第43話 すれ違いの使者

 マトモス第二王子を紙一重で救ったヒーロは、夜明けギリギリでデズモンド領都の自宅にレイと共に戻って来た為、寝る前に使用する持続系体力回復魔法を唱える事が出来なかったから、チートモードからモブモードに切り替わるとどっと疲れがやって来た。


 それから、その状態のままで冒険者ギルドに向かう選択をする。


「さっきまでダークとして頑張られましたし、今日は休んではどうですか? 私も正直疲れました」


 レイは疲れた顔のヒーロを労って休むように言う。


「そうだなぁ……。でも、これは日課だから。俺はギルドで一つクエストをやってくるよ。あ、レイは休んでていいよ」


 ヒーロはそう言うと、出かけようとする。


「それなら私も行きます。私は日中のヒーロを守る事が任務ですから」


「いや、いいって。レイは休んでて」


「駄目です! ヒーロが行くところには私も行きます」


 そんな押し問答を続けていると、誰かが扉を叩く音が響いて来た。


 そして、


「ヒーロ殿はおられますか?」


 という声が聞こえてくる。


「?」


 誰だろう?


 ヒーロは当然ながら、この世界にほとんど知り合いがいない。


 ヤアンの村の住人達が知っているのはダークだけだし、ヒーロを知っているのはレイだけだ。


 ましてや、「殿」付けで呼称する者など久しくない。


 呼ばれていたのは勇者の後継者として王宮に招かれていた時くらいだ。


 レイもそれを感じたのか、とっさに髪の色を変え、服も地味で目立たないものに一瞬で変身して見せた。


 ヒーロはそれを確認してから返事をする。


「はい、ちょっとお待ちください」


 そして、扉を開けた。


 そこには黒髪、黒い目の身分がありそうな立派な格好の男性が立っており、その背後にも兵士風の男達が二人控えている。


「……どちらさまでしょうか?」


「私はマトモス第二王子殿下の使者として参りました、ガイス・レーチという者です」


「「マトモス王子殿下!?」」


 ヒーロとレイはその名に驚いて聞き返す。


 なにしろ先程その王子の命を助けたばかりである。


 その使者が、このタイミングでくるだろうか?


 王都からデズモンド子爵領都まで、馬車で約一か月はかかる距離である。


 つまり、毒を盛られる以前に、自分に使者を立てた事になるのだ。


「驚くのも仕方がありません。確かマトモス王子殿下とヒーロ殿は面識がないはずですから。我が主はここに追放されたヒーロ殿を心配され、良ければ自分の配下に召し抱えたいと仰せです。これが主よりの書状です」


 ガイス・レーチと名乗った使者はそう告げると書状をヒーロに手渡した。


「とりあえず、立ち話も何なので中にお入りください。──レイ、出かけるのは中止で」


 ヒーロは冷静さを保とうと努めて使者を家に招き入れた。


「それでは失礼します」


 ガイス・レーチも長旅の後だから、遠慮なく中に入って出された椅子に腰かけた。


 レイはすぐにお茶を入れるべく、かまどに火を入れて水を沸かし始める。


「お気遣いなく。どちらにせよ、今日はこの街で一泊してゆっくりするつもりですから」


 ガイス・レーチは黒髪に姿を変えている地味な姿に変身しているレイに断った。


「書状を読ませてもらいますね」


 ヒーロも気遣う事無くガイス・レーチから渡された書状を読み始めた。


 その内容は使者が言っていた事とほぼ同じで、一度、客人として迎えたヒーロを追放同然に辺境に追いやった身内の失礼をお詫びすると共に、自分の元でその能力を生かしてみないかというものであった。


 ヒーロは王宮から追い出される前に鑑定を散々されており、その時に魔法収納の能力がある事だけは確認されている。


 その事を知ったマトモス王子がそれを理由に自分の方で雇おうと考えたようであった。


 全てはヒーロに同情しての判断だろう。


 あの時、自分に同情してくれる王侯貴族はほぼ誰もいなかったので、その場に居合わせていなかった見ず知らずのマトモス王子だけが、気遣いを見せてくれた事にちょっとした感動があった。


「……マトモス王子のお気遣いありがとうございます。──王都での生活は針の筵のようで辛い思い出しかありませんでしたから、そのように言ってくれる人がいただけでも嬉しい限りです。ですが、俺はこの街での生活もようやく馴染んで落ち着いてきました。同居人もいますし、お誘いはお断りいたします」


「……どうしてもですか? 殿下は今は亡き勇者様の後継者として選ばれたあなたの可能性に期待されています。我々もその殿下に見込まれて王家ではなく殿下個人に仕えています。殿下は一命を賭して仕えるに値する方ですよ?」


 使者のガイス・レーチは長旅の末に会う事が出来たヒーロを説得すべく引き下がらない。


 それにヒーロの疲れた表情から、あまり良い生活を送れていないと勘違いしていた。


「王子殿下が優れた方というのは、俺も噂でよく聞いているのでいい方なのでしょう。それに周りにいる方も優れた方々のようです。そんなところに俺のようなモブは必要ないですよ」


 ヒーロは日中の自己評価を思わず口にする。


「モブ? その意味は分かりかねますが……、あなたにも一芸がおありではないですか。魔法収納は容量にもよりますが、貴重な能力なのは確かです。それだけでも十分我々の仲間になるに値するかと……」


「いえ、俺はそれだけが取り柄であとは全て凡人以下。王子の傍で仕える事などできません。お誘いには感謝しますが、そういう事なのでお引き取りください」


 ヒーロは顔色が悪いままそう答えたので、ガイス・レーチには悲壮感と感じたのか、


「──こちらで何か滋養のあるものでもお食べください。それでは今日のところはこれで失礼します」


 ガイス・レーチはそう言うとお金が沢山入っていると思われる革袋を机にドンと置くと立ち上がる。


「これは受け取れません」


「いえ、王家のあなたにした仕打ちを考えると、これでも安いくらいです」


 ガイス・レーチはそう言いきると、ヒーロ宅を後にするのであった。


「……どうしようか?」


 ヒーロは目の前の革袋を見てレイに問いかける。


「使者の言う通り、ヒーロが受けた仕打ちを考えると貰っておいてもいいのではないですか?」


 レイはヒーロからこれまでの話を全て聞いていたから、使者と同じ気持ちであった。


「とりあえず、マトモス王子を助けた報酬の一部という事にしておこうか」


 ヒーロはそう答えると、魔法収納に革袋を入れるのであった。

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