第17話 日中の二人

 ヒーロはまたしても、僅かな睡眠から目覚め、重い体を起こして溜息を吐く。


「夜の間は体が軽くて疲れ知らずだから、どうしても夜更かししてしまうのは反省だよな……」


 ヒーロは目を擦りながら夜の間に魔法で用意した水を大きな甕からすくって顔を洗う。


 わざわざ井戸から毎回汲み上げる必要が無いのは便利だ。


 ヒーロは顔を洗ってスッキリすると、魔法収納に納めている前日に購入しておいた調理済みで温かいままのパンとお肉、そして、サラダを朝食として出すと、短時間でそれを食べ終える。


「レイは今、この時間どうしているのかな……。よく考えると日も明けないうちに女性を一人置いて帰ってきた俺って最低じゃん……」


 ヒーロは正体を知られない為とはいえ、冷静に見ると自分の行動がかなり酷い事に気づいて机にごんと頭をぶつける。


「……多分、朝一番から開けているお店で買い物してるよね? ちょっと、様子を見てからギルドに行こうかな?」


 ヒーロは日中、モブ並みの力しかないから、様子を確認したところで困っていても助ける事はできないのだが、罪悪感からそう考えるのであった。



 銀髪に赤い瞳の美女レイを見つけるのはさほど苦労しなかった。


 ヒーロの想像通り、朝早くから開いているお店を中心に探していたら、レイは丁度、肉屋の店主と値切り交渉を行っていた。


 村のみんなの食料や水の確保、消耗品や日用品などその購入量は多く、かなりの費用になるから、値切り交渉にも熱が入る。


「美人のお姉さんに値切られたら断れないなぁ……。わかった! 買ってくれる量もかなり多いし、その値段でいいよ」


 店主は夜明け前に仕入れて捌いた肉の大きな塊を五つ、従業員と一緒に重そうに店頭にどんと置いた。


「でも、この量をどうやって持って帰るんだいお姉さん。なんなら、あとで届けてもいいがね?」


「大丈夫です。私、小さいですが魔法収納能力を持っているのでこのくらいなら入ります。……あっ」


 レイは肉屋の店主に問題無いとばかりに応じたのだが、何かに気づいてその場で固まった。


「どうしたんだい、お姉さん?」


 肉屋の店主はレイの反応に何かあったとわかり聞き返す。


「……魔法収納内の荷物を村に置いて、スペース作るの忘れてました……」


 どうやらレイの魔法収納はぎっしりと詰まっており、お肉を入れるスペースがないようだ。


「えー!? どうするんだいお姉さん? うちとしては買戻しは基本していないんだが……、売らなかった事にしておこうか……?」


 肉屋の店主は朝からレイへの大量販売でかなりの売り上げになっていたのでそれだけで上機嫌だったのだが、一気に暗くなりながら答えた。


「どうしましょう……。ダークさ……、ダークにお願いできたら良かったのだけど……」


 レイはお肉屋の前で途方に暮れた。


 ダークと落ち合うのは夕方以降の約束だから、それまではこのお肉をどこかに置いておかないといけない。


 だがそれだと身動きが取れず、他の物も買えなくなる。


 レイは一人、肉屋の前で考え込んでしまうのであった。



 ヒーロはこの様子を距離を取って見ていた。


 そして、肉屋とのやり取りから、レイが困っている事もすぐわかった。


 しかし、どうするべきか?


 俺なら日中でも魔法収納が使えるから、手伝う事は出来る。


 だが、そんな事をすれば、自分の正体がバレる可能性があった。


 ヒーロは声を掛けるべきか、辞めておくべきか躊躇していると、肉屋の主人がそんなヒーロに気づいた。


「お? あんた、冒険者のヒーロじゃないか! 丁度良いところにいたな! あんた魔法収納持っているから、荷物持ちの手伝いしてくれないか?」


 肉屋の主人とヒーロはGクエストの関係で顔見知りだったのだ。


「お、俺ですか!?」


 ヒーロは迷っているところに、突如声を掛けられたので動揺した。


 その動揺は無茶な協力を頼まれたと困ってるようにレイには映ったが、レイにとっては村のみんなが待っているから、必死である。


「魔法収納持ちの冒険者さんなんですか!? お願いします! 報酬もお支払いしますので、今日一日、私の買い物に付き合ってください!」


 とヒーロに頭を下げてお願いされた。


 どうやら、声だけでは自分がダークだと気づいていないようだ。


「うちからも頼むよ。こんな美人のお姉さんと一日デートして、報酬も貰えるんだ、良い話だろ?」


 肉屋の店主からもお願いされる。


 レイはともかく、肉屋の店主とは今後もGランククエストで仕事を引き受ける可能性が大いにある。


 正体がバレない為には本当は断りたいところではあるが、付き合いの事を考えると了承するしかないのであった。


「……わかりました。でも、俺も冒険者ギルドに所属する冒険者なので、ギルドでクエストとしてちゃんと申請してもらいますね」


 ヒーロはトラブルは避けたいので、手続きをお願いすると、肉屋の店頭に積まれたお肉の山を魔法収納に納めた。


「ありがとうございます。お願いします!」


 レイは思わむ救世主にお礼を言う。


 そして、ヒーロと一緒に冒険者ギルドに向かい、すぐに手続きを行う事にしたのであった。


 そこで、ヒーロは注目の的になる。


 当然ながら銀髪の美女を臆病者のGランク冒険者がギルドへ伴ってきているのだから、目立たないわけがない。


 美人受付嬢のルーデも冴えない冒険者ヒーロが美女を連れてやって来たので驚いていた。


 最初、冒険者登録かと思って聞くと、ヒーロを指名でのクエスト依頼だという。


「あ……、なるほど、わかりました!」


 受付嬢のルーデは事情が分かって納得すると、テキパキと処理を済ませて、クエスト受注まで手続きを済ませる。


 この辺りはさすがこのギルドの優秀な受付嬢というところだ。


 ヒーロは内心感心していると、そこに三人組の冒険者がやって来た。


「臆病者冒険者のヒーロじゃないか。なんだ美女を連れて。お姉さん、こんなビビりは放っておいて俺達とパーティーを組まないか?」


 ヒーロが一番恐れていた事が起きてしまった。


 目立たず、絡まれない冒険者を目指していたのに、美女を連れてギルドに来るという一番目立つ事をしてしまったのだ。


「……あなた達では力不足なので下がってください」


 レイは意外にも怯える事無く、ヒーロを庇うように前に出る。


「ちょっと、冒険者のみなさん、一般人に絡むのは処罰対象ですよ!」


 受付嬢のルーデが見かねて声を掛ける。


「? なんだ、このお姉さん、冒険者じゃないのかよ!」


「そちらは依頼人の方です! 支部長に報告しますよ!」


「そいつはごめんだ。──おい、みんな、行こうぜ」


 三人の冒険者チームは、呆気なく退散していくのであった。


「……ほっ。──あ、すみません。俺、Gランク冒険者でとても弱いんです」


 ヒーロは庇うように前に出てくれたレイに謝った。


「いえ、あなたの魔法収納能力を見込んでお願いしたので、それ以外の事で頼るつもりはありませんから大丈夫です」


 レイは、当然とばかりに応じた。


 その返答は男のヒーロとしては無力感がさらに湧いてしまうものであったが、実際、日中は無力な立場なので、力強い言葉が返せないのであった。

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