第40話 美女との潜入の夜

「お帰りなさい」


 ダーク=ヒーロが帰宅すると、レイはもう酔いが醒めたのか寝る事無く帰りを待ってくれていた。


「もう、酔いは醒めた?」


 ダーク=ヒーロはその仮面をまだ取ることなく、レイに確認する。


 それを見てレイは何か察したのか、


「はい、すでに酔いは醒めています。それでどこに行くのですか?」


 と行き先を聞く。


 ダーク=ヒーロはレイに今日入手した情報についてまた、簡潔に説明した。


「王子殿下が!? ……わかりました。ダークの『瞬間移動』では初めての場所には行けないのですよね? それならまず、クルエル第一王子の寝室に行き、そこから隣の宮に行けばすぐです」


 レイは頭の中で地図を広げると、最短ルートを導き出し提案した。


「でも、それだとクルエル第一王子宮の兵士に見つかるよね?」


 ダーク=ヒーロが当然の想定を口にした。


 普通に考えれば、それも厳戒態勢で待ち構えている可能性が高いだろう。


「いえ、多分王子は、ダークがまた現れるのを恐れて寝室の場所を変更していると思います。『瞬間移動』をあの時、兵士達に見せましたから、そのくらいの警戒はしているでしょう。そして部屋にはそれを見越して罠を仕掛けているかなと。ですから寝室の前までは『瞬間移動』で安全に移動できるのではないかと思いますよ」


 レイは相手の行動を手に取るように推測して見せた。


「……確かに言われてみたらそうだね。……わかった。では最短ルートで行こうか」


 ダーク=ヒーロはそう言うとレイに手を出す。


 エスコートするような動きだ。


「少々お待ちを──」


 レイはそう言うと、魔法で髪の色を黒にして、魔法収納からこの日の為に作っておいた上下黒に緋色のラインが入った服を取り出し、一瞬で早着替えしてしまう。


 そして、そこにダーク=ヒーロと似た銀のマスクを装着する。


「──それではお願いします」


 レイはそう言ってダーク=ヒーロの手を握ると、『瞬間移動』でその場から二人共消えるのであった。



 王宮のクルエル王子の寝室前の廊下に黒服の二人の男女が一瞬で現れた。


 部屋の前には誰もいない。


 見張りの兵もいないのは明らかに怪しい。


「誰もいないね……」


 ダーク=ヒーロがレイに小声で聞く。


 そして、ダーク=ヒーロは扉の向こうの寝室をすぐに意識を飛ばし様子を窺ってみた。


 扉の向こうには人の気配が沢山あるが、それらは部屋の隅の隠し部屋に待機しているのかあまり動く気配がない。


「……レイの言う通り、待ち伏せて罠を張っているみたい……」


 ダーク=ヒーロは扉に近づかないようにレイの耳元で囁いて知らせる。


「……それではダーク、私を負ぶってください。行く方向を指示しますから。それが一番早いと思います」


 レイもダーク=ヒーロの耳元で囁く。


「……わかった」


 ダーク=ヒーロはレイの言う事を理解するとすぐにおんぶする。


 しかし──。


 や、やわらかい……! 大きな胸が当たるし、太ももも弾力があってそれでいて柔らかく、男とは全く違うのがわかる……!


 ダーク=ヒーロは夜だからチートモードである。


 レイを負ぶると、その鋭くなっている感性で接している部分から全てがわかってしまう。


 それこそ、スリーサイズまでだ。


 これは、駄目だ!


 ダーク=ヒーロは鋭くなっている自分の感覚を一旦抑えた。


 スリーサイズなんてレイが誰にも知られたくない秘密も良いところだろう。


 だが、脳裏にはそのバストが八十八センチのEカップだという情報が焼きつけられている。


 だからダーク=ヒーロは思わず、自分の記憶を消去しようと左手で自分の頬を殴った。


「!? ……ど、どうしました、ダーク……?」


 背中にしがみ付くレイがダーク=ヒーロの想像だにしない行動に驚いて耳元で声を掛ける。


「……な、何でもない。記憶は消去したから大丈夫……!」


 左の頬を少し腫らしたダーク=ヒーロであったが、それも勝手に回復するのか、すぐに腫れもひく。


「……記憶? よくわかりませんが……、──それでは最短でマトモス第二王子の宮までの直行ルートを指示します」


 レイはそう言うと、ダーク=ヒーロの耳元で方向を指示し、指差す。


 それに従いダーク=ヒーロは窓からレイを負ぶったまま飛び出し、マトモス王子がいるはずの宮へと向かうのであった。



 レイの指示とダーク=ヒーロの周囲を感知する能力で安全にマトモス王子の宮へ侵入する事が出来た。


 さらに、マトモス王子の宮の警備がとても手薄だった事もある。


 他の場所は周囲を察知してみると警備が厳重なのがとても分かるのだが、マトモス王子の宮は夜である事もあり、静まり返って、灯りだけが煌々と周囲を照らしている状態だ。


「……歩哨は立っているけど、あまり数は多くないね」


 ダーク=ヒーロはレイを負ぶったまま、小声で話しかける。


「……マトモス王子は王宮を留守にしている事の方が多いので、警備の数は削減されていると聞いた事があります。でも、寝室周辺は違うと思いますよ」


 レイはそう言うと寝室のある方向を差し示す。


 その指先には小さい塔があり、指差された窓の辺りは階数で言うと三階あたりだろうか?


「あの塔の窓のある部屋にマトモス王子の寝室があります」


 ダーク=ヒーロは無言で頷くと、レイを背負ったまま、屋根から屋根に不可能と思えるジャンプ力で飛び移り、その傍までやって来た。


 塔の下には扉があり、そこには王宮の警備兵とは違う格好の兵士が数人立っている。


「……あれはマトモス王子の私兵です。彼らがいるという事は、情報通り、王子はこの王都に帰ってきていますね」


「他と違って、ここだけ厳重な警戒をしている……。ちょっと待って、俺が、塔の内部を探ってみるよ」


 ダーク=ヒーロはそう言うと、『地獄耳』で内部の音を、『気配察知』で人の数を、神経を集中させて探るのであった。

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