第42話 治療する夜

 マトモス王子の寝室には、魔法使いの姿をした人物と、常駐の医者に担当の女性メイド、そして、私兵の護衛二人がベッドの傍にいた。


 そこに側近と私兵三人が見知らぬ黒装束のダーク=ヒーロとレイを連れて入ってきたので、最初から居た魔法使いが見咎めた。


「こちらはどちらさまで? ──トラージ、今は緊急事態だぞ?」


 側近の男、トラージに対して、魔法使いの言う緊急事態とは結界を破ってこちらを探っている者がいたという事に対する指摘だろう。


「マーリン、こちらも緊急事態だ。この二人は旧ボサーレ公爵家の分家であるホーロ家の娘と王子の治療が出来るかもしれないと言っている男だ」


 側近の男トラージがダーク=ヒーロとレイを簡単に紹介する。


 ダーク=ヒーロはその間にマトモス王子の容態を能力で観察しようとした。


 だが、また、その試みは見えない壁に弾かれる。


「ふっ。王子にちょっかいは出させんぞ」


 魔法使いのマーリンはダーク=ヒーロが何かしようとしたのを結界で察知したようだ。


 だが、ダーク=ヒーロはそれを無視するとまたも結界を易々と突破して、マトモス王子の容態を調べる。


「な!? 私のとっておきの結界がまたも破られた、だと!?」


 マーリンはこの日、自分の結界が二度も破られた事に愕然とした。


「落ち着けマーリン。今は一刻を争う。このダークという男が王子殿下の治療が出来るかもしれないのだ。それに賭けよう」


 側近のトラージがマーリンを落ち着かせようとする。


「落ち着けだと!? どこの馬の骨ともわからない仮面姿の連中を寝室に入れたばかりか、私の結界を易々と破られて黙っていられると──」


 マーリンが杖を手に興奮気味に言い募る。


 それを遮るように、ダーク=ヒーロが口を開いた。


「これはただの毒ではないようです。普通の医者に治療は無理ですね。これは診たところ『呪毒』と呼ぶものだそうです」


「「『呪毒』? そんなもの聞いた事が無い!」」


 魔法使いのマーリンと医者は同時にダーク=ヒーロの言葉を否定した。


「聞いた事が無くて当然かと。最近開発されたものみたいです。ただの毒ではなく、文字通り呪いのかかったもので、標的である相手のみがそれを口にして時間が経つと『呪毒』が作用するようになっているようです。ですから他の誰がこれを口にしても反応はなく、気づかれないようになっているようです」


「……それが本当なら、毒見の段階では誰も気づけないぞ……!」


 側近のトラージが合点がいったという表情でダーク=ヒーロの言葉に頷く。


「待て! それをなぜ貴様が知っている! そんな事、毒を盛った当人くらいしか知り得ない情報だろう!」


 魔法使いのマーリンは、自ら馬脚を現したな、とばかりにダーク=ヒーロに言い募った。


「俺の能力でとしか言えません。それでどうしますか? この『呪毒』の呪いは段階を踏んで体を蝕み、最終的に心臓と魔力が集中する下腹部、そして、脳に呪いの毒を運ぶようです。そして、すでにカウントダウンが始まっています。……時間は残り三分十六秒、十五秒、十四、十三……」


 ダーク=ヒーロはマトモス王子の枕元に歩み寄ると、王子に右手をかざしてそう秒読みを始めた。


「さ、三分だと! すぐに治療を頼む!」


 側近のトラージが魔法使いのマーリンを押さえるようにしてダーク=ヒーロに懇願した。


「トラージ! 何者かわからない奴の言う事を信じるのか!?」


「時間が無い! ──まずは治療を! ──マーリン、恨み言は後で聞く!」


 トラージはそうダーク=ヒーロに告げるとマーリンを他の私兵に抑えさせる。


 ダーク=ヒーロは頷くと、右手をマトモス王子の体にかざして治療法を診た。


「……下腹部から、頭、最後に心臓の順か」


 ダーク=ヒーロはそうつぶやくと、右手を下腹部に添え、魔力を流し込む。


 注ぎ込む量はとても微妙で、多すぎても少なすぎても駄目なようだ。


 一度、失敗してそれに気づき、適量を注ぎ込む。


 その間に時間は過ぎていく。


 ダーク=ヒーロは内心、冷や汗をかきながらそれらを行っていった。


 次に頭部分。


 そして、最後に心臓。


 ダーク=ヒーロの目にだけ見える死のカウントダウンの残り時間が三秒のところで止まった。


 そして、マトモス王子の全身に漂ったままの薄い呪いをダーク=ヒーロが『浄化』で解くと、先程まで真っ青で死期が近いのがはっきりとわかっていたマトモス王子の顔色に血の気が戻っていく。


「「「!」」」


 ずっとマトモス王子の容態を窺っていた医者に魔法使いのマーリン、そして、メイドはいち早くその変化に気づき、治療が成功した事に驚く。


「……治ったのか?」


 側近のトラージはそれに気づかず、ダーク=ヒーロに確認した。


「……はい。ギリギリでしたが、治ったと思います」


「「「はぁ……!」」」


 ダーク=ヒーロのその言葉に、全員が安堵の溜息を大きく同時に吐く。


 レイもダーク=ヒーロの仮面越しの横顔を見て、頼もしさと誇りといった想いと共に安堵する。


「助ける事が出来たようなので、俺達の用は済みました。──レー……イ帰ろうか」


 ダーク=ヒーロは他の者の前で名前を不用意に呼びそうになり、間延びな呼び方になった。


それを理解したレイは、仮面越しに笑顔で応じると共に退出しようとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。そちらの要求は? 危険を冒してここまで忍び込み、王子殿下を助けてくれたのだ、何か求めるものがあるのだろう? ……やはり、お家の再興か?」


 側近のトラージが命の恩人であるダーク=ヒーロとレイに目的を聞いた。


 それはそうだろう、トラージの指摘通り、危険を冒してまで助ける義理は無いはずなのだ。


 何か要求するものがあると考えるのが当然であった。


「……マトモス王子が目覚めたらお伝えください。これからもこの国の為に正しく生きてくださいと」


「それだけ……、か?」


 魔法使いのマーリンが信じられないとばかりに聞き返す。


「俺は『夜闇のダーク』。正しき者の味方だ。それがそんなに信じられないなら、また、次回、マトモス王子が目を覚ました時に訪れよう。──レーイ」


 ダーク=ヒーロはレイの手を取ると、次の瞬間には二人の姿が、トラージ達の前から消え失せる。


「しゅ、『瞬間移動』か!? ──『夜闇のダーク』……、奴は一体何者なのだ……?」


 魔法使いのマーリンは目の前で起きた一連の出来事がまだ信じられないとばかりに、ダーク=ヒーロの正体を計りかねるのであった。

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