第22話 Dのヒーロー

 この日、ヒーロは自宅のベッドで目を覚ましたが、前日の宴会もあり、睡眠時間はわずかであった。


「……でも、今回は違う!」


 これまでの流れなら、睡眠不足に疲れた姿で目を覚ますところであったが、この日はヒーロの様子が違った。


「持続効果のある体力回復魔法を、チート状態の時に寝る前に自分に唱えておいたけど成功だ!」


 そう、ヒーロは前日の宴会でしたたかに酔ったのだが、二日酔いを恐れて自宅到着後、自分に状態異常回復魔法を掛けた。


 それで、ふと思ったのだ。


 チート状態の時に持続回復系の魔法を自分に掛けたらどうなるのだろうかと。


 それで徐々に体力が回復する魔法に、身体強化系の魔法も掛けてから寝た。


 すると、夜が明けて元のモブ並みの自分に戻っても体力回復の魔法が継続されていて、疲れた体を回復してくれていた。


 だから、目覚めも爽快だったのだ。


 だが、身体強化の魔法については長時間の継続が不可能なのか、起きて庭の石を持ち上げてみたが重いままだったから、寝ている間に効果が切れてしまったようであった。


「日中の俺は元の体力が少ないから、回復が簡単だったのかもしれないな」


 ヒーロは情けない結論だったが、そう納得すると朝食を済ませる。


「今日はいつも通り、冒険者ギルドでGランククエストをこなして、普通の冒険者として溶け込まないとな。昨日のような他の冒険者に絡まれる事態は避けていかないと」


 ヒーロは自分にそう言い聞かせる。


 チートモードのダークならともかく、ヒーロの状態で目立つのは、命取りなのは、昨日の件でも明らかだった。


 レイはもう村に戻ったし、普段通りにする事でヒーロはまた日常生活に戻るのであった。


 ヒーロが冒険者ギルドに向かう途中にある通りの広場では人混みが出来ていた。


「へー。そんな事が昨晩、起きていたのか!」


「誰も気づかなかったみたいだよ」


「でも、『D』って何者だろうね?」


「その犯罪者たちの首に賭けられた多額の懸賞金も受け取らずに消えるとは勿体ない事をする物好きもいたもんだな」


 領民達は広場に立てられた看板を見て、そう話していた。


 その事から、どうやら昨晩の殺し屋集団を警備隊のところに送り届けた事が話題になっているのが予測できた。


 そのまま、素通りしても良かったのだが、それだと逆に目立つだろうと思い、ヒーロはモブらしくそのやじ馬に交じって看板を覗いて見た。


【昨晩、警備隊本部において、凶悪犯罪者の集団を捕らえて牢屋に入れ、『D』と名乗って立ち去った者がいる。犯罪者達には懸賞金が賭けられていたので、心当たりのある者は警備隊本部に出頭するように】


 と書いてある。


 他にもいろいろ書いてあるがそれは大した内容ではない。


(懸賞金かぁ。普段の生活にはさほど困ってはいないのけど、お金はあるに越した事はないんだよな……。でも、日中に取りに行っても信用されないだろうし、夜に仮面姿で行ったら怪しいし、身元の照会されるだろうから、正体がバレるよな……。そうなると日中の俺が終わりだから、さすがに無理か……)


 と少し悩んで諦めるヒーロであったが、そこに冒険者の身なりをした男が大きな声でこんな事を言い出した。


「これは驚いた。きっと俺の事だな!」


「ダンカン!?この『D』ってお前の事なのか!?」


 連れの男にダンカンと呼ばれた冒険者は、少し考え込むと、


「昨日は酔っぱらってあまり記憶がないんだが……、絡んできた連中がそんな懸賞金が掛かった凶悪犯とはな! 警備隊に突き出したというところは酔いのせいで全く覚えてないがそういう事らしい」


 と昨晩どうやら喧嘩をした事を思い出してそう話し出した。


(おいおい、それは俺が『ダーク』の時に解決した話だぞ? ダンカンの『D』じゃなく、ダークの『D』だよ!)


 ヒーロはそう言いたいところであったが、モブ状態である今の自分がそれを言い出すわけにもいかない。


「ちょっくら、警備隊本部に顔を出して、懸賞金とやらを受け取って来るわ」


 ダンカンは豪快に笑うと、広場に居た民衆達をかき分けて歩いていく。


 民衆達はこの手柄を立てたそんな冒険者ダンカンを拍手をして見送るのであった。


(ぐぬぬ……。俺の懸賞金!)


 ヒーロは名乗れない事の情けなさを感じつつ、そのダンカンという冒険者の背中を見送り、溜息交じりに重くなった足を引きづって、冒険者ギルドに向かうのであった。


 冒険者ギルドに到着すると、早速、ダンカンという冒険者の話題を口にする者がいた。


「あの飲んだくれで万年Eランク冒険者のダンカンが、懸賞金首の犯罪者を捕らえていたとはな!」


「……本当にあいつが捕まえたのか?」


「本人が言ってたんだろ? だったら、そうじゃないのか?」


「いや、そう言われると……、本人も酔っててあんまり覚えてないって言ってたような……」


「だが『D』と名乗っていたんだろ? ダンカンの『D』で合ってるし、昨晩、喧嘩で酔っぱらい連中を倒したのも事実なんだろ? それなら一致するだろう」


 冒険者仲間達は腑に落ちない事も、酔っぱらっていて記憶が曖昧な部分があったから、勝手に理由を付けて整合させると、納得しはじめていた。


(ううう……。みんなそれ、俺だよ! と言い出しても誰も信じないよな……)


 ヒーロは冒険者ギルドでは臆病者のGランク冒険者として有名になりつつあったから、辺境一帯を震え上がらせるほどの殺し屋集団である懸賞金首を捕らえたと言っても信じないだろう。


 だが、それは、話を聞く限りでは、ダンカンという冒険者も同じような気がするのだが、ヒーロはそんな噂話をする冒険者達を脇目に、今日もGランククエストを受付で受注するのであった。

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