第38話 絡まれる夜

 夕方の領都デズモンド。


 ヒーロは銀髪美女のレイに知っている商人を紹介して交渉した帰り、酒場で乾杯をしていた。


「さすがローガスさんをはじめとするドワーフのみんなだ。商人も品質をとても高く評価してくれていたなぁ。あとはミアの木製細工も結構高い値段が付いたから、本人も一安心だろうね。そして、レイの交渉力が全てだった。お疲れ様」


 ヒーロはそう言って労を労うと嬉しそうにお酒を飲む。


 レイも、褒めらてまんざらでもなさそうだ。


 コップに入ったお酒をグイっと飲んで笑顔を見せた。


 こちらの世界では十六歳から成人なので十七歳のレイもお酒は飲めるのだ。


 だから、商品が売れたお祝いに二人で飲もうという事になったのである。


「私は大した事はしていません。みんなの技術があってこそです。──それにしても良かった……」


 レイはお酒が回ってきてリラックスしてきたのか、肩の力を抜いて安堵の溜息を吐く。


「村のみんなもレイも頑張ったよ。俺は何もできていないから、頑張らないとなぁ」


 ヒーロがお酒の回ってきてピンクに頬を染めるレイがとてもかわいく見えてそれにちょっとドキドキしながら、反省した。


「何を言っているんですか! ヒーロは一番の功労者ですよ! みんなヒーロのお陰で今があるのですから」


 レイはちょっと興奮気味にヒーロを肯定する。


「あはは、ありがとう。でも、日中の俺はほとんど何もできてないからなぁ。それに今の俺が本来の俺だから……。夜はまた……、ね?」


 ヒーロはレイの自分に対する高評価は『夜闇のダーク』が全てだと思っていたから、素直に喜べない。


「いいえ。ヒーロはみんなにいろんな案を出してくれているではないですか。あれは夜のヒーロとは関係ない事です。それに家のトイレやお風呂、マッサージ機? など、凄いものを考えて作っているではないですか。あれもヒーロの言うチート? とは関係ない発想ですよ」


 レイは謙遜するヒーロに対して正当と思える評価をした。


「あれは前の世界の知識だからなぁ……。でも、こちらではその知識を持っているのは俺だけだから、それでいいのかな……?」


 ヒーロはレイの評価に対して複雑な思いであったが、自分に言い聞かせるように自問自答する。


「ヒーロが転移者なのはわかりましたが、以前いた世界の知識も、使わなければ宝の持ち腐れです。ヒーロはそれを私達ヤアンの村のみんなに提供してくれている。それが私達の生きる為の財産になっていますから誇ってください」


 レイは真剣な面持ちでヒーロを代弁するというヒーロにとっては気恥ずかしい状況であったが、それはこちらに来てずっと一人のヒーロにとっては嬉しい事であった。


 一人でいると、日中の自分が無力である事を強く自覚する。


 生きるには問題無いくらいには生活できるが、優秀なレイが日中の自分の護衛になってくれた事で、それが逆に自分の無力さを再認識してしまっていたところだったのだ。


「ありがとう。ちょっと自信が付いたよ」


 ヒーロがレイに感謝をしていると、そこに冒険者風の三人が近寄ってきた。


 一人が、レイの傍の椅子にドスンと座る。


「……なんですか?」


 せっかくの楽しいひと時を邪魔されたというように、レイの先程までの笑顔が一転して鋭い目つきになった。


「こんな臆病者相手に飲むより、俺と飲まねぇか? その方が良いだろ。──なぁ、ヒーロもそう思うよな……!?」


 冒険者風の男はレイには精一杯優しく、だが、ヒーロにはドスの利いた声で威圧するように言う。


 他の二人の男も頷くとヒーロの両脇に立つ。


「優しい俺がお前の飲み代は払っといてやるから、先に帰れ。二人が家まで送ってやるからよ」


 冒険者風の男はヒーロを睨み、黙ってこの場から退散させようとした。


 両脇の男二人は、冒険者風の男と視線を交わすと、ヒーロの腕をそれぞれが掴んで立たせる。


「私の友人に手を出すと許さないわよ?」


 レイが男二人に殺気を含んだ声で威圧する。


 これには男二人もただならぬ気配を感じて、冒険者風の男に視線を送って確認する。


 冒険者風の男はそんなレイの肩に手を乗せると、


「落ち着けよ、ねぇちゃん。ヒーロの野郎は無事家に届けさせるって言ってるだろう? それより俺と飲もうぜ? へへへ」


 とレイの胸元を覗き込みながら言う。


「レイ、、ちょっと俺も酔い覚ましに風にあたって来たらすぐ戻るよ」


 ヒーロはレイにウインクすると自分は大丈夫とばかりに答える。


「わかってるじゃないかヒーロ。──二人共、ヒーロの野郎を裏で優しくしてやれ」


 冒険者風の男は意味ありげに告げた。


「──その前に、そこの二人。一杯飲んでいきなさい。──マスター、この二人にを一杯出して頂戴。私の奢りよ」


 レイはヒーロがになった事を理解すると、その伏線の為に男達に酒を勧めた。


「? 美女の奢りなら頂くか」


 男二人は出された強いお酒を一口で飲み干すと、改めてヒーロの腕を両方から掴んで外に連れ出すのであった。


「邪魔者がいなくなったところで、俺と飲もうか。──俺はダズって言うんだ。あんたの名は何て言うんだ?」


 冒険者風の男は下心丸出しの視線でレイをなぶるように見ると名を聞く。


「知りたければ私に飲み比べで勝ってみなさいな」


 レイは完全に臨戦態勢だが、大きなトラブルになれば、ヒーロにも迷惑がかかると考え、飲み比べ勝負で決着つける事にした。


「おお、いいぜ! 俺が勝ったら、名前だけでなくその後のねぇちゃんの介抱もさせてもらうぜ? ぐへへ!」


 ダズは話が早いとばかりに鼻の下を伸ばして承諾すると、早速、強いお酒を持って来させる。


 それを沢山テーブルの上に並べると、レイと同時に一杯ずつ飲み干していくのであった。



 その頃、ヒーロは──。


 タコ殴りにされるべく、酒場の裏に男二人に連れ出されていた。


 酒場の裏には先客が一人いて、すでに泥酔して寝込んでいる。


 よく見ると以前、ヒーロがダークの時に捕まえた裏家業の男達を警備隊の牢屋に届けた折、手柄をある男に持っていかれた事があるが、その時の男、ダンカンであった。


「さあ、臆病野郎。ここでこの酔っ払いと一緒に伸びていてもらうぜ」


 男二人はそう言うとヒーロに殴りかかる。


 しかし、夜のヒーロにとって、その動きはスローモーションも良いところである。


 二人の男はヒーロにあっという間に返り討ちに合うと、その場に伸びるのであった。


「こっちはダンカンが倒した事にして……、酒場に戻ろう」



 ヒーロは二人の男の前後の記憶を魔法で軽く消すと酒場に戻る。


 戻ってみると、そこには冒険者風の男ダズを酔い潰してヒーロの帰りを待つ、少し酔っぱらって顔が赤いレイの姿であった。


「ヒーロ、無事でした? 私はちょっと飲み過ぎたので帰りましょう」


「うん。英雄ダンカンが助けてくれたから。──それにしても短時間でかなり飲んだみたいだね?」


 呆れるヒーロの目の前のテーブルには、空になったグラスが大量に並べてあるのであった。

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