第55話 全ての証拠の入手

 カシーン伯爵は見る見るうちにその姿が人とは思えない何かに変貌していく。


「ぐはっ、ぐはははっ……! みなぎる力、これは成功だ! どこのどいつか知らないが私の実験材料として相手をしてもらおうか。お前達の正体はその後、じっくり聞くとしよう」


 その見た目はすでに人を止めているカシーン伯爵は自分の中に沸き起こる力に酔っているようだ。


「自分の姿を鏡で見た方が良い。人間を止めてまで得る力が嬉しいのか?」


 ダーク=ヒーロはカシーン伯爵の姿から過去に見た事がある相手を思い出していた。


 それは『呪いの魔王』である。


 カシーン伯爵の今の姿は、その魔族に近い姿をしていたのだ。


「この薬はそもそもどこぞの魔族の血が元になっているからな。それを人の体に合うよう呪術で変異させ、その過程で生まれた副産物が『呪毒』に過ぎない。これは力と寿命を得る為に作られたものだからなんの問題もないわ! わははっ!」


 カシーン伯爵はそう言うと、高笑いする。


「……そうか。……望んで人を辞めたのなら仕方がないな。聞きたい事が聞けたら終わりにしよう。──それで、『呪毒』を誰に売った?」


「知りたければ力ずくで聞いてみろ!」


 カシーン伯爵はそう言うと、ダーク=ヒーロに襲い掛かった。


 その手には鋭利な爪が生えており、それだけで十分凶器になりそうである。


 だが、その攻撃をダーク=ヒーロは左手で無造作に払う。


 鋭利な爪は鈍い音と共にぽきりと折れて壁に飛んでいき、深々と突き刺さる。


「ば、馬鹿な……!? 私の爪が簡単に折れるはずが……。 私の実験は失敗したのか……? いや、壁に深々と刺さっているから、その鋭さ、強度は申し分ないはず……。──という事は……、貴様、何者だ!?」


「俺は『夜闇のダーク』。貴様のような悪を闇に滅する者だ」


 ダーク=ヒーロはそう宣言すると、カシーン伯爵に一瞬で距離を詰める。


 そして、鈍い音と共にボキりと骨が折れる音がした。


 見れば、ダーク=ヒーロの拳がカシーン伯爵の腹部にめり込んでいる。


「ぐはっ!」


 カシーン伯爵はその場に黒い血を吐血して倒れ込む。


「もう一度聞く。今度は殴られる前にゆっくり考えて答えろ。──『呪毒』を誰に売った?」


 ダーク=ヒーロは足元にうずくまるカシーン伯爵に再度尋問する。


「ま、待ってくれ……! その力をどうやって得たのだ? 貴様の情報と私の情報を交換でどうだ? 良い取引だろう!」


 カシーン伯爵はダーク=ヒーロの力が尋常離れしているから、自分と同じで実験で得た体だと思ったようだ。


 ダーク=ヒーロは首を振った。


「交渉できる立場だと思っているのか? 誰に『呪毒』を売った?」


「私は伯爵だぞ!? その私に手を出した事は不問にしようではないか! だから取引を──」


 ダーク=ヒーロは最後まで聞かず、問答無用で今度は顔面を殴って壁まで吹き飛ばす。


「ぎゃふっ!」


 カシーン伯爵は顔を歪ませて、悲鳴を上げた。


「次が最後のチャンスだ。『呪毒』は誰に売った?」


 ダーク=ヒーロは仮面越しの目に静かな怒りを漂わせながら質問する。


 ダーク=ヒーロにとって貧民窟の子供十四人を実験して死に追いやった男であったから、その怒りはもっともであった。


「お、おうでぃでふ!くりゅえりゅだいいちゅおうでぃのそっきゅんに売った!(王子です!クルエル第一王子の側近に売った!)」


 カシーン伯爵は顔面が歪んでまともに発音する事が出来ないが、なんとか聞き取れた。


「証拠は?」


「あのきゅんきょにはいっちぇる!(あの金庫に入ってる!)」


 カシーン伯爵は必死に応じると壁に埋め込まれている金庫を指差した。


 そうでないと交渉どころか自分の命が危うい事にようやく気づいたのだ。


「……ならばもう、あなたに用はないな。裁きの時間だ」


 ダーク=ヒーロはそう告げてレイに視線を送ると、レイが魔法収納から剣を取り出す。


「私が止めを刺しましょうか?」


 レイはダーク=ヒーロが優しい人物だとわかっているから、確認した。


「……これは自分への戒めでもあるから」


 ダーク=ヒーロがそう答えると、レイは静かに頷き、ダーク=ヒーロに剣を投げて渡す。


「ま、まっちぇきゅれ!(ま、待ってくれ!)」


 カシーン伯爵は命乞いを始めようとしたがダーク=ヒーロは聞く耳を持たず、剣を一閃するとその首を切って落とすのであった。



「カシーン伯爵、すみません、忘れ物してまして、どこかで見てませんか? 自分のこの袖のカフスなんですが……。 妻からのプレゼントなので無くすとマズいんですよ。 ──うん? この散らかりようはなんだ……? 伯爵? ──この死骸は一体なんだ!?」


 助手の男は研究室に戻ってきて変わり果てたカシーン伯爵の姿が誰だかわからず混乱する。


「カシーン伯爵、どこです!? いや、ちょっと待て……。この化物の死骸が履いているズボン、伯爵がさっきまで履いていたもの……。ま、まさか……? それに金庫の扉が破られて中身がない! これはマズいぞ……。雇い主に報告しないと自分の首が飛んでしまう!」


 助手の男は一気に色んな情報が頭を巡って困惑し、驚き、怯える。


 そして、気づく。


 金庫の奥に一枚の紙に何か書かれている事に。


 カシーン伯爵の罪を白日の下に晒し、罰するものなり。──夜闇のダークより──


「ダーク……? どこかで聞いた事が……。あっ! 王子暗殺未遂の犯人か!」


 助手はようやくここまで全てがダークによるものである事に気づき、不謹慎ではあるが安堵した。


 全ての事はこのダークという男が犯した罪なのだと。


 カシーン伯爵を監視していた自分が目を離した隙に起きた事だから、自分にも少しは責任があるが、それ以外は全てこのダークのせいに出来る。


 助手はそう考えると金庫に残してあったお金を懐に入るだけ詰めてから、ようやく地下に設置してある地上に知らせる警報魔道具を鳴らすのであった。


 こうして、禁忌の実験を行っていたカシーン伯爵はダーク=ヒーロの手によって裁かれ、マトモス王子暗殺未遂に使用された『呪毒』開発の証拠と、それを売り渡した契約書もダーク=ヒーロの手によって、マトモス王子の私兵であるジンの元に届けられるのであった。

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