第56話 王子の戦い
マトモス第二王子はダーク=ヒーロからの証拠提供により、クルエル王子の弾劾に打って出た。
『呪毒』という新種の毒薬の製造証拠とそれをクルエル第一王子の側近が購入した事実。
そしてそれがマトモス第二王子に使用された事。
その毒は特定の相手にしか効果がないものでもあり、つまりそれは最初からマトモス王子を毒殺する為に注文したものであるから、言い逃れが出来ない事も世間に公表した。
これには王都の民衆も大騒ぎし、クルエル王子の廃嫡を口にする者も現れるくらいだ。
「自分の兄弟を毒殺しようとしただけで罪は大きいのに、それを王子がするなんて考えられないぞ!」
「国王陛下もさすがにこれは庇えないぞ?」
「クルエル王子は廃嫡だ! マトモス王子の方が、この国の為にもなるってもんだ!」
普段から評判が悪いクルエル第一王子を庇う者はほとんどいない。
いるとしたら王子の傍で甘い汁を啜る者達くらいである。
この騒ぎは王都内に留まらず、周辺でも騒がれる事になった。
これらは全てマトモス第二王子派が積極的に動いて情報を拡散させていたから、成功したと言っていいだろう。
民衆は実の兄に暗殺されかけたマトモス第二王子に同情的であり、さすがの国王もこれを庇うのは難しいと思えた。
そんな中、クルエル第一王子はどこ吹く風とこの騒ぎを無視していた。
彼にとって民衆の戯言など意味をなさなかったのだ。
権力者の事は同じ権力を持つ貴族、特に上流階級の者が語る事であって、それ以外の下賤の言葉は価値がないと考えていた。
そして、堂々とクルエル王子は発表する。
「この度は我が部下が暴走して些細な失態を犯したようだが、結果が示す通り、我が弟マトモスは無事であり、お腹を下した程度の話が独り歩きしているだけである。毒殺未遂などという大袈裟なものはなかった。弟が証拠なるものを提示しているが、その『呪毒』とやらを開発したというカシーン伯爵は先日、急病で死去したばかり。死人に口なしとはよく言ったもので、弟は故人を利用して兄である私を罪人に仕立て上げようとしているようだ」
証拠が複数上がっているにも拘らず、なんともいけしゃあしゃあと言えたものである。
特に契約書とそのサインは証拠として十分であったから、この詭弁も最早、廃嫡前の妄言である、はずだった。
この騒ぎから一か月後、民衆の注目度は衰えなかった為、早い準備期間で貴族や王族を裁く為の高等法院において、裁判が行われる事になる。
これには国王自らも息子達の裁判に足を運んできた。
裁判ではクルエル王子の代理人が、改めてクルエル王子の主張をそのまま告げた。
マトモス王子の代理人はすぐに証拠を提出してこの暗殺未遂がいかに用意周到なものであるかを主張する。
「ふむ……。その契約書とやらをこちらに」
裁判長が証拠を確認していると国王は自分も見たいと言い出した。
裁判長を務めるのはとある侯爵で、国王の願いとあれば断りづらい。
それに重要な証拠である契約書を国王に示す事でこれからの裁定が正しいものである事を理解してもらう為にも見せた方が良いだろと判断して国王に渡した。
「一枚の紙きれが原因で兄弟が争う事は親として忍びないな。これは、こうしてしまおう」
国王は悪い顔で勿体ぶって言うと、火の魔法で証拠となる契約書を一瞬で燃やしてしまった。
「陛下、何という事を!」
裁判官は驚いて思わず、国王の行いを咎める。
「なんだ、侯爵? 私は間違っているか? ──これで争いの種は無くなり、王家の将来も安泰ではないか。のう、マトモス?」
国王は威圧するように裁判官である侯爵に告げると、原告であるマトモス王子をギロッと睨む。
これは完全に最初から国王とクルエル王子との間で示し合わせたものであったのかもしれない。
というのも、この高等法院においては、結界で全ての魔法を使えないようになっている。
それこそ、目の前で国王が行った証拠の隠滅や逃亡、傷害沙汰を避けるためだ。
だが、そんな結界の中、魔法を使用できたのは王家に伝わる範囲魔法が付与されている指輪をあらかじめ国王が付けて来ていたからである。
その指輪は、特定の範囲の魔法の影響を受けないようにするもので、高等法院内の魔法の遮断結界も指輪の周囲だけには及ばなくするものだ。
それを国王が宝物庫の奥からわざわざ出してきた事が、最初から証拠を燃やす為に付けてきたと断言できたのであった。
「父上……、いえ、陛下。そんなに私が憎いですか……」
マトモス王子はクルエル第一王子を寵愛して自分を煙たがっていた国王である父親に絞り出すように聞く。
「何を言う、マトモス。このルワン王国の為に兄弟共々仲良くするのだ。それが、この国の発展に繋がる。──裁判ごっこも飽きた。儂は戻るぞ」
国王はそう身も蓋もない事を裁判官の侯爵に告げると高等法院を退室する。
「はははっ! さすが父上だ! 見事な采配である。我も見習わないとな!」
クルエル第一王子は、勝ち誇ってマトモス王子に聞こえるように告げた。
「……みんな、もうこんな茶番は終わりだ。帰るぞ……」
マトモス王子はここまで積み上げてきたものが、国王の一つの判断で呆気なく瓦解した事に愕然としていた。
ここまで証拠を集め、民衆を味方につけておけば、国王でも無視はできないと思っていたからだ。
しかし、国王はそれさえもあっさり無視した。
そう国王の判断は絶対である。
それは法にも勝るのだ。
それを改めて知らされた形のマトモス王子は大きな落胆の中、高等法院を後にするのであった。
裁判から五日後。
マトモス王子の宮は、国家反逆罪の疑いでクルエル王子率いる近衛騎士団に包囲を受けていた。
いたずらに民衆を煽って国家転覆を謀ったという疑いである。
近衛騎士団が動いているという事は、つまり、国王からの了解を得ているという事だろう。
マトモス王子は、ここでようやく血の繋がりがあるはずの国王とクルエル王子には世間を動かしても心動かされる事がなく、話し合いの余地が全くない事がわかるのであった。
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