第54話 狂気の科学者
カシーン伯爵の執務室に続く待合室に隠し扉を発見したダーク=ヒーロとレイは、そこから地下に降りる階段に足を踏み入れていた。
レイが罠を確認しながら先頭を歩き、その後ろからダーク=ヒーロが付いて行く。
チートモードのダーク=ヒーロが先頭を進んで罠に全てかかって無力化してもいいのだが、それだと地下にいる誰かにこちらの存在を知らせる事になる可能性がある。
それでは逃げられる場合があるので、この選択であった。
今は、カシーン伯爵を捕らえて『呪毒』の証拠とそれを誰に渡したのかを聞きだすのが先決であったから仕方がない。
今ではダーク=ヒーロにとってレイの存在は心強い相棒であった。
「この下り階段、いくつか罠が掛けられています。経験上、奥にいる人間に誰かが来た事を知らせるもので危険はないと思いますが、警備を呼ばれても困るので避けてください」
レイはそう言うと階段に仕掛けられた感圧板を指差して場所をダーク=ヒーロに教える。
ダーク=ヒーロがそのチートな視力で確認すると確かに一部の足元の石畳が他より少し凹凸があった。
そういった事をレイから確認してダーク=ヒーロは学んでいく。
「……レイはいくつの時から潜入任務をやっていたの?」
ダーク=ヒーロはふとレイの過去に興味を持って質問する。
過去に存在した貴族の末裔にあたりますが、今は全く関係ないです。
とは聞いていたが、父であり現在ヤアンの村の村長を務めるロテスをはじめ、謎が多い。
「私ですか? 任務に就いた期間は短いですよ? 十歳からなので七年くらいです。潜入の為の訓練自体は物心ついた時にはやっていたので覚えていませんけどね」
レイはサラッと自分の特殊な環境を話した。
「そうなの……!? 道理で凄いわけだよ……。──何でそこまでこの国の未来を案じて動けるの?」
現代の地球からやって来たダーク=ヒーロにとっては、理解が及ばない気持ちだったかもしれない。
「父は一族の末端に連なるものとして国外追放を余儀なくされました。まだ、小さかったので死罪を免れましたが、一族の者達は最後まで国の未来を案じて亡くなっていったと言います。父はその遺志を小さいながらに引き継ぎ、この国に密かに戻って、同じ思いの同志を集め、国家安寧の為に活動していましたが、あの国王にしてあのクルエル第一王子です。父や私は未来が無いと絶望しました。でも、マトモス第二王子という希望を見て暗殺という最終手段に出たのが、私達の歴史です」
「そっか……。ロテスさんの意思から始まっているんだね。レイはこの国が良い方向に進む事になったらどうするの?」
「それはもちろん──、……ダーク、到着したみたいです」
ゆっくりと地下に向かう長い階段を罠を避けながら下りていた二人であったが、レイの言葉を最後まで聞く事なく地下の研究室の前まで到着したようだ。
ダーク=ヒーロが能力『地獄耳』で耳を澄ますと扉の向こうで誰かの声が聞こえる。
「──私が完成させた『呪毒』が出来損ないとは失礼な事だ! この毒は特定の相手だけを確実に死に至らせる時限式のものだぞ? だから盛った者は自白でもしない限り特定されにくいし、その毒も死と共に呪いが解け、霧散するから原因究明も出来ない。実験体で何度も繰り返しそれを確認しているのだ。失敗したのはあちらの責任だろう!」
どうやら、カシーン伯爵その人が、誰かと口論をしているようだ。
「しかし、伯爵。実際、対象者は一時昏睡後、伯爵がおっしゃってた時間に死ぬどころか目を覚ました様子。やはり、失敗したと指摘されても言い返せません」
「……私は今、別の研究をしている。それが出来るまでは渡した分の『呪毒』だけで勝手にやってくれ。──そうだ、新たな実験体が必要だ。例のところからまた、二、三人入手して来てくれないか?」
カシーン伯爵と話していた相手は、どうやら助手と思われる相手のようだが、伯爵にそうお願いされると一瞬沈黙する。
そんな助手は数瞬考え込むと伯爵に短く返事をして、部屋から出てきた。
ダーク=ヒーロとレイは傍にある荷物の影に隠れてその助手をやり過ごすのだが、
「……これは潮時だな。──監視役も他の者に変わってもらうか」
と助手が漏らすのを聞き逃さない。
どうやら、伯爵は誰が相手かはわからないが、信用されていないようだ。
ダーク=ヒーロとレイは助手が地上に上がっていくのを見送ると、カシーン伯爵のいる部屋の扉をゆっくりと開ける。
カシーン伯爵は白髪に銀縁眼鏡の老紳士だった。
その手にはガラスの瓶が握られており、薬品同士を混ぜてその化学変化をまじまじと眺めているところだ。
「……カシーン伯爵ですか?」
ダーク=ヒーロがこちらに気づかない伯爵に声を掛ける。
「……うん? 誰だ、貴様達は! ここは私の神聖な場所だぞ。執事や助手はどうした? 予約の無い客はあれほど入れるなと言っておいたのに通すとは……」
カシーン伯爵は自邸の厳重な警備体制によほど自信があるのか、侵入者という選択肢はなかったようだ。
「伯爵が開発した『呪毒』について、誰に売ったか教えてもらってよろしいですか?」
「またその話か。……いや、なぜその話を知っている? それは助手と取引相手しか知らないはず。どこから聞いて来た?」
カシーン伯爵はじろりとダーク=ヒーロを睨むと、問い質す。
「その『呪毒』を解呪した者です」
「なんだと!? あれは私の傑作だぞ、それを解呪した、だと? にわかには信じられないな」
カシーン伯爵はそう言うと、壁際に向かって歩き出そうとした。
「動かないでください、伯爵。その壁の燭台、仕掛けがありますよね? 下手な動きを見せると怪我ではすみませんよ?」
レイがナイフを手にカシーン伯爵を制止して警告する。
「……どうやら、誰かが私を売ったようだな……、残念だ。だが、私にも意地がある!」
カシーン伯爵はそう言うと手にしていた瓶の中身を飲み始めた。
「早まるな、伯爵!」
ダーク=ヒーロがその手から瓶を叩き落としたが、一口で半分以上を飲んでしまっている。
「早まる……? ふははっ! 違うな、私は実験の成果を試そうとしているだけ、……だ!」
カシーン伯爵はそう言うと、その場に膝を突く。
「うおぉぉ!」
そう叫び声を上げるとカシーン伯爵の顔にどす黒い血管が浮かび上がり、上着を引き千切る。
その体にも黒い欠陥が浮かび上がり、筋肉が膨らむように体が一回り大きくなっていく。
「──君は下がって。ここからは俺の出番みたいだ」
ダーク=ヒーロはレイにそう警告すると、カシーン伯爵と対峙するのであった。
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