第59話 商会発足

 マトモス王子死去の報が発せられてから、十日が経過。


 これにより国内はおろか、国外にまであっという間に広まった。


 マトモス王子は王都にいる暇がないくらい、国王によって外交官として各国に送り出されていたから、マトモス王子の人柄を知る国は多く、その死は悼まれた。


 それが反乱未遂だったとしてもである。


 国によっては、マトモス王子の無念の死に堂々と弔意を表すところもあった。


 これはルワン国王とクルエル王子に対する最大限の皮肉である。


 この事によって、ルワン王国に対する風当たりは強くなるだろう。


 これまではマトモス王子の外交力で他国との間に問題が起きぬように保たれていたから、摩擦も最小限に収まっていたのだ。


 しかし、マトモス王子という最大の緩衝材が無くなった事で、ルワン王国に対する不満は直接王家に向かう事になる。


 国内の不満もマトモス王子の存在があればこそ、爆発せずに済んでいた部分があるかもしれない。


 貴族の間にはそれが確実にあったから、これからの国家運営に注目が集まるだろう。


 その中、クルエル王子は目の上のたん瘤が無くなった事で、これまで以上にワガママな振る舞いが行われるかもしれない。


 それによって国内はおろか、諸外国とどうなるかも心配なところであった。



 ヤアンの村にある急遽ダーク=ヒーロによって建てられた家屋の一つに夜、人が集まっていた。


「……そろそろ、動く時ではありませんか?」


 マトモス王子の側近トラージが、日焼けした顔で一堂に会した者達を代表して一言口にした。


「トラージ、まだその時ではない。それに我々はダーク殿のご厚意でここに置いてもらっているのだ。その場所で我が物顔で策謀を練るのは物騒だし失礼だろう」


 同じく日焼けした魔法使いのマーリンが、トラージの案を一蹴する。


「いや、置いてもらっているからこそ、策を練って外に出る事も考えないといけないだろう」


 私兵のまとめ役であるジンが口をだした。


 現在、マトモス王子一行は私兵を合わせて全部で百人近くおり、それが全てヤアンの村にお世話になっている。


 元々の村長ロテスをはじめとした住人が百人余り。


 そこにドワーフ族が百人加わり、エルフのミア、そして、孤児のゾロとリリアを合わせて三百人以上が現在のヤアンの村の人口である。


 村としてはかなり大きい部類であるが、急激に増えた事で自給自足は出来ていない。


 田畑の収穫は当分先だから、村の収益は今のところドワーフ達が作る武器、防具、農具、雑貨、貴金属類をダーク=ヒーロとレイが昼間に商人相手に商売してお金を作っている状況だ。


 そんな商品の材料の仕入れも食料の買い出しも、肉以外はほとんど全てダーク=ヒーロとレイに頼り切っている。


 だからこそ、マトモス王子一行も狩猟などに協力しているが、村の役に立っているかと言うと不安があるのであった。


「その心配は不要ですよ。ヤアンの村の住人としてみなさんの事は歓迎してますし、村の守りも今まで以上に良くなって俺としては安心しています」


 傍聴人としてマトモス王子一行の話し合いに参加しているダーク=ヒーロがそうフォローした。


「だがなダーク殿。我々は仮にも国民の生活をよくする為に働く側の人間だったのだ。それが、今では養ってもらっている状況。情けないだろう……」


 側近のトラージはマトモス王子の傍で国家の為に尽くしてきた自負もあるから、何かやりたい思いは人一倍あるようだ。


「それに、ルワン王国の為にも何かしら動いておきたいところでもある」


 私兵のまとめ役ジンも付け足した。


 マトモス王子の配下は全員愛国心があるから、役に立てていないと責任を感じるものが多そうではあったから、ジンの言い分はよく理解できるものであった。


「ダーク殿、うちのガイス・レーチは口が達者だ。商人との交渉にも使えるし、それにマトモス王子支持派をまた、まとめる為に動いてもらう事も出来ると思うから傍に置いてくれないだろうか?」


 トラージはともかく恩人のダークの役に立つ為の一つとして提案してきた。


「それは嫌です」


 ダーク=ヒーロの答えは簡潔であった。


 口が達者で分析が的確なガイス・レーチは、一緒にいるとダーク=ヒーロの正体がバレる可能性が高過ぎる。


 そういう意味で一緒にいる時間は増やしたくない。


「ダーク殿は私を避けておられるようだ。ならば、護衛の数名と一緒に適当なところに送って頂けないだろうか? 私の得意分野はやはり、この口先だ。これを活用する為には外に出るのが一番だと思う。国内の貴族達を動かす為にもそれが最良だと思うのだが」


「待て、ガイス。お前にだけそんな任務を与えるわけにもいくまい。何より私が死んだ事になっている今、貴族達も自分の身の振り方について悩んでいる時だろう。そんなところにお前が行ってみろ。王家に突き出す者がいてもおかしくない」


 マトモス王子は自分だけ安全地帯に居ながら、部下だけを働かせることを嫌がった。


「はははっ。よく人にはそれぞれ役目があるとおっしゃっていたのはあなたですよ? 私はその役目を果たしたいのです。多少の危険は当然承知しておりますよ」


 ガイスも引く姿勢を見せない。


「勝手に話を進めないで頂けますか? ──これからも俺が情報は集めて来ます。その情報を基にみなさんは今後どうするか決めてください。情報も無しに動かれて死ぬ事になったらこちらの目覚めが悪いです」


 ダーク=ヒーロは王子とガイス・レーチのやり取りを見て、そう注意した。


「簡単に死ぬつもりは毛頭ないぞ。しかし、私も役目が欲しい。この十日あまり、この村で私の働きと言ったら失敗ばかり……。肉体労働はやはり性に合わないようだ」


「……わかりました。それなら一つ提案が。この村の産業は現在、ドワーフ族のみなさんの工芸品が中心です。それを俺とレイが日中商人相手に商売をしている状態ですが、こちらもあまり目立たないようにしているとはいえ、他の同業者から目を付けられ尾行される事もありますので、その役目を変わってもらえますか?」


「ほう……。それはつまり、私が商人の真似事するという事か?」


「というより、商会を作って大きくして欲しいのです。それなら俺とレイも目立たずにすみます」


「……王子。よろしいでしょうか? 商会なら情報も集めやすいかと」


 ガイス・レーチは自分向きの仕事が出来そうでその目は輝いている。


 先刻までの目の色とは別物だ。


「……わかった。私兵を五人付けるから、どこかの街で商会を立ち上げよ。人が必要な時は言ってくれ」


 マトモス王子もガイス・レーチの活用の場が出来た事が嬉しかったのかすぐに賛同する。


「それでは、私は何でも屋の『ヤアン商会』を名乗らせてもらいます」


 ガイス・レーチはニヤリと笑うと、ダーク=ヒーロにちなんだ名前にするのであった。

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