第57話 風前の灯

「マトモス王子、無実と主張するなら、立て籠もらずに出てきてそれを証明されてはいかがか! 私も陛下に口添えしますぞ!」


 マトモス王子宮は近衛騎士団に包囲され、風前の灯火であった。


 だが、マトモス王子の私兵がとても手強く、頑強に抵抗するのでクルエル王子の部下が説得交渉と称してそうマトモス陣営に声を掛ける。


「いきなり仕掛けておいて何を言うか! 疑いがあるならそれを問い質す使者を送って来るのが先であろうが!」


 マトモス王子側の立て籠もっている私兵の一人が当然の反論をする。


「貴様らのようなどこの馬の骨ともわからぬ私兵どもが王宮を出入りしているだけでも異常なのだ! 武器を捨ててお縄につけ!」


 説得交渉のはずの男はすぐに本性を出して言い返す。


「つまり、それが本音で罪状はでっち上げという事だな! なんと浅ましい事だ!」


 私兵に図星を指摘されると、男は怒り狂って近衛騎士団に攻撃を再開するように命令する。


 近衛騎士団は張りぼてではない。


 国内のエリートが集まった腕利き揃いの集団であるから、弱いわけがなく、マトモス王子の私兵が強過ぎるのだ。


 数では負けている私兵達は広い場所で戦う愚は避け、王子宮のマトモス王子がいる塔を中心にその周囲の数か所の建物に立て籠もって頑強に抵抗し続けている。


 だが、それも長期戦には向かないだろう。


 近衛騎士団率いるクルエル王子側は、すぐにけりがつくと思っていたから強引に今は攻めてきて旗色が悪く映るが、長期戦をされると何もせずにマトモス王子側は負けるだろう。


 なにしろ立て籠もりを想定していないからだ。


 兵糧戦をされたら、勝負は呆気なくつく。


「ここは我々に力があるうちに一点突破を図るべきかと思います。マトモス王子殿下は王都から脱出して支持する貴族の元に逃げ込み、挙兵すべきです」


 側近であるトラージが長期戦は不利とすぐに判断してマトモス王子に提案した。


「……結局最悪の手段しかないのか……。挙兵は国家を二分する事になる。出来れば世間を味方につけ、あちらを支持する貴族にもどちらにつく方が得か利害を示す事で説得してから退位を願い出るつもりでいたが、こんな強硬手段に出て来るとはな……、時間がなさ過ぎた……」


 マトモス王子はため息混じりに自分の力不足を反省した。


「いえ、その策を進言したのは我々です。王子の責任ではありませんよ。──さあ、王子。ここに至ってはやれる事をやりましょうか。我々が命に代えても王子をこの王都から必ず脱出させますからご準備を」


 側近のトラージはみんなを代表してマトモス王子に決意表明する。


 魔法使いのマーリン、交渉に長けているガイス・レーチ、剣豪のジン達がそれに賛同するように無言で頷く。


 そこに悲痛な色はなく、腹をくくった男達の決意が現れていた。


「……馬鹿者、死ぬ時は一緒だ。こうなったら陛下か兄、どちらかと刺し違える覚悟で挑もうか」


 マトモス王子は頼もしい部下達の顔を確認したせいか自分も迷いが無くなり、その口元に笑みを浮かべると冗談交じりにその決意を口にした。


「クルエルの野郎は近衛騎士団を率いて来ているはずなので、近くにいるでしょうから、チャンスは大いにありますよ。国王の方は……、すでに安全なところに逃げているでしょうな。そうなると見つけるのが難しそうです」


 私兵達を取り仕切るジンは戦力差を考え現実的な答えを口にする。


「クルエルを討ち取れればそれだけで、この国の未来も少しは明るくなる。奴の首は早い者勝ちだ。王子もそのつもりで」


 魔法使いのマーリンが不敵な笑みを浮かべる。


「……やれやれ、これじゃあ、俺の活躍の場が無いではないか。……仕方ない。この口先でクルエルを憤死させるか?」


 交渉事が得意なガイス・レーチは戦う事は得意としていないから、ぼやいてみせた。


「はははっ! ガイスの弁舌なら、確実に奴の心臓にその言葉の刃が届くかもしれないな!」


 マトモス王子は死を覚悟した部下であり、頼れる仲間達を前に最後の冗談を言う。


「よし、試してみよう。ガイスがクルエルを挑発して顔を出させ、私が魔法で仕留めるのはどうか?」


 魔法使いのマーリンが手の平に火をポンと出して提案してみせた。


 だがこれもただの冗談だ。


 王宮では攻撃魔法の類は結界によって中和され、ほとんど使用できない。


 大魔法使いであるマーリンだから、それに抵抗して少しは使用できるだろうが、距離のある相手を仕留めるのはさすがの彼も不可能なのだ。


 側近のトラージがその案を現実的な判断から却下して、一段落して、全員の表情が引き締まった。


「……みんな、ここまで私について来てくれてありがとう。不甲斐ない主ですまなかった……。──行くぞ」


 マトモス王子がそう決意して剣を抜き放ち、辺りが暗くなった塔から打って出ようとした時であった。


「間に合ったようですね」


『瞬間移動』で姿を現したダーク=ヒーロが、レイと共にマトモス王子達の前に立ちはだかる。


「ダーク殿……! なぜまたここに……!?」


 マトモス王子が最後の決意をした直後に現れたこの命の恩人に目を見開く。


「なぜと言われてもなぁ……。──ああ! そう言えば、ちゃんとした報酬をまだ貰っていませんよね?」


「……確かにそうでした。──今どのくらいある? 誰かあるだけ全てダーク殿にお渡ししろ」


 マトモス王子はもう最後だからと、部下にそう命じる。


 すぐに部下は奥に取りに行くと、王子の財産の全てをダーク=ヒーロの前に積み上げていく。


「いえ、これだけでは足りません」


 ダーク=ヒーロはうずたかく積まれた金銀財宝を魔法収納に一瞬で回収すると、一言そう答えた。


「貴様! こちらの足元を見て、最後にあるだけ搾り取ろうという魂胆か!」


 側近のトラージが前に出ると剣をダーク=ヒーロに突きつけて憤った。


「マトモス王子には、恩を返してもらう為にも死んでもらうわけにはいかないですね」


 ダーク=ヒーロは側近のトラージにそう答える。


「「「!」」」


 マトモス王子の部下達はそれで、ダーク=ヒーロが何を言いたいのか全てを察した。


「……確かに、王子の命を助けた恩は大きい。義に厚く礼節を重んじる王子がここで、その恩を返さぬまま、死ぬわけにはいかないですね。──ダーク殿、借金のカタに王子を連れて行ってください。残りは本人から回収を」


 そう言うとマトモス王子の腕を掴んで引っ張るとダーク=ヒーロに突き出した。


「トラージ、馬鹿な事を言うな! 私だけ助かっても意味がないだろう!」


「いえ、ここにいる全員に働いて返してもらいます」


「「「え?」」」


 一同はこの幻の大魔法である『瞬間移動』を自在に使う謎の恩人ダークの凄さをよく理解していなかった。


『瞬間移動』魔法の負担はとても大きく命を削ると書物に記されているのは有名だ。


 だから、全員を助けるような芸当は不可能だと決めつけていたから、助けられるのは王子だけだと思い込んでいた。


「では──」


 ダーク=ヒーロに言われるまま、マトモス王子達は円陣を組む形で全員が手を繋ぐ。


「他の場所で抵抗している私兵も後から運ぶのでご安心を」


 ダーク=ヒーロはそう告げると、次の瞬間にはその場所から一同は消え去るのであった。

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