながら、そう答えるとずり下がったズボンを引き上げて他の二人の冒険者を引き連れて逃げていくのであった。
「格好良かったぜ、姉ちゃん!」
「スカッとしたよ!」
「お姉さんに賭ければ良かったぜ!」
野次馬達はレイの爽快な勝ちっぷりにやんやと声援を送る。
レイはそんな野次馬に軽く手を上げて応えていた。
ヒーロはその蚊帳の外の気分で、この剣の腕が一流の銀髪美女の横顔を頼もしく眺めているのであった。
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