第46話 続・交渉事
マトモス王子との面会翌日の朝。
ヒーロとレイは自宅で各自、ぐっすり寝ていた。
ヒーロは寝る前にレイと自分に体力回復系魔法を掛けて寝たので、日が昇ってからも短時間で体力を完全回復できた。
そこに、前日同様、ガイス・レーチが訪問してきた。
「まだ、寝ておられたか? 明日からはもう少し遅く訪問する事にしましょう」
と、明らかにヒーロを説得するまで毎日来る素振りをみせる。
「……それで何の用ですか? お誘いは昨日お断りしましたが」
ヒーロは仏頂面で(わざとだが)ガイス・レーチを室内に通して、着席する。
「我が主マトモス王子は昨日も申し上げました通り、素晴らしい方です。ヒーロ殿はきっと王家の嫌な部分ばかり王都滞在中は目撃されたのだろうと思いますが、王子殿下はその逆の人物なのでご安心ください。それに殿下は金払いも良いので贅沢しなければ、生活に困らずに済みますし、何より、普段はゆっくりできるので楽ですよ?」
ガイス・レーチはどうやら、ヒーロが人情に訴えかけても動かないとみて、今度は実質的な金銭や環境面で説得しようと変更して来たようだ。
「……それを聞くと、昨日頂いた革袋も受け取らない方がよいようですね。──こちらはお返します」
ヒーロは何か勘気に触れたようで(そう思わせる為の演技だが)、魔法収納から前日半ば強引に渡されたお金の入った革袋をガイス・レーチに出して返却した。
「気に障られましたか? ヒーロ殿はとても高潔なお方なのですね、失礼しました。──これはマトモス王子からのお詫びですからお受け取りください」
ガイス・レーチは自分の読みが間違いだったようだと、内心焦ると謝罪し、出された革袋を押し戻した。
「……使者殿。俺を説得するのは諦めてください。王都に戻る気はないですし、誰かに仕える気もありません。今の生活には満足しています。ですから、人情に訴えられようが、高収入をチラつかされようが、俺は承諾しませんよ」
ヒーロは断りながら、今晩、ダークの姿でガイス・レーチの元を訪れ一刻も早く王都に送り返そうと思った。
「……ヒーロ殿。一緒に暮らしているそちらの女性と一緒に来てくれていいのですよ? 王都はなんと言ってもルワン王国最大の都です。あらゆるものが揃っていますし、便利な施設も多い。彼女さんも喜ぶと思いますが……」
今度は同棲している彼女のレイ(だとガイス・レーチは思った)への気持ちを揺さぶる作戦に切り替えてきた。
次から次へと……、この人、絶対次はレイが喜びそうな品を買って持ってくるぞ……。
「彼女を出汁に説得しようとしないでください。ガイス・レーチ殿、あなたの熱意は買いますが、残念ながらそれも俺には迷惑です。マトモス王子殿下の使者としての手前、引くに引けないのでしょうが、こちらも自由が大切なのでご理解頂きたい。──お引き取りを」
ヒーロはそう言うと立ち上がり、玄関の扉を開く。
外には私兵二人が待っており、ガイス・レーチが手ぶらで出てきたので、多少驚いている。
昨日のは探りを兼ねたもので、本命は今日の交渉だったのだろう。
もしかしたら、宿屋を出る際に、今日説得すると言ったのかもしれない。
どちらにせよ、交渉は失敗に終わり、ガイス・レーチはとても残念そうな表情を浮かべている。
もしかしたら内心では失敗した自分に自問自答していたかもしれないが、元々、ヒーロを説得するのは不可能であったからそこは納得してもらうしかない。
それにこの男を放っておくと自分を説得する為に周辺を調べ上げる可能性がある。
それでは困るから、今晩、必ず送り返した方が良いとヒーロは確信するのであった。
その日の夜。
マトモス王子の側近トラージに書かせた書状を持って、ダーク=ヒーロは一人、ガイス・レーチと護衛二人の泊まる宿屋の屋根の上に訪れていた。
「室内で今日の失敗の反省会をしているな」
ダーク=ヒーロは能力である『地獄耳』でガイス・レーチの会話に聞き耳を立ててみた。
「──おかしいんだよな。俺の読みではヒーロという人物、弱気で慎重、安定を求めるが、無鉄砲なところがあり、必要とされたらそれに応じる意気なタイプだと思ったのだが……」
うっ、たった二日で俺の性格読まれてる!
ダーク=ヒーロはガイス・レーチの分析力に舌を巻いた。
これで周囲を調べられたら、丸裸にされそうだ。
「……やはり、一緒に住んでいるあの地味な女性の存在が心情に変化を与えていると見た方が良いだろうな……。しかし、今日の感じだとそれだけではない気もする……。他に彼に自信を与えるような出来事、もしくは能力を覚えたのか……。情報が無さ過ぎてわからんなぁ」
ガイス・レーチは護衛の私兵に話しながら頭を整理していた。
またも、正解してる!──俺がチート無双できる事まで見破られそうだ……。
ダーク=ヒーロは一刻の猶予もならないと思ったのか、ガイス・レーチの部屋の扉まで『瞬間移動』で移動してそのままノックした。
「──はい。どちら様でしょうか?」
中からガイス・レーチの声がする。
そして、私兵二人が素早く扉の両脇に剣に手をかけ待機したのが、ダーク=ヒーロは『気配察知』でわかった。
これはかなりの腕利きの反応だな。
ダーク=ヒーロは下手な駆け引きはしない方が良いと考えると、
「トラージ殿から書状を預かってきた。扉の下から中に入れる。中身を確認してから扉を開けてくれ」
ダーク=ヒーロは素直にガイス・レーチが扉を開けないと思い、すぐに手紙を中に差し入れる。
中で書状を開け、読む時の紙を触る小さな音が『地獄耳』で確認できた。
数分後、ゆっくりと扉が開かれ、ガイス・レーチが中に入るように促す。
「……」
ダーク=ヒーロは両脇に立っている私兵は眼中にないとばかりに堂々と入る。
「……それではよろしいか?」
「どういう事だ?」
「書状の内容の通りです。マトモス王子とその周囲のみなさんはあなたに一刻も早く戻って来てもらいたいそうです」
「……それで、お主がどうするのだ?」
どうやら、移動手段については書状に書いていないらしい。
「それではみなさん俺と手を繋いで」
ダーク=ヒーロは両脇の警戒する私兵の二人に手を差し出す。
下手な真似をしても二人と手を繋いでいれば、動けないはず。
私兵二人はそう考えお互い頷きあうと、ダーク=ヒーロの手を取った。
それに習ってガイス・レーチも私兵二人の手を取る。
「──それでは」
ダーク=ヒーロは短く答えると、次の瞬間には王都のマトモス王子がいる宮の塔一階の部屋に移動した。
「「「なっ!?」」」
ガイス・レーチと私兵二人は視界が一瞬で変わったので動揺する。
ダーク=ヒーロはそれを確認すると何も言わずに手を離す。
そして、自分は厄介者を送り届けられた事に満足すると、報酬を貰う事無くさっさと瞬間移動で自宅へ帰るのであった。
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